第17話
まだ、十二時を少し過ぎたくらいだ。空は青く澄み渡り、憎々しいほどに眩しい太陽が照りつける。
訓練施設の屋上で二人の男は話している。柵に背を預け、空を見上げながら。
「お前には、戦う理由があったのか?」
阿賀野は坂平にそう尋ねられている。
偶然、阿賀野は坂平に出会して、こうして話すことになった。
「どうだか。俺はわかりませんね。別に戦う理由なんてどうでもいいでしょ」
「死んでもいいのか?」
「なら、気にかけるのは俺なんかじゃなくて松野達の事ですよ」
坂平の言葉に阿賀野はどうでも良さげに返した。
別に阿賀野は松野達のことを心配などしていない。戦力としても期待していない。けれど、人の心配など彼は求めていない。
「俺は死ぬためにここに来たわけじゃない」
「お前も家族の為、か……」
まるで、人の命を惜しむかのように坂平は呟く。苦しそうで、悲しそうで、見捨てることも出来ずにもがいている。
「何言ってんだよ。もう、俺に家族はいませんよ。残念なことだけど、俺は誰かのために戦いたくてここにいるんじゃないです」
「お前は扱いにくいな」
「……そう言うのは嫌ですね」
阿賀野はそう言った。
柵に預けていた背を離して、坂平の方へと顔を向けた。
「俺はアンタらみたいな大人の道具じゃないんですよ」
「……そうか」
阿賀野の言葉に小さな声で答えた。
坂平は苦しかったのだ。あの日、あの時、戦場に向かうことになった彼らの名前を呼んだ時。彼らが出兵すると決まった時。
「まあ、坂平さんが何に迷ってるかは知らないっすけどね」
「それは……」
本当にこれでいいのか。
何故、子供達が命を掛けねばならないのか。本当は守られているべき命ではないのか。そんな悩みが坂平の脳内をぐるぐると回り続けている。
あの時の状況とは違って現状、戦争は現実として目の前に存在する。もう少しで戦争が始まる。
「俺は」
坂平はポツリと漏らした。
坂平に対して、阿賀野は何も語らずにその先を待つ。
「────俺は、分からないんだよ」
「何がですか」
「どうしたらいいか。俺の力で戦争は止まらない。それに、岩松管理長の決定は変わらない……」
そんな風に言って、坂平はタバコの箱とライターをズボンのポケットから取り出して、タバコを一本だけ持ってライターで火をつけ、口に咥えて、残りをポケットにしまった。
「誰が行けば結果が変わる……」
坂平はタバコを口から離して、俯いてしまう。手に持ったタバコからはユラユラと煙が上がる。
「結果が出てなければ変わるも何もないでしょ」
阿賀野が一言言えば、坂平は無言になる。阿賀野の現実を突きつけるような言葉に、彼は言い返すことができなかったから。
「誰かが行ったからうまくいった。誰かだったから死んでしまった。そんなのだって終わらなければ言えない話っすよ」
「お前は……」
「少なくとも、俺は俺にできることをします」
阿賀野はこれで話は終わりだと言うように先に屋上から去ろうとするが、坂平は呼び止める。
「──阿賀野!」
「何すか?」
「お前はどうしてここに来た?」
「偶然声がかかった。それだけです」
阿賀野はどうでも良さげに答えて今度こそ、屋上を出て行ってしまった。
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