第2話

「その犯人って、これまで私達にメールを送り付けていた人物と同じなんだよね?」


 佳代子が珍しく的を射たことを口にする。これまでの情報を整理するに、葛西も全く同じ結論に達していた。つまり、沙織を装ってメールを送り付けてきている人物と、程島の死に関与した人物は同一人物だと思われる。佳代子の場合は女の勘なのかもしれないが、葛西には明確なロジックがあった。


「恐らくね――。俺達が学校へと駆け付けた時、現場にいたはずの校長達ですら、誰が落下したのかまでは把握していなかった。でも、それ以前に俺達に送られてきたメールには、程島にお悔やみを申し上げる旨がしっかりと書かれていた。すなわち、程島が落下したのを間近で見ていた人物が存在する。突き落としたのか、それとも事故だったのかは分からないけど、あの夜学校には程島以外の第三者がいたはずなんだ。この世で誰よりも早く、程島が死んでしまったことを知る人物がね」


 葛西にメールが送られたのは、恐らく程島が屋上から落下した直後のことだ。江崎に送られた程島自身のメールからほとんどタイムラグがないことから、そう考えても問題はないだろう。しかし、いざ学校へと駆け付けてみると、救急車を呼んだであろう教師陣は、誰が落下したのかを把握していなかった。すなわち、学校にいた教師陣よりも先に程島が屋上から落下した事実を知っていた人物がいる。


 学校には教師達がいたがゆえに、玄関から学校内へと浸入することが可能だった。よって、程島を屋上から突き落とすということ自体は不可能なものではないだろう。フェンスが外れてしまったことが程島の死に直結していると考えるのが自然であるが、それだって第三者の細工によって外れるようになっていたのかもしれない。少なくとも、現場の近くで程島の死を知った人物がいたことだけは間違いないだろう。そして、その人物が沙織の名前を騙ってお悔やみ様のメールを送り付けてきたと推察できる。


「面倒くせぇことは良く分からねぇけど、そいつをさっさととっ捕まえねぇとな」


 江崎はお好み焼きをテコで切り分けながら呟いた。やけに鉄板に音が響くのは、テコを持つ手に必要以上な力が入っているからか。表には出していないが、江崎は大分ご立腹のようだ。江崎は昔から仲間意識が強い。きっと、彼の中では程島も仲間となっていたのであろう。


「あぁ、これまでと違って、犯人が何かしらの理由で程島の死に関与している。メールだけならただの悪戯で済んだけど、もはや悪戯の領域じゃないからな」


 葛西は自分に言い聞かせる意味でも、その言葉を必要以上に強調した。


 これまでは行き過ぎた悪戯で済んでいたのかもしれない。沙織の名前を使ってお悔やみ様のふりをし、事故に遭った野球部員達を冒涜するような真似をした。教室の机にわざわざ追悼のメッセージを貼り付け、さもお悔やみ様の仕業に見せかけようとしていた。これだけでも許せる所業ではないが、仮に人に手を下したのだとすれば悪戯どころの騒ぎではない。どのような形で遼子の死に関わったのかは不明であるが、それでもお悔やみ様を偽ってメールを送り付けるとは、どんな神経をしているのか。


 葛西は警察ではない。探偵でもない。ごくごく普通の高校生だ。けれども、死んでしまった幼馴染の名前が絡んでいる以上、黙ってはいられない。その気持ちは、江崎や佳代子とて同じであろう。


「うし、これ食ったらちょっと出てくる」


 江崎がお好み焼きを自分の皿に移し、これでもかと言わんばかりにマヨネーズをかけながら漏らした。


「出てくるってどこへ?」


 葛西もまた、お好み焼きをテコで切りつつ問う。


「ちょっと街までな――。イエローヘッズの連中に話を聞いてくる」


 さらっと何事もないかのように出てきた単語に、葛西はテコを動かす手を止めた。あのイエローヘッズに話を聞きに行くなどあり得ない。これは葛西の偏見ではあるが、彼らとまともな話ができるとは思えなかった。


「待った。しょーやん、それは待った! あいつらがどんな連中なのかは、俺達より知ってるだろう? あいつらから話を聞くなんてことは止めたほうがいい」


 江崎らしい単刀直入な発想だった。遼子の件を調べようにも、学校に行ったところで話が聞けるわけではないだろうし、下手をすると警察の捜査中ということもある。先生達がいるかもしれないが、まずまともに取り合っては貰えないだろう。沙織が住んでいた寮の片付けは今週末であり、それまでは動けない。だったら、自分達には何もできないのか。こうしてお好み焼きを食べることしかできないのか――いや、実はひとつだけやれることがある。それこそが、江崎の言い出したことに他ならない。


「でも、あいつらが何かしらの形で関与している可能性は高いんだろう? もちろん、さおりんの死に関してという意味でもな――。程島が解析した動画にイエローヘッズが映り込んでいることは間違いない。で、あの動画は犯人がさおりんの名前を騙って、俺達に送り付けてきたもんだ。だったら、本人達に直接話を聞いたほうが手っ取り早い。それこそ力づくでな」


 イエローヘッズは、ここらの界隈で知らない者はいないほどの不良グループだ。手っ取り早い防衛策は関わり合いを持たぬことであり、関わるとロクなことがないというのが通説である。できることならば別の観点からアプローチしたいところであるが、今のところイエローヘッズ以外の観点から事件を追うのは難しいだろう。


「――分かった。でも、しょーやんだけに行かせるわけにはいかない。俺も一緒に行こう」


 葛西は覚悟を決めた。幼馴染の死を追いかけるためには、どうやらイエローヘッズは避けて通れない道のようだ。例の動画にイエローヘッズらしき人物の姿が映り込んでいた以上、いずれは対峙しなければならない相手だ。


 イエローヘッズの姿が映り込んだ動画。その動画を送り付けてきたのはお悔やみ様騒動を引き起こした犯人である。犯人とイエローヘッズがイコールで結び付くのか、それとも犯人とイエローヘッズはイコールではないものの、何かしらの関わり合いがあるのか。どちらにせよ、事件に切り込むためにはイエローヘッズに話を聞くしかない。


「かぁこは来ないほうがいい。下手に奴らに目をつけられると面倒くせぇからよ」


 葛西の言葉に頷いた江崎は、何かを言おうとばかりに口を開こうとした佳代子の言葉を遮った。江崎の判断は真っ当であり、わざわざ佳代子が一緒についてくる必要はないだろう。


「やだ。かぁこも行く」


 しかし、佳代子は頬を膨らませ、江崎の気遣いを一切無視したわがままを言う。イエローヘッズのことを知らないからこそ、そんなことが言えるのだ――。江崎は呆れたかのように佳代子を諭す。


「あのな、かぁこ。これから俺達が行くところは、おっかねぇ奴らが馬鹿みたいにいるところなんだぜ? そんなところに女子が行ってみろ。何されるか分かったもんじゃねぇぞ」


 佳代子はどこか抜けているところもあるし、イエローヘッズのこともそこまで知らないのだろう。ただ、江崎の言っていることは誇張しているものの間違ってはいない。関わらなければ済むのであれば関わらないほうがいい。


「たっちんとしょーやんがいるから大丈夫」


 けれども、一応意地とプライドというものはあるらしい。佳代子も譲ろうとはしない。イエローヘッズうんぬんという問題よりも、幼馴染の死の真相を知りたい気持ちが勝っているのかもしれない。


 葛西と江崎は顔を見合わせて溜め息を漏らした。だが、ここまで意思を固めている佳代子を邪険に扱うわけにもいかない。

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