第22話

 

 軽く昼を済ませてからフィリップは訓練室に向かった。

 訓練室に着くと、滝のような汗を流している女性が立っていた。フィリップは彼女の名前を呼ぶ。


「モーガン」

「…………」


 特殊訓練室で相変わらず鍛錬に打ち込んでいるのはベルだった。

 たった一人で体を動かして、型を確認して。彼女の必死さは凄まじいものだった。


「そろそろ昼にした方がいいんじゃないかい?」


 まだ昼は済ませていないだろうと思いフィリップが提案すると、ベルは首を小さく二度横に振った。


「まだだよ……」

「キミはストイックだよね。ボクはキミのそういうところ、嫌いじゃない」


 彼女の訓練を眺めながら告げて、フィリップは彼女の前に立った。


「邪魔なんだけど」


 鍛錬の手を止めて汗を拭いながら目の前に立ったフィリップにそう言う。


「一人でやるのも限界があるだろ?」


 だから付き合ってあげるよ、と言ってフィリップは構えを取った。


「そうかい」


 副団長が関わりさえしなければベルという女性は基本的にマトモな部類だ。理性的な話ができないわけではない。

 これは魅力的な誘いであったはずだ。


「でも、いらないよ」


 ただ、ベルはフィリップの誘いを断った。


「どうして」


 フィリップとしても対戦形式での訓練を行った方が身につくものも多いと思っていた為か、疑問が多く浮かび上がる。


「アンタには本気で強くなりたいって意思を感じないんだよ」


 興味がないと言うように、ベルは視線を逸らした。

 フィリップは握り拳を力強く握り締める。


「……それは違うだろ。それに、キミは強くなりたいんじゃなくて、副団長に置いていかれたくないだけだ」


 そして彼はへらりと笑うと拳を緩め、指摘した。

 オスカーに対する執着心が理性を振り切っている。

 だから、他の者の努力も認められず、言葉も聞けなくて強くなる事が出来ていないという事をフィリップはよく理解していた。


「アンタ……!」


 図星だった。

 確かにオスカーに置いて行かれたくはない。それでも本気で強くなりたいとも思っていた。そのはずだった。


「本気で強くなりたいんだったら、エマのように相手の言う事を聞く事も覚えるんだね。彼女は貪欲だ」


 ベルの頭の中に先日、自分を打ち負かした少女の顔が過ぎる。あの時は油断しただけだ。今、戦えば違う結果になる。


「誰かの言葉を聞く事もできないならキミはいつまでもそこで足踏みを続ける。それにキミは新入りのアガターにも負けたんだ」

「アンタが止めなければ!」

「負けてたよ、キミは」


 フィリップが止めていなかったとしてもベルにはアリエルに勝つことはできなかったはずだ。


「強くなりたいなら、置いて行かれたくないなら現実を受け止めろよモーガンッ!」


 何かが爆発したような感覚がした。


「フィリィィイイップ!!!!」


 暴走列車が走り出した。

 ベルに燃料を投下したのは紛れもなくフィリップだ。

 こうなる事もわかっていたのに。それでもフィリップがこんな事をしたのは、自分を本気ではないと言われたからだった。

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