第32話

「おほっ、大量大量」


 缶詰を見つけてはかき集め、その数は相当なものとなっていく。やっている事は火事場泥棒のようなものだ。


「おっ、これはサバの味噌煮か。良いねぇ」


 民家に入っては缶詰を集める彼らの姿をリーゼに乗り込んだ山本は黙って見下ろしている。

 敵兵の気配もなく、集まっていく缶詰を無気力に見ているだけだ。


「お、肉もあらぁ」


 持ってこられたのはパックに入った大きめの牛肉である。

 ここで生活をしていたものたちが残していった食料には缶詰などの保存食だけではなく、肉や野菜もあるようだった。


「傷んでないか?」


 川谷が運んできた牛肉を見ながら、芝浦がそう言って肉を見る。


「傷んでねぇよ。新鮮だ」

「こりゃあ、早く食わなきゃな」


 これをダメにしてしまうのは勿体ない。

 二人はそう考えたのだ。缶詰は言ってしまえば保存期間が長いが、生のものはそれ以上に痛むのが早い。

 艦内には冷蔵室、冷凍庫もあるが、そこまでの大きさはない。

 冷蔵室の中にあるものだって多くもない。基本的にはレーションといった上手くもないものばかりだ。


「にしたって何にして食うんだ?」


 目の前の牛肉を見て二人は妄想を膨らませる。そんなことを考える暇があるのなら、彼らは目的を果たすべきだと山本は考えていた。


「ステーキか、カレーかシチューか……」

「そりゃあ良い」


 彼らはそんな妄想に満たされて、缶詰の回収を中止した。足りない訳ではないだろう。それなりの量は集められたのだから、これで満足しても良い。


「おい、リーゼ。コイツを運んでくれ」


 川谷は地面に並べられた大量の缶詰と野菜を指差して告げる。


「俺たちが何回かに分けて運ぶより、そのでっかい手に乗っけた方が早いだろ?」


 芝浦は笑う。

 山本も面倒事は嫌いな為、それと彼らのことを好ましく思わない為、無駄に彼らの声を聞く必要もないと思ってゆっくりとしゃがみ込み、缶詰を乗せるように右手を開き彼らの前に差し出した。


「あん?」


 それが何を意味するのか二人にはよく分からなかったようだ。

 しかし、考えてみれば当然、缶詰はリーゼにしてみれば小さいもので自分で掴むのは至難のことである。


「俺たちが乗っけろってのかよ?」


 川谷が面倒臭そうに確かめると、リーゼはコクリと頷いた。


「チッ。仕方ねぇな」


 やれやれと言いたげな様子で二人は動き始めた。

 仕方ないもクソもあるか。

 そんな気持ちもあったが、山本はその気持ちを抑える。

 コトリコトリと缶詰と野菜がリーゼの右手に置かれていく。


「うし、これで全部か」


 地面には先ほどまであった缶詰も野菜も残っていない。全てはリーゼの手の上にある。

 山本もこれで終わりかと思い、ゆっくりと立ち上がった。

「落とすなよ。大事な食料だからな」

 川谷はその手に牛肉を持ちながら、注意する。

 分かっている。

 先程から、この男たちのことをどこか受け入れられないと山本は感じていた。

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