第7話
人間はコミュニティーによって人格をコントロールする。それは本人でさえ意識していない程度の変化ではあるが、例えば家族といる時と、江崎達といる時の葛西だって、やはり多少の違いはあるのだろう。学校では大人しい人間が、塾では別人のように弾けている――なんて話もざらにあるわけであるし。もっとも、そう考えても平沢の場合は極端だった。隠れ番長とはこのことである。
「さて、それは何の話? ここでどうして浦沢さんの話が出てくる?」
例の動画は、同じクラスメイトである平沢の元にも届いていたはず。ただ、それを詳しく紐解いていないのであろう。ぱっと見ただけでは、動画とイエローヘッズには何の関連性もないように見えるため、白を切るつもりでいるようだ。
「平沢、この動画――。君にも届いただろ? 実は、この動画の一部分にイエローヘッズらしき人物の姿が映り込んでいるんだ」
とりあえず、明らかになっている証拠を平沢へとぶつける。葛西はスマートフォンを手にすると、平沢に向かって動画を再生させる。再生するのは、江崎経由で受け取った遼子の忘れ形見だ。この動画は事前にバックアップもとってある。消されてしまっても問題はないため、それを平沢へと渡してやった。
平沢はじっと動画を見つめ、そして動画が終わるとテーブルの上にスマートフォンを置いた。それに手を伸ばした葛西に「結局、何が言いたいの?」と、平沢は静かな口調でありながら高圧的な態度を見せる。葛西はスマートフォンを手に取った。
「この動画について、色々と裏付けが取れたんだ。まず、さおりんは動画が撮影されたと思われる当日、事前に帰りが遅くなることを告げている。続いて、偶然にもその日は水道の工事が行われていて、そのおかげで帰ってきたさおりんがシャワーを使用していないことが明らかになった――」
平沢の高圧的な態度に負けじと、ロジックで対抗する葛西。平沢は絶対に何かを知っている。何かを知っているからこそ、それを暴かれるのを恐れて、わざわざ三人を呼びつけたのだ。こちらがどこまでたどり着いているのかを知りたいのであろう。
「そして、決定的なのは、動画の中で見せるさおりんのリアクションだ。もっとも引っかかったのは、誰かに助けを求める声。普通、乱暴されそうになって助けを求めるのであれば、大声で叫ぶだろう? でも、動画内のさおりんは、ごくごく普通のトーンで助けを求めている。まるで、この動画を見ている人間に対して助けを求めているかのごとくね――。これらのことから俺はひとつの結論に達した」
葛西はそこで一息をつくと、平沢に向かって自分の推測をぶつけた。当日の沙織の行動を含めて、こう考えると全て筋が通るのだ。
「この動画は全て狂言だった。そうだろ? 平沢」
葛西としては、おいそれと信じたくはないことだった。けれども、沙織が乱暴をされて、それを苦にして命を絶ったと思うよりかは、遥かにマシな答え――。この動画は、そもそも沙織と平沢が結託して作り上げた、まるで偽物なのである。
「狂言? 一体、どうしてそんなことをする必要がある?」
まだ平沢はとぼけるつもりのようであるが、その声には先ほどとは違って動揺のようなものが混じっている。葛西の考えが間違った方向ではない証拠だ。
「さっきも言ったけど、誰かに見せるために撮影したのさ。それが一体誰で、こんなものを見せてどうするつもりだったのかは分からない。でも、イエローヘッズにさおりんが乱暴されたという事実は、でっち上げられたものだった。それも、さおりん本人の意思によってだ。平沢、そろそろ話しては貰えないだろうか? 君だって、こんな形で動画が流出して気持ち悪かっただろうに」
平沢がすっと葛西から目をそらした。人は都合が悪くなった時、人の目を直視したがらなくなる。何かしらの嘘を見透かされてしまうことを恐れるからだ。平沢の行動は、正しくそれだった。やはり、平沢は何かを知っている。
「平沢君、私達はさおりんが何をしたかったのか、どうして死んじゃったのかを知りたいの。お願い、知っていることがあったら教えて――」
葛西に佳代子が加勢し、平沢の心をぐわりと揺さぶる。こちらは沙織の死の真相を知りたい一心で、イエローヘッズなどという本来ならば関わりたくもないものに関わっているのだ。こうして、何度も隣町にまで足を運んでいるのだ……。その訴えが平沢に届くかは定かではないが、できることならば届いて欲しい。しかし、平沢は黙り込んだままだ。
「平沢」
「平沢君――」
葛西と佳代子の呼びかけを無視する平沢に、とうとう我慢の限界がきたのか。葛西達の前にぬっと体を滑り込ませる江崎。ここで暴力を振るったところで逆効果だ。慌てて止めようとした葛西であったが、ここで江崎は予期せぬ動きを見せた。両膝を地面につき、続いて両手までをも地面についた。
「平沢、俺は馬鹿だから難しいことは分からねぇ。たっちんみたいに頭も良くねぇし、かぁこみたいに優しいわけでもねぇ。でもよ、さおりんがどうして死んだのか知りたいって気持ちは一緒なんだ。頼む、知っていることがあったら教えてくれ――。この通りだ!」
そう言いながらも、深々とひれ伏した江崎。正直なところ幼馴染である葛西ですら驚いた。
普段、人に頭を下げることなんて滅多にない江崎。そんな江崎が、ただ頭を下げるだけではなく、地に額をついての土下座をする。ここまでへりくだった江崎の姿に、平沢も面を食らったようだった。
「……頭、上げてよ」
少し困ったかのように、江崎のことを見ていた平沢であったが、小さく溜め息を漏らすと、ぽつりと呟いた。
「それは、話してくれるってことか?」
江崎が下手に出るというのは、幼馴染から見ても奇妙な感じで、どこか違和感を抱いてしまう。例えるならば狂犬が、尻尾を振っているような印象だ。江崎がプライドよりも幼馴染のことを優先させたがゆえの行動だったのだろう。
「僕の知っている限りのことはね――。これは、彼女の名誉にも関わることだから、特に君達には話したくなかったんだけど」
平沢はそう言うと、日野に手招きをする。日野がそばまで行くとポケットから小銭を取り出し「これで適当な飲み物でも買ってきて。彼らの分もね」と、使いっ走りに出す。それを見送りつつ、平沢はテーブルに立てかけてあったパイプ椅子を出して並べた。
「まぁ、とりあえず座ってよ。飲み物くらいならご馳走するからさ――」
平沢に促されて、それぞれがパイプ椅子を手に取ると、テーブルを囲むようにして座る葛西達。平沢が他のメンバーに音楽を停めるように指示を出し、辺りは一気に静寂へと包まれた。
「それで、どうしてこんな動画を? 一体、何が目的だったんだ?」
平沢の対面に座った葛西は、話を早速切り出した。ゆっくりと話を聞きたいところだが、残念なことに終電というタイムリミットがある以上、言い方は悪いが簡潔に要点だけを聞き出したいところだ。
「――ちょっと前のことだったかな。浦沢さんに頼まれたんだよ。例の動画を撮影するのに協力して欲しいとね。頼まれた……と言うより脅されたと言ったほうが正しいか。どこから仕入れてきたのかは知らないけど、僕がイエローヘッズのヘッドをやっていることを聞き付けたみたいでね。そのことをばらされたくなければ協力して欲しいって感じだったよ」
平沢の言葉に三人は顔を見合わせた。あの沙織が人を脅すような真似をするなど考えられない。特に佳代子は、その事実に驚いたようだった。
「そんな……さおりんがそんなことをするなんて思えないよ」
「でも事実だよ。僕は彼女に脅されて、そして彼女の指示に従って例の動画を撮影した。それ以上でもそれ以下でもない。残念だけど、何が目的で、彼女があんな動画を撮影したかったのは知らない」
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