第76話
「ただいま戻りました、と」
佐藤は扉を叩き、返事を聞くと部屋の中に入る。
「あー、坂平もいるんですか」
ちらりと周りを見れば、そこには坂平の薄水色の髪が見えた。
「彼も見たいと言ってね。同席を許可したわけだ。どうだね、君も」
佐藤の呟きを岩松が拾い、成り行きを答える。
「成る程。じゃあ、俺も同席させて貰いますね」
理解を示してから、岩松の答えを聞かずに彼は坂平の隣の椅子に座る。
「──大丈夫か?」
佐藤が坂平の顔を覗き込みながら尋ねると、坂平も少しだけ間を置いてから言葉を吐き出した。
「……大丈夫だ。もう、覚悟はできてる」
「そうか」
坂平の言葉に佐藤は視線を岩松に向けた。その視線の中には少しばかりの警戒の色が窺える。
「お前も見届けにきたのか?」
「俺は、そうだな……。見届けるってのもあるが……」
「それ以上に何がある?」
「……いや、別に何もねぇよ」
岩松に向けていた視線を一度だけ逸らして、下に向けた。
佐藤の思惑は誰にも悟られるわけにはいかなかった。現在、彼にとっての味方はこの部屋の中には居ない。
「アスタゴは見えるかね?」
ふ、と視線を上げると通信を取る岩松の姿が確認できる。
『大陸、目視範囲に入りました』
通信機から答えが返ってきた。
「そうか」
船の乗組員と連絡を取った坂平は、もう一つの通信機を繋ぎ、その船に乗るリーゼパイロット達のみへ指令を送る。
「リーゼパイロット諸君に告ぐ! リーゼへの搭乗を命じる!」
指令が送られた向こうで、パイロットたちはどんな顔をするのか。こんなのは、もはや、坂平らの想像でしかない。
声も何も岩松以外の誰にも聞こえはしない。
だからこそ、余分な想像をしてしまう。
「……っ」
苦しげな顔をしている坂平を一瞥して、佐藤は一言だけ。
彼を思ってのことだったのか、それとも、本当にただの一言だったのか。
「気にすんな」
前を向いていた。
目を逸らさずに前を向いて言えたのは、佐藤がこれから戦場へ向かう面々の事を坂平以上に知っていたからなのか。
「それは無理に決まってるだろ」
出来るわけがない。
だからありあらゆる事情を、感情を飲み下した上で、すべてを受け入れる。誰も彼もの恨みをすべて。大人の都合で兵器に乗せられ、理不尽に死んで逝った全ての子供の心を。坂平は覚悟を決めたのだ。
「…………お前はそう言う奴だよ。律儀な奴だ」
最後に佐藤が見た、阿賀野たちの表情は坂平の想像する様な顔ではなかったことだけは理解できる。
「そう言うところも、お前の良いとこだと思うぜ」
ただ佐藤には坂平の性質を否定するつもりはない。彼の真摯な態度は佐藤から見たら、好ましいものであったから。
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