第57話

「何の用?」


 美空に向き合っているのは一人の少年だ。顔立ちの整った灰色と形容するのが近いような男だ。


「まあ、少し取引がしたくてね」

「……九郎。貴方の情報は得られなかった」

「それは今は関係ないだろう?」


 九郎は困ったような表情をする。


「僕は君に聞きたいことがあってね」

「それは知られてはいけないこと?」

「こう言う話は、あまり知られたくないだろうね」


 彼らは今、人が通らない施設裏にいた。そこは美空がよく蹴る木がある場所だ。だから、どうしたと言う話ではあるが。

 現在の時刻は昼過ぎ。

 施設の日陰で彼らは話す。


「──君、四島がここにいる理由を知ってるだろ?」

「……仮に知っていたとして、どうして教える必要があるの?」


 彼女にして見れば、突然話しかけてきて取引を持ちかけてきた相手だか。怪しさだけしか感じないだろう。


「管理長の差し金?」

「そんなわけないだろ。だとしたらもっと効率的に処理するさ」


 雇い主が岩松で、もし、彼に殺せと九郎が命じられたら、最速の手段を持って美空を殺害している。だから、それは有り得ない。

 それ以外でも同様にこのように態々、話をする必要がない。


「欲しいのは四島の情報?」

「乗ってくれる気になったのかい?」

「……そっちは何を渡してくれるの?」


 美空に問われて、九郎は作り笑いを浮かべて答える。


「君の大嫌いなお爺様の歪む顔だ」


 彼女には一瞬だけ理解できなかった。

 だが、直ぐに彼の出した答えは一つの感情を芽生えさせた。


「──あ、ははっ……」


 それは喜悦。

 今までにない程に喜びを感じていた。


「あっはっはっははははは! 良いよ、その取引に応じる。それが見れる可能性があるのだとしたら」


 それは最高に愉快だ。

 そう言って彼女は自らの顔に幸せを貼り付けた。


「それじゃあ、聞かせてもらおうか」


 そう言って二人は目を合わせる。


「四島雅臣の抱える問題を」







「成る程ね」


 話を聞き終えた九郎が呟いた。


「助かったよ」

「どうしてこの情報を求めていたのか教えてほしいんだけど」


 疑問だった。

 何故、四島の情報を九郎が求めるのか。


「雇い主の目的のためにどうしても必要だったんだよ」

「その雇い主は?」

「それは僕の信用問題に関わるから答えられないね。例え、これが僕の最後の依頼だったとしても」

「そう。なら、取引の報酬、期待して待ってる。もし、叶わなくても文句は付けられない」


 既に情報を吐き出してしまった後だ。


「そうだね。まあ、君にとっては何の得もない取引だったような気がするけど」

「お爺様が苦しむなら、それだけで私は嬉しい。なら、この取引に意味はあった」


 そう言って美空は施設裏を後にした。たった一人、この場に残された九郎は考える。


「まあ、後はどうなるか……」


 九郎の得た情報は間違いなく、四島にとって大切なものだ。この情報を利用して、取引を持ちかける。

 とはいえ、これは最終手段だ。まだ、十分に可能性は残されている。

 九郎はそう見做した。

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