第12話

 セアノ駅より発車した列車内、人が多くいる中、ベージュのコートを着て、帽子を深く被った男が黒のスーツケースを持ちながら車内の壁に寄り掛かり立っていた。

 多くの人間が居る列車の中のたった一人。そんな彼が目立つ理由など存在するはずもない。


 旅行者か、或いはビジネスでこの街に来たのか。将又、ホームステイまたは居住目的か。

 目的はさまざまに考えられるが、誰もがたった一人のその男を気にする事などない。

 彼はふとスーツケースを開き始めた。荷物の確認の為だったのだろうか。

 列車内にいた何人かの者は一瞬だけ視線をそちらに向けはしたが、すぐに目を逸らした。彼に対しての興味など毛ほどもなかったからだ。


 視線など気にした様子も見せずに、彼の手に取り出されたのは黒色の鋼。

 単調シンプルなデザインのそれは、誰の目にも明らかなエクス社製のオートマチックピストル。スライド部分にEXの文字が描かれている。


「始めるか」


 呟きと共に男は銃口を天井に向けて、トリガーを引いた。

 銃声が列車内に響き渡る。


「動くな!」


 そして男は叫ぶ。

 銃声が響いた為にか、車内に居た人々は逃げ惑う。列車を繋ぐ扉に人が殺到する。再び銃声が響く。

 今度は鮮血を伴い。


「動くなと言ったはずだぞ!」


 殺到した人々の中、スーツを身につけた男が受け身を取ることなく倒れていく。倒れた男の目に光は宿らず、スーツに染みが広がる。

 列車内は阿鼻叫喚の地獄と化す。


「分かってるのか」


 再び銃口が向けられた。


「俺はお前らの命を握っているんだ!」


 脅迫の台詞と共に、彼は自らの隣にある黒のスーツケースをパンパンと軽く叩いた。


「コイツの中には爆弾が込められてる。お前らが騒げば、俺はコイツを直ぐにでも爆発させる」


 笑った彼の顔は赤黒色の肌をしており、アスタゴ合衆国の先住民族の血筋であると言うことが予想された。


「な、何の恨みがあってこんな事を……!」


 白人男性と思しき薄い金色をした髪の男がそう尋ねる。


「何の恨みか……、そうだなぁ。特に言うなら、お前の様な白人どもが俺たちに対して差別を働いた事が問題だ」


 彼はベージュのコートを捲り左腕を晒す。そこには酷い火傷の跡、切り傷が見える。痛ましい歴史がその男の体に刻まれている。


「俺たちが何をした! 俺たちは生きてただけだ! だからこれは、この復讐は、正当なもののはずだっ!」


 黒い肌を持って生まれた者達は彼の悲痛な叫びに同情してしまう。

 彼らにだって差別された憶えがあったからだ。あんな物を見せられてしまっては、沈黙し目を伏せざるを得なかった。


「お前らが居なければ! ……ああ、クソッ。お前らにはどうでもいいか」


 こんな話をしたところで意味はないと言うのに感情が昂ってしまった。それを振り払う様に小さく首を横に振る。


「な、なあ、オレはアンタの気持ち分かるぜ?」


 黒人男性が理解を示す。


「オ、オレは関係無いよな? オレも同じだからな。だ、だから、見逃してくれよ」


 自分の命が大事だ。助かる為になら見捨てても良い。迷う理由などない。

 どれほどに恨む様な視線を向けられたところでだ。生き残った者が優先される。この白人も、同じ立場になれば同じ事をするはずだ。

 彼はそう考えたのだ。


「……どうでも良いんだよ、そんな事」


 彼はこの世界を憎んでいた。

 だから誰が死んでも、もうどうでも良い。白人だから、黒人だから。或いは彼と同じ先住民族であったとしてもだ。

 もう気にするつもりもない。無差別殺人であったとしても、自分の死すらも無関心。


「俺と、俺と一緒に地獄に堕ちてくれよ」


 彼は歪んだ笑みを浮かべて銃口を向ける。ボロボロに壊れてしまった何かは隠しきれていない。


「止まれ」


 静止するように背後から声がかけられた。

 チラリと顔を向けると男と女が一人ずつ。アリエルとオスカーである。


「……誰だ?」


 男の質問には、質問が返ってきた。


「そこに倒れている男はお前が殺したのか?」


 オスカーの視線は、血を流し倒れている男に向けられている。オスカーの質問に、先住民の男は表情を変える事なく「ああ」と小さく肯定した。


「生憎と今は銃を持ってないんでな」


 オスカーは大きく踏み込んだ。想定外の動きに男が驚愕していると、次の瞬間には銃を持つ右腕に痛みを覚えて銃を手放してしまう。


「ぐぅっ……!」


 彼の認識は追いつかない。

 右腕が肘の辺りで折られた事。そして、それを認識する前に意識を奪われてしまった。

 顎への打撃が加えられた為だ。

 恐ろしいほどの攻撃速度。これこそが『牙』の副団長であると言うように。


「駅員に通報を」


 オスカーは車内に居た男に指示を出す。


「強い……」

「そりゃあ、副団長だからな。強くなきゃ副団長なんてできないさ」


 『牙』は精鋭部隊だ。そして精鋭部隊の副団長を務めるのであれば必然、実力が求められる。


「エイデン社長の言った通り、治安はあんまり良くないみたいだな」


 目の前で右腕を折られ伸びている男を見下ろしながら、オスカーは溜息を吐いた。


「……銃はエクスのオートか」


 オスカーは落ちた銃を見る。

 銃がエクス社のものであるからと言って、エクス社に全幅の責任があるかと問われればそれは違うだろう。

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