第36話

『本日も食糧補給につき、リーゼ一機を護衛に回す。連絡は以上だ』


 ヘッドギアから聞こえてきたのは岩松の声。ここまで毎日のように聞くことになれば、流石に慣れてしまう。


 三人は未だリーゼから降りておらず、こうなる事も予測できていた。誰が行くのかを決める前に降りては態々、乗る手間というものが増えてしまう。そのためリーゼから降りる事なく三人は船に乗らずに待機していたのだ。

 リーゼが立ち上がるのにもかなりの力がいる。


「誰が行く?」


 岩松からの連絡が切れたのを確認して、山本が二人に通信を繋ぐ。

 質問に答えたのは飯島である。


『俺か松野が行くから、山本は休んでてくれ』


 声は聞こえないが松野も文句はないのだろう。

 前回は飯島が向かったため、その負担を考えて今回は彼を選択から外す事にした。


「いや、俺は良いが……」


 大丈夫なのか。

 確認を取る様に山本が口にしようとすると、松野が遮った。


『山本も疲れてるでしょ?今日は休んでていいよ』


 通信の向こう側で彼女は笑った。


『そうだ。仲間なんだから気にすんなよ』


 二人は少しばかり無理をしている様な気もするが、それは山本も変わらない。誰もが少し無理をしている。

 頼り合い、協力し合う。彼らの関係はそんなものになっている。いつの間にか信じて戦うことができる関係に変わっていた。


「……そうか、じゃあ頼んだ」


 疲れていたのも事実。今回は、山本は二人に護衛を任せる事にした。

 二人の話し合いの末に、今日、護衛として付いて行くのは松野に決まった。


『頼んだ、松野。次行く時は、俺が行くからな』

『分かったよ、じゃあ行ってくる』


 そうして通信が切れて、松野が乗り込んだ一機のリーゼが雨の中をゆっくりと進んでいく。すぐ近くにはあの二人がいるのだろう。


「……戻るか」


 彼女の乗り込んだリーゼの背中をしばらく見てから、船の方へと視線を移して、再び動き始める。

 山本が動かすと同時に、飯島もリーゼを動かす。すぐ目の前にある、巨大な船の上へと向かって歩いて行く。

 飯島と山本はリーゼから降りると急いで艦内へと入り、ヘッドギアを頭から外した。


「ふぅ……」


 かなりの疲労感が二人の体を襲う。


「ああ、疲れたな……」


 飯島は息を吐きながら呟いた。

 飯島は精神的な痛みは慣れてきたのか、初めての時ほどの辛さはなくなりつつあった。それでも、リーゼを動かすことによる肉体への負荷は変わらず、身体の節々が痛む。

 ゆっくりとリーゼ搭乗者に与えられた待機室に向かい、歩き始める。


「松野、大丈夫なのか……?」


 山本が飯島に尋ねれば、飯島は山本の隣を歩きながら答える。


「大丈夫だろ……」


 自分にも言い聞かせる様な声だった。山本も気にし過ぎてはダメだと考えてか、それ以上のことは何も言わなかった。

 何故だか、気持ちがモヤモヤする。

 降り頻る雨がどこか、彼らの心を曇らせてしまっていたのかもしれない。

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