第66話

 そこは戦場だ。

 そして、そこは地獄であった。

 斃れた鋼と、砂塵を巻き上げ駆ける巨神。黒と紅が交差して、青い空、海を背景に戦っている。


 また一つ、黒が斃れて、雄叫びが上がる。

 それは雄叫びと言っていい物だったのだろうか。それとも、絶叫と言うべきなのか。戦場に上がった声は、理性をかなぐり捨てた獣の咆哮のようであった。


 通信機を通して聞こえた叫びは、耳を塞ぎたくなるほどの悲痛を感じさせる。

 痛ましい雄叫びは戦闘を続けるディートヘルムの心を締め付けられるほどに。


『冷静に、……れ!』


 雄叫びを上げた飯島にディートヘルムの声は届かない。

 飯島の脳内には怨嗟が響き、心を狂わせる一つの曲と成り果てていた。

 絶望が。

 怒りが。

 悲しみが。

 憎しみが。

 自分の全てを怨み、殺意に燃える。

 身を焦がすほどの憤怒が、溢れ出る。

 恐怖と綯交ないまぜになった、混沌とした感情は止めることなど出来るわけがない。


 それは破壊衝動として身体の外に出た。

 つまりは八つ当たりじみた戦闘行動とも言えた。


「死ぬなぁっ……! 俺が! 俺は。お前のせいで俺を殺して、俺は死にたくない!」


 狂ったように叫ぶ、彼の声には脈絡もない。正気を失っている。


「俺は誰を殺したんだ? 覚えてる、松野、間磯、山本、竹崎、川中、テオ……。俺は皆んな、皆んなを殺したんだ。ごめんなさい……。だから、今から、俺が出来ることが、許して」


 狂って狂って、止まりようもなく自責を続けて、責め立てる幻聴に謝罪することしかできず、彼は癇癪を起こした子供のように剣を振るった。


「ああああああああああああああああああああああああ!!」


 握り締める剣は目の前にいるアメリアによって軽々と受け流されるはずだ。アメリア自身がそう考えていた。

 振るわれた大剣は恐ろしいほどの速度でアメリアに迫る。


 ガギィイイイン!


 彼女は慌てて右腕に付いた盾を挟み込むが、構えた盾をも怒りによって力も速度も増した飯島の大剣は切り裂いた。


「あ、ああ! ああああああああああ!!」


 追撃が止まらない。

 今まで以上の力を飯島は発揮していた。

 怒りを原動力として、最大限の力を発揮している飯島は今、この戦場で最強であった。

 目の前の敵を倒すことに執着し、銃を乱射し、剣を振るう。

 荒ぶる巨神の姿にアメリアは恐怖を覚える。

 迫り来る巨体は鬼のように思えた。


「俺を、許して……」


 彼の苦しげな呟きなどアメリアには聞こえるはずがない。


「俺を許してくれよぉおお!!」


 飯島がどれほど願って叫んでも、追ってくる怨念が彼の首を絞める。足を掴み、肩を掴み、振り払う事は不可能だ。

 


『死ね』       『死ね』 

         『死ね』

  『殺せ』    

      『殺せ』

             『何でお前が』

 『許すわけがない』

 


 重なって、重なって、段々と背負えるものではなくなっていく。暗く、深い闇が飯島の脳を侵していく。

 もう、飯島は逃げられない。

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