本編

第1話

 戦争が終結して、数十年。

 巨大人型兵器製造禁止法の成立に向けて西側、東側諸国の対談が進み、長く続く冷たい戦争の終止符が打たれようとしていた。

 戦争の終結を願う民衆はここ、アスタゴの大地だけでなくヴォーリァ連邦の地にも多く居たはずだ。戦争を非難する著名人も多く、テレビや動画などを通じて世界に向けて発信されている。


 ラジオも例外ではなく、新聞などでも報じられていた。

 電車に乗る金髪青目の美少女の前にどっかり座った小太りの男性が新聞紙を広げていた。

 その一面に見えたのが、


 『ヴォーリァ連邦との冷え切った外交関係、遂に終止符か?』


 と言った見出しであった。

 とある街の駅に電車が停まると、少女は立ち上がり、電車の扉の前に立つ。


「よしっ、頑張るぞ」


 気合を入れようと頬を叩いて、彼女は電車から降りる。

 少しの緊張を覚えながらも改札を抜ける。彼女にとって電車に乗ると言うことも降りると言うことも初めてのことで、不安になっていたのだが、うまく出来て良かったとホッと胸を撫で下ろす。


 彼女が向かう場所は決まっている。

 現在、アスタゴでは大戦において大活躍を果たした巨大人型兵器の製造が禁止されている。さらなる悲劇を生まないためにも。

 ただ、巨大ロボットの代わりとなるパワードスーツが生み出され、それは警察部隊、軍部などに導入された。

 さらには、スポーツ用としてもパワードスーツが開発されるなどと言った発展も見せた。


 そんな世界で最高の武力を有する、アスタゴの精鋭部隊。『ファング』の基地が彼女の目的地である。

 街中を進めば、人が多く、スーツを着た男性も、女性も、小さな子供たちも沢山いた。家の中で父と共に暮らしていた彼女にとって、人が溢れるこの光景はとても珍しいものに見える。


「くんくんっ、ん? いい匂いが……」


 屋外の何処からか、食欲を刺激する様な匂いがして、彼女の足がフラフラと匂いのする方へと運ばれていく。


「こ、これは、ホットドッグの匂い……!」


 ホットドッグ。

 父が時折作ってくれるなどしてくれていたホットドッグを彼女は気に入っていた。いや、父の作ったもので有れば基本的に何でも好きで有ったのだ。


「だ、大丈夫、だよね?」


 父に渡された金、と言うよりは近所に住む女性に渡された金ではあるのだが電車賃と合わせても余分な程に受け取っている。

 少しくらい物を食べたところで問題はないだろう。文句をつけるものがいる訳でもない。


「すみませーん」


 露店の前に立って中にいる人に向けて声をかけると髪の毛のない、筋骨隆々とした男が顔を覗かせた。


「ん、何か買っていくのかい?」


 渋みのある低い声で尋ねられる。


「ホットドッグを一つ……」

「二.五ドルだよ」

「あ、はい」


 お金を渡すと、お釣りを手渡される。


「少し待ってな」

「はいっ」


 待ち遠しさを感じながらもワクワクとした様子でホットドッグの完成を待つ。五分ほどして、男性がケチャップとマスタードをソーセージにかけて、完成と手渡してくる。


「お嬢ちゃんは一人でこの街に来たのか?」

「はい、お父さんの元を離れて」

「ははっ、一人暮らししたい年頃ってのか」

「うーん、なんて言うか。これ以上は迷惑かけるかなって」


 はぐはぐと彼女はホットドッグを口にする。


「美味しい……」

「食べたことないのかい?」

「いつもお父さんの手料理とかばかりで……」

「こう言うのもいいだろ?」

「まあ、お父さんの料理の方が美味しいですけど」

「おい。……全く、失礼なお嬢さんだ」

「す、すみません?」

「……まあ、好きな味は基本は家の味さ。俺もお袋の味が好きでね。それを妻に言ったら、キレられてビンタを食らったよ」

「そうなんですか?」

「ああ、強烈だったね。それで、お嬢ちゃんは……」

「あ、私、アリエル・アガターと言います」


 流石にお嬢ちゃんと呼ばれ続けるのは嫌だったのか、名前を告げる。


「ん、じゃあ、アリエルちゃん。君はアレかな。女優や歌手だったりするのかい?」


 見目の麗しさ、ぱっちり開いた目。宝石の様な青色の瞳。背はそこまで高くもなく、胸も豊満ではないが、黄金比とも呼べる美しさ。

 女優と勘違いされるのもおかしくはない。


「え? 何でですか?」

「そりゃあ、アリエルちゃんが可愛いからだよ」

「口説いてます?」

「いや、俺、妻帯者よ? 妻に知られたら殺されちまう」


 どれほど妻が怖いのか。

 肩を震わせる身振りから、彼が奥さんを恐れている度合いが伝わってくる。


「いや、実は目的地が……、あ。すみません、私、行かなきゃ!」


 バクバクとケチャップとマスタードを唇の周りにつけながら、ホットドッグを食べ終えるとアリエルは走り出す。

 贔屓にしてくれよ。

 と言う声が背後から聞こえる。


 彼女の走る速度はまさに、国際大会の陸上競技の出場選手並みかそれ以上。人の波を掻き分けて、目的地に向けて疾走する。

 時折、好奇心を刺激する物があっても無視して走る。

 そして街の外れの方へと向かっていく。


「ちょっと、待ちなさい! 誰か、そこの黒服の男を捕まえて!」


 化粧の濃い女性が大声をあげる。

 アリエルの目の前に男性が向かってくる。化粧の濃い女性の言う黒服の男はきっとこの者だろう。

 アリエルは横に一度避けてから、男の手首を掴んで放り投げた。


「ぐげっ……」


 地面に背中から落ちて、男は呻き声を上げる。


「あ。ありがとうね」


 彼女はお礼を言って倒れた男から財布を取って、最後に男をひと蹴りしてから立ち去った。


「よーし、急ぐぞー!」


 そして、アリエルは再び街中を走り出す。

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