第10話
「まあ、座りたまえよハワードくん」
社長室に戻ってきたエイデンはオスカーをソファに座るように促す。
「失礼する」
オスカーは断ってから、黒色のソファにオスカーが座り込む。材質の良いソファなのだろう。腰を預けるとよく沈む。
ガラステーブルを挟んで二人が向かい合う。
「コーヒーで良かったかな?」
「構わないさ」
コトリと置かれたティーカップを持ち上げて一口、口をつけてからカップを皿の上に置く。
「……金持ちだろ、アンタは」
だと言うのに、客に出されたのは安物のインスタントコーヒー。少しばかりの不満を見せながらオスカーが溜息をついた。
「ははっ、そうだな。折角、私が入れたんだが、別のものを持って来させようか?」
「いや、これで良い。これはこれで落ち着く」
「──それと、君のことはオスカーと呼んだ方がいいかね」
「そっちの方が馴染みがある。アンタの外面は知ってるけど、ハワードくんなんて呼ばれたら鳥肌が立っちまう……」
「悪かったね。私にも体面と言うものがある。初対面の相手だ。少しでもよく見せたいだろう?」
スーツの襟を正しながら、彼はお茶目さを演出するような口ぶりで告げた。
「それで、オスカー。上手くやってるかね?」
「上手くも何も知っての通りだよ」
「『家族』だったか……」
「団長の台詞だな」
フ、とオスカーはコーヒーの入ったカップを持ち上げ、その途中で動きを止めて笑った。
「『牙』のことだろ? あの人は本当に家族だと思ってるよ……。オレの事も。今日来たアリエルのことも」
ズズと、コーヒーを口にする。
「君はどうかね?」
「オレも家族だと思ってるさ」
「成る程……」
ニヤリとエイデンが笑う。どこか企むような顔にも見えるが、オスカーは気にした素振りを見せない。
「紛れもなく家族さ」
「君は『牙』の一員だが、私の家族でもある。その事は憶えているかな?」
「忘れるわけないだろ……」
とある雨の日に、オスカーは家族を失った。当時会社を起業して何年かが経とうとしていたエイデンと、十代の若者であったオスカーは出会い、そして引き取られた。
「まあ、アンタには世話になってる。団長らと引き合わせてくれたことも感謝してる」
「ははっ、それは嬉しいことだ」
「なあ、オレとしてもアンタの夢は素晴らしいと思ってんだよ」
「賛同を得られて何よりだよ」
「アンタの夢が叶う瞬間に立ち会いたいとも思ってる」
「ああ、立ち会えるさ。同じ時代に生きる同じアスタゴの国民。ましてや私と君は家族と言っても差し支えはないだろう?」
「そうだな……」
二人はカップを持ち上げた。
「神の祝福を、そして我らの未来に幸あらん事を」
エイデンから、祈りの言葉がかけられた。神の祝福などと祈る事には大した意味合いはない。古くからの慣習から来ているようなものだ。
どれほど取り繕った所で、結局のところ、
ただ、彼は大袈裟に語りたいだけの好々爺と思っていいのかもしれない。
「神、ね……」
「おや、オスカー。君は神を信じていないのかね?」
「アンタはどうなんだ?」
「無論、信じているとも」
信じて疑ってもいない。有神論者は神の存在を当然と受け入れる。
「オレも信じてる」
彼らの会話が途切れた。
途切れて数秒、エイデンの携帯電話から着信を知らせる音が響いた。
「──む? ああ、カタリナだ」
十秒ほど話すと、通話を切る。
「どうやら終わったようだ」
「助かりましたよ」
「『牙』の製造は至極当然のことだ。気にしなくとも良い」
コーヒーを飲み干して二人はゆっくりとソファから立ち上がる。
「完成までは一週間ほどかかる」
「知ってます」
「既に、カタリナにアリエルくんは玄関まで送らせた。『牙』の一員である君達は私も見送らねばな」
既に家族のような親しみのある会話はない。交わされるのはエイデン・ヘイズとオスカー・ハワードと言う、互いに仕事相手に対する距離感のある会話だ。
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