第11話
他の教師もいるから、ここぞとばかりにいいところを見せたいのであろう。しかし、葛西は全く怯むことなく、ごくごく普通に関谷へと問う。ついでに江崎も関谷のことを睨みつけてやった。
「き、貴様らが知る必要なんぞない! さっさと家に帰れっ!」
肩透かしをくらった関谷は、さらに声を荒げるという馬鹿の一つ覚えをする。頭ごなしに怒鳴りつける教師は時代遅れだということが分からないのだろうか。
「――糸井先生はいませんか?」
関谷を相手にしていても時間の無駄だと察したのであろう。葛西は玄関先の教師陣のほうに向かって口を開く。しかし、返答をするのは関谷である。
「糸井先生はいないっ! 早く家に帰らないと親を呼びつけるぞ!」
関谷の頭ごなしの態度を見て、流石にやりすぎであると思ったのであろう。教師陣の中からもうひとつの影がこちらへとやって来て、関谷の肩を叩いた。
「関谷先生、そこまで言うことはないでしょう。学校で救急車騒ぎがあれば気になっても仕方がない」
肩を叩いたのは、普段から話が冗長であり、
「しかし、校長――」
関谷も校長には頭が上がらないのであろう。急にしおらしくなった。
「なんにせよ、いずれは生徒に伝えなければならないだろう。それに、こうして騒ぎにわざわざ駆けつけてくれたんだ。地元の子達なのだろうが、学校のことを心配して駆けつけてくれた子達を、そのまま追い返す訳にはいかない」
別に学校のことを心配した訳ではないし、ここまで駆けつけたのだって例のメールがあったからだ。しかし、校長は江崎達の行動を勝手に良い方向へと解釈してくれたようだ。何が起きたのか少しでも知りたい江崎達には、願ってもない勘違いだった。
「私達もまだ全てを把握していないが、どうやらウチの生徒が屋上から飛び降りたようなんだ」
面白くなさそうにしている関谷を引き下がらせ、校長は屋上のほうに視線をやる。そこで初めて気が付いたのであるが、落下防止のために屋上を囲っているフェンスの一部が、すっぽりと抜け落ちていた。そのフェンスの位置から地上へと視線を下げて行くと、地面に転がっている一枚のフェンスを見つけた。
「うちの屋上は、落下防止のために高いフェンスを設けている。それこそ、よじ登っても越えられないほどの高さのフェンスをだ。どうしてフェンスが外れてしまったのかは、これから警察が調べてくれるだろう」
そう言う校長の声は、どこか震えているように思えた。江崎達には悟られぬように必死に隠しているのだろうが、校長の心情を察すれば当たり前のことかもしれない。自分が校長を務めている間に、続々と生徒が死んでいるのだから――。
「私達で把握しているのは、屋上から生徒が飛び降りた……もしくはフェンスが外れて落下してしまったということだけだ」
校長は緩く首を横に振ると、小声で「どちらにせよ学校の責任問題になるだろう」と漏らした。
葛西がもっとガツガツと校長を質問攻めにするかと思っていたのだが、彼は黙って校長の話を聞くばかりだ。色々と突っ込んだところで、学校側が把握できているのは、校長の言ったところまでだと判断したのであろう。むしろ、この段階で全てを把握するほうが不可能だ。校長達も葛西達と同じく、何が起きたのか分からないレベルなのだろうから。
その生徒が、なぜこんな時間に学校にいたのか。どうして屋上へと向かい、そして屋上から落下してしまったのか。それもまた警察が調べてこそ明らかになることであろう。
佳代子は言葉一つ発さず、ただ校長の言葉に小刻みに震えていた。葛西もまた、校長のことを真っ直ぐに見据えるばかり。江崎もまた言葉を失っていた。遼子からのメールもあって、なんだか嫌な予感が頭の中をぐるぐると回っていた。
「さぁ、じきに警察も到着する。その時に居合わせたら、君達も面倒なことに巻き込まれることになる。そろそろ帰りなさい。詳しいことは連絡網か文書で回します――」
校長の言葉に「分かりました」と、葛西が素直に引き下がる。校長の言う通り、ここにいたら面倒なことに巻き込まれることを予見したのであろう。江崎と佳代子のほうへと振り返って「帰ろう」とだけ呟くと、葛西は教師陣のほうに頭を深々と下げて
無言のままで通学路を引き返し、別れ際に葛西が口を開く。
「色々と討議したいところだけど、今日はもう時間が時間だ。現段階で分かっている情報にも限界があるようだし、今は続報を待とう。まだ学校は休みだし、また連絡するよ」
その言葉に頷き合い、江崎達はそれぞれの帰路へと着いた。その日は事件の興奮もあったせいか、はたまた妙に蒸し暑かったせいか、江崎は中々寝付けなかった。――開け放ったままの窓からは、湿った潮風が、波の音と一緒にじっとりと吹き込んでいたのだった。
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