第99話
アスタゴ合衆国、軍司令部に少しばかり気の抜けたような声が響いた。
「間に、合ったのか……?」
その声はアダムのものであった。
多くの犠牲を容認した彼は最後の賭けに勝利した。
彼が現段階、最も信頼するアスタゴの兵士であるミカエル・ホワイトからの通信が入ったのだ。
それは戦争の勝利と同義であるとこの場にいたほぼ全ての人間が確信していた。涙を流し、喜びの表情を浮かべていた者さえいた。
『待たせたね、アダムさん』
通信機より英雄の声が響いた。
──ああ、逝ってしまった者たちよ。貴方達の思いは無駄にはならなかった。
「頼むぞ、ミカエル……!」
だから、後は祈るだけだ。
戦争の勝利を。同胞たちの救済を。
***
あと少しで、アスタゴ合衆国軍の本拠地に届く。そんな場所に阿賀野達は居た。
日の照らす内に進撃し、日が暮れても進撃を続ける。
朝も昼も、夜も。戦場には一切、時間など関係ない。
アスタゴへ上陸し攻撃を開始してから大凡、一日が経過しようとしていた。
幾度かの短い休みを挟みながらも彼らはアスタゴの大陸を進み、それに応じて時間も進んでいく。
深夜の世界はやはり静かで、風の吹く音が良く聞こえる。
街での戦い以降に、阿賀野たちの前にタイタンも、歩兵も現れることはなかった。
アスタゴの戦力が尽きたのか。
などと考えはしてみても、阿賀野の頭の中には松野を殺したタイタンがいる。
あのタイタンが死んでいる訳がない。阿賀野には、強い確信があった。
彼らを包む深い夜の静けさは、不気味な雰囲気を感じさせる。
静かであったことは今までだってあったはずだ。ただ、条件が違う。
意味もなく、あの様な犠牲を払うわけがない。
ここから劇的な何かが起ころうとしているのではないか。そんな予感めいたものを彼らに抱かせていた。
そして、それは予感などに留まらなかった。
夜空の向こう、赤色のそれは現れた。ビル群の向こうからやって来る。
これが邂逅。
燃え上がるような赤の巨神は、力強く歩みを進める。
タイタンと呼ばれるそれは、右手に巨大なハルバード、左手に銃を持つ。右腕には盾が取り付けられていた。
見た目には、本来のタイタンとの差は見当たらない、赤い鎧を身につけた巨大な騎士のような見た目だ。
そのはずだと言うのに、異様な空気がその場を支配した。
今までのタイタンとは、明らかなまでに全てが違う。それほどの重圧を放っていた。
「来たか……」
進撃開始から一日。
漸く出会えた。
最強を証明するための条件が、
「ようやく会えたな、ロッソ」
名前を呼ぶ。
聞こえるわけがないと言うのに。
だが、現れたタイタンは阿賀野の声に応えるかのように、阿賀野らを認識した瞬間、一瞬にして詰め寄ってきた。
距離の感覚がおかしくなってしまいそうなほどに速い。
「──っ! 速えな、おい」
今までのタイタンとは比べ物にならない速度。挙動が早すぎる。
振るわれたハルバードを大剣で弾く。
ガギィイイイン!
金属のぶつかり合う音が響く。
『四島!』
少し慌てたように、九郎は右手で盾、左手に中距離砲を構えて、狙いを定めようとするが、牽制のようにタイタンが銃を撃ち放つ。
『三人相手に調子に乗りすぎ!』
美空は大剣を持ってタイタンに襲いかかる。本来であればこれで終わるはずなのだ。
分かっていても対応など出来るはずが無いのだから。
背後からの一撃。
恐るべき反応速度。そして、タイタンのスペックを十全に引き出すパイロット、ミカエルの身体能力。
阿賀野の乗るリーゼを蹴り飛ばし、美空に向けてハルバードを振るう。
────ザシュン、ギィイイン!
そんな音が聞こえた。
「ちっ、強えな」
阿賀野がその強さを認めることなど、珍しいことである。それでも、阿賀野が思わず口に出してしまうほどに目の前の敵は強大であった。
機体のスペックの差が著しく離れていると言うのもあるが、どうにもそれだけでは無い。
阿賀野のリーゼは無理をさせすぎたためにか挙動に不審な点が見られる。
流石のツギハギ、パッチワークだ。
「……ま、そりゃあ仕方ねぇよな!」
吹き飛ばされたのは十数メートル。
阿賀野が視線を前に向ければ美空が搭乗するリーゼの中距離砲を握っていた左腕が切り飛ばされていた。
先程の音は美空のリーゼの左腕が切り飛ばされた音であったことを理解する。
ズドォオオ……!
直後、切断されたであろうリーゼの左腕が地面に落ちた。
「上手く避けたな……」
左腕を切られたとしても美空の回避技術は流石のものと言えた。阿賀野と九郎に劣るとは言え、成績では優秀であったのだ。これが間磯や、松野、竹崎などであれば既に死んでいただろう。それが左腕のみで済んでいる。
阿賀野は十メートルを一足で埋めて、再び斬りかかる。盾を展開する理由はない。この戦いは膂力によって決まる。
つまりは、阿賀野と同じ力技で盾を切り裂く、或いは貫く可能性があるのだ。
「死ね」
力強さを感じさせる剣戟。阿賀野に対応するタイタンのハルバードとの攻防。凄まじい速度で行われる、巨神同士の武器のぶつかり合い。
それは神々の戦争を彷彿とさせるほど。大気をも揺らすような音が走る。
袈裟斬り。
弾かれる。
逆袈裟斬り。
弾かれる。
真横に一閃。
防がれる。
どのような攻撃をしても塞がれる。
しかし、阿賀野もまた連続する攻撃の応酬に異常な速度で対応する。
脳が理解してからでは遅い。
──ガァアアアアンンン!!
下からの振り上げを防いだ瞬間、リーゼの右腕からミシリと軋むような音が上がった。
「な……!」
不味い。
本能的に悟った。阿賀野は後ろに退がり、タイタンと距離を置く。
「チッ、マジでボロボロだな。流石に保ってくれよ……」
『四島、大丈夫か!』
「ああ、問題ない」
ここまでの緊張。
これが最強。
「ポンコツ機体のせいで負けましたってのは最悪すぎる」
この戦況、阿賀野がいなければ今すぐにでも崩れてしまってもおかしくなかった。
三対一で保たれる均衡。如何に不安定なものか。この事実が、ミカエルという男が操るタイタンの強さを理解させてくる。
中距離砲を撃つにしても、阿賀野と美空が同時に突っ込むと狙うのは難しくなる。如何に優れた狙撃能力のある九郎であったとしても。
だからといって九郎の為に場所を譲るかと聞かれたら、そんなもの悪手でしかない。場所を譲ってしまった場合、阿賀野、美空が隙を埋める戦いをして何とかなっている均衡に穴を開けるような物だ。
「どうしたら良い……」
考えるが、思考は本来であれば阿賀野の専門外。
既に美空のリーゼは片腕の状態となっている。彼女に戦闘状況の維持が、どれほどできるかも分からない。
大した期待も出来そうにない。
「まあ、考えても意味ねぇか」
阿賀野がそう思考を打ち切ったのは、言葉通りに考えたところで無意味だと割り切ったからだ。
ギシギシ、ミシミシと震えるリーゼの右腕を阿賀野は無理矢理に振るう。
攻撃から身を守る。
敵機を破壊せんと攻める。
「おらぁっ!!」
右上から左下に斜めへの切り下ろし、鮮やかに避けられる。
タイタンのハルバードによる突きを、阿賀野も避ける。
その行動の繰り返し。
金属がぶつかる音が響く。
ただ、阿賀野、ミカエルどちらの機体にもお互いの攻撃による傷は付かない。
しかし、リーゼにはダメージが蓄積されていく。阿賀野の無茶な挙動に付いていくことができていないからだ。しかし、阿賀野が無茶な動きをしたところでタイタンには傷をつけられていない。
『これで!』
美空も果敢に攻撃を図るが、それも意味をなさずに避けられる。
近接戦闘において、美空には阿賀野とミカエルの挙動に追いつくには身体能力が足りていない。
だから、届かない。当てるにあたわず。
タイタンはハルバードを大きく振るって牽制し、阿賀野を弾き飛ばす。
「くそったれ……!」
防ごうにもタイタンのスペックと、ミカエルの身体能力にごり押しされる。
阿賀野が離れた隙に、ミカエルは美空へ攻撃を加える。
手数の多さ、速さ、破壊力。
全てが通常を遥かに凌駕し、美空に突き刺さる。ありとあらゆる行動が間に合わず、無価値となる。
盾に変形させるには時間が足りない。させたところで貫通するだろう。
『あ』
胸部装甲を貫き、瞬間、美空の息が短く漏れたのが阿賀野のヘッドギアに聞こえた。
美空のリーゼが無防備に落ちていく。
突破の穴が開いた。
不味い。
そう思考したのは誰か。九郎の頭の中に誰よりも先に思い浮かんだはずだ。
ハルバードがタイタンの後方に居た九郎に向けて投げ込まれた。
凄まじい速度で、九郎のリーゼの腹より少し上を盾ごと削り壊す。
致命傷だったのか。
巨神がゆっくりと倒れ込んでいく。
リーゼという巨体が倒れたことによる被害は小さなものではない。
だが、街の被害を気にするほどの余裕などあるはずもない。
「無駄だよな……」
阿賀野は無意味と知りつつも中距離砲を連続で撃ち放つが、タイタンの右腕にある盾によって当然の如く防がれる。
突き刺さったハルバードをリーゼから引き抜き、再び阿賀野を視界に入れた。
一瞬にして奪われてしまった。
それでも阿賀野の魂は強く燃え上がる。目の前に最強が見えているから。
「まだ終わってねぇぞ。俺が最強だ……」
ここから、本当の最強の証明が始まる。
赤と黒の巨神がアスタゴ合衆国の無人の街の中で向かい合った。
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