番外編:アガター家のハロウィン
*第二部本編の内容が含まれます。
「トリック・オア・トリート!」
ユージンは突然に言われた言葉に「あ?」と怪訝な表情を浮かべることしかできなかった。
目の前の少女。
雛鳥の様に目を開いた瞬間に、彼を父だと呼んだ面倒な子供。付き合いも数年になり、見た目の年齢も当初より成長している。
「どこで覚えてきた」
少なくとも教えた覚えはなかった。
ユージンの記憶が確かであれば、スーパーヒーローの作品を目を輝かせて見ていたことと、仕切りにユージンの顔を見てきたこと。
どこにこんな言葉を覚える余地があったのか。
「私が教えてあげたの」
まるで同居人かの様な態度で現れた黒髪の女性に思わず溜息を吐いてしまう。
「クロエ」
「あ、おばさん。トリック・オア・トリート!」
「うーん、アリエルちゃん。ちゃんと、仮装しようね?」
そうしたら、お菓子あげるから。
そう言ってクロエは家の中にズカズカと上がり込んでくる。
「仮装ってなぁ……そんな暇あるならさっさとパスポート寄越せ。あと、金だ」
いつまで経ってもユージンに約束の物を支払う素振りを見せないクロエは今回も取り合うつもりは無いのだろう。
「おい」
部屋の扉を開けてアリエルと一緒に入っていく。
「お父さん、どっか行くの?」
「だから、俺は──」
父親じゃねぇ。
「ほぉら、アリエルちゃん。仮装しようね」
否定の言葉を吐く前にアリエルとクロエは完全に部屋に入って、扉を閉めてしまった。
「大体、仮装なんたって。何のつもりだ」
そもそも。
ハロウィンもクリスマスも何かがあった記憶もない。誕生日すらもろくに祝った覚えもないと言うのに。
「フラケンシュタインってか……」
自分で言っておきながら、笑えない話だ。
クローン人間のフランケンシュタイン。余りにも黒い冗句はどん滑り。
「なら、仮装なんかしなくたってな」
あくまでクロエはアリエルを人間として扱っているのだ。だからエンジェルなどと言うものではない、確かな名前を少女に与えたのだ。
「お父さーん!」
「……あん?」
飛び出してきたアリエルは猫耳の黒いカチューシャを頭に着けて、服も黒色のワンピース。存外、金が掛かっていそうな物だ。
チラリとクロエを見れば、彼女も苦笑いしている。
「トリック・オア・トリートっ!」
「……冷蔵庫にチョコが入ってる。好きに取れ」
「うんっ!」
タタタ、と彼女は冷蔵庫の方向へと走っていってしまう。
「あれれ、それで良いんだ」
どうにもクロエには予想外だったらしい。
「おい、俺がお前にトリック・オア・トリートっつったらパスポート出るのか?」
「……それ、ただの脅迫でしょ」
とは言え、彼女もこの脅迫に意味がない事は理解している。彼には伝手がない。だからクロエを頼る他なく、殺せない。脅しも通用しない。
溜息ばかりが漏れる。
「今日の夕飯は?」
クロエが尋ねる。
食べていくつもりなのだろうか。
「知らね」
ユージンはそっけなく答えた。
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