第3話

「危なくなったら真っ先に逃げろよ――。多分、守ってやる余裕はないだろうからよ」


 佳代子は江崎に対して「うん!」と、無邪気な笑顔を浮かべた。これから向かうところを勘違いしているのではないかと思えるほどの笑顔だった。


「――それで、イエローヘッズの連中がどこにいるのか、大体のあたりはついているのか?」


 葛西はお好み焼きを口へと運びつつ江崎に根本的なことを問う。中学時代に悪さをしてきた江崎のことだから、その辺のアンダーグラウンドのことにも詳しいだろうと思っていたが、残念なことに彼から返ってきたのは脱力ものの答えだった。


「知らねぇ。街中には連中が馬鹿みてぇにいるだろうから、片っ端からとっ捕まえて聞き出せばいい」


 つまりはノープラン。行き当たりばったりでイエローヘッズに話を聞くつもりのようだ。それだと、街中でいちいち騒ぎを起こさなければならないリスクが伴うし、江崎だって曲がりなりにも高校生だ。大きな問題を起こして停学処分になったら目も当てられない。奇妙な話ではあるが、できる限り騒ぎを起こさずに話を聞き出したい。もっと変な言い方をすれば、せめて騒ぎが表沙汰にならないようにしたかった。だからこそ、てっきりイエローヘッズのたまり場に乗り込むつもりだと思っていたのであるが――。


「いや、それはあまりいい方法だとは言えない。街中で騒ぎを起こすと後が面倒だ。しょーやん、イエローヘッズの溜まり場に関して、何か知っていることはないか?」


「あー、どっかの廃工場を溜まり場にしてるってのは聞いたことがあるな。それがどこかは知らねぇけどよぉ」


 返ってきた江崎の言葉に、葛西は小さく頷いた。それが分かれば、ある程度の場所は絞り込むことができるかもしれない。


「例の動画も、ぱっと見た限り廃工場のようだった。そして、噴水広場の音痴時計の音が入り込んでいる。噴水広場の音痴時計が聞こえる範囲内にある廃工場を片っ端からあたれば、イエローヘッズの溜まり場が見つかるかもしれない」


 遼子が解析して江崎に渡したデータが、こんなところでも役に立つとは思わなかった。あれが撮影された場所がイエローヘッズの溜まり場ならば、ある程度の場所は絞れるはず。そこまで廃工場の数も多くないだろうし、音痴時計の音が聞こえる範囲だってたかが知れているのだから。


 遼子が残してくれた解析動画。決して無駄にはしない――。葛西達に指針を指し示してくれているようであり、なんだか運命じみたものを感じた。


「音痴時計を中心にして廃工場を片っ端から調べて回る。割に面倒くせぇな」


 やはり、そこらにいるイエローヘッズをとっ捕まえたほうが早いのではないか――。江崎の言葉にはそのようなニュアンスが含まれていたが、街中で騒ぎを起こすのは様々な意味でよろしくない。ここは地道に調べて回るべきである。


「面倒でもやるんだよ。地元の人達に話を聞けば、それなりの情報も手に入ることだろうし。それに、騒ぎを起こして三人とも停学処分になったら、この一件を調べて回ることもできなくなるだろ?」


 最も恐れるべきは、停学処分により自由に動けなくなってしまうことだ。停学というものは、学校に行かなければいいだけという問題ではない。教師はしょっちゅう訪ねてくるし、毎日反省文のようなものも書かねばならない。ゆえに自由な外出すら許されない。自宅に軟禁されるわけだ。あくまでも伝聞で知った情報ではあるが、自由を奪われるのはよろしくない。


「――確かに、停学は困るけどよ。仕方ねぇ、たっちんのやり方でやるかぁ」


 停学というワードに、江崎はようやく渋々と納得したようだった。とりあえず方針は決まったわけだ。それはそうと、なんだか妙に焦げ臭い。何かと思えば、話に食い入ってしまっていたせいであろう。佳代子の手付かずのお好み焼きから煙が上がっていた。


「その、かぁこ。それ……焦げてないか?」


 葛西に指摘されて気付いたのか、慌ててテコをお好み焼きの下に入れようとする佳代子。しかし、鉄板としっかり張り付いてしまったのか、テコが入らない。これが本当のテコでも動かないというやつだ。


「あぁぁぁ。かぁこのダブル豚玉がぁぁ。今日は奮発したのにぃぃ」


 食べ物の恨みはなんとやらで、佳代子は取り憑かれたかのようにお好み焼きの救出を試みるが、時すでに遅し。


「お父さん! お父さーん!」


 佳代子が泣きそうな声で呼ぶと、奥から競馬新聞を片手にイヤフォーンを片耳につけた佳代子の父親が顔を出す。


「お父さん、焦がしちゃった。新しいのと取り替えてよぉぉぉ」


 まるで亡者だ。何か強い恨みを残してこの世を去ったかのごとく、父親にすがるような視線を送る。


「その分、お代を頂くことになるけどいいか?」


 実の娘に対して、この仕打ち。しかし、佳代子の父親はこれ見よがしな笑みを浮かべて、こう続けたのであった。


「特別扱いするのは【親しき仲にも礼儀あり条約】に反するだろ? なぁ、たっちん」


 こうして、三人のイエローヘッズ巡りは、佳代子の絶望から始まった――。

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