第75話
団長から一時的に貸し与えられた部屋で、椅子に深く腰掛ける、夕刻。
「勿体無かったか……」
後悔した様な顔をして、『牙』の基地内でオスカーはポツリと言葉を漏らした。
「……まあ、仕方ないか」
過ぎてしまったこと、現実として進んでいくことに文句を言っては始まらない。ただ、どうしても。
「アンタはオレが殺してやりたかったよ、マルコ・スミス」
溜息と共に。
別段、オスカーにはマルコに対する恨みがある訳ではない。私怨という物でもなく。ただ、純粋に彼に取ってはこれが正しいだけの話なのだ。
家族であれば。
「残り物……ってわけでもないが、それで満足してやるか」
彼の考えには他者の思惑など介入しない。これはオスカーが自らの意思で引き起こす行動であって、エイデンは関与することのない行いである。
少しオスカーに関する話をしよう。
幼少の頃、家族からの暴力を受けて育ってきた人間は精神的な問題を抱えやすくなる。それは例えば、友人関係であったり、恋愛関係であったりと様々だが。
それが何の関係があるのか。
「『家族』だってのに……な」
単純な事だ。
オスカーに取って家族は自らの手で殺す事で愛していたと思えるのだ。暴力という愛の正当化。
「出来ればアリエルも殺したかったんだがな……」
流石にエイデンから釘を刺されていた為に殺すことはなかったが。
思い出せば、初めての殺人はやけに清々しく、そして一瞬で全てが掻き消えた。いつか死ぬかもしれない、殺されてしまうかもしれないと考えて、眠る父の首を絞め、無防備な母の背中に包丁を突き立てた。
肉を押さえつける感覚も、肉を割く感覚も手に伝わって歓喜した。
父も母もこの感覚を抱いていたのだ、と。
ならば彼らに則れば、これが愛だと。
まともな物ではない。
それをきっと彼の内側では気が付いていたのかもしれない。
アリエルには愛だけではない仄暗い感情を抱いているのも確かだ。
人はその感情に、嫉妬と名前を付けた。
「アリエル……」
忌々しげに名を呼び、直ぐに舌打ち。
「チッ、オレも随分と女々しいな」
煮え繰り返るような腹の底。
家族と認識して
オスカーは自らの歩んできた人生の全てでアリエル・アガターという人間ですらない人工的に生み出された怪物の謳う父子の愛という物を完膚なきまでに否定してしまいたいのだ。
耳障りも何もかもがオスカーに取っては最悪の毒であったから。
「仕方ない、か……」
受け入れて進む。
それが人の生という物。
思い通りにはならないものだ。
何かをしたくても、その何かを許されないくらいに、この世界は理不尽に作られているから。
深く腰掛けている椅子に体重を預け、キコキコと前後に揺らす。
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