第4話

「これは……」


 江崎はスマートフォンから目を離して遼子のほうへと視線をやる。遼子は大きく頷き「なんでイエローヘッズと接触したいか分かったっしょ?」と、少しばかり自慢気に言った。イエローヘッズの連中に絡まれたことなど忘れているようだった。


 後退りする沙織が取り出したスマートフォンのディスプレイに、黄色いパーカーが映り込んでいたのだった。恐らく反射で映り込んでしまったのであろう。体格などは分からないし、光も一緒に反射してしまっているため、顔も分からない。しかし、その特徴的な格好からイエローヘッズが浮上するのは容易いことだった。


「なんでこうなったのかは分からないけど、この動画を撮ったのはイエローヘッズのメンバーだと思う。江崎ってさ、こっち方面のこと詳しいんじゃないの?」


 こっち方面というのは、イエローヘッズなどの不良達のことを指しているのだろう。


「やんちゃしてた頃はな――。ただ、最近のイエローヘッズのことは知らねぇよ。昔は割りかし硬派な連中だったけどよ、今となっちゃ、あまりいい噂は聞かねぇし」


 硬派と言っても不良は不良である。しかしながら、かつてのイエローヘッズは、人道に反するような真似は決してしなかった。カツアゲなんてことは絶対にしなかったし、大手を振って街中を歩いていた訳でもない。ただ、街を根城として他の地域の不良と縄張り争いをしていただけだ。その縄張り争いだって、この街を守るという大義名分があったはずだ。今のように、ただの悪ガキに成り下がったのは、いつからだっただろうか。


「じゃあさ、この動画が撮影された場所に心当たりは?」


 遼子の問いかけに口を開きかけた江崎であったが、少しばかり思いとどまって「知らねぇよ」とだけ返した。本当は心当たりがあったのであるが、それを遼子に教えてしまうと、そこに乗り込むなんて馬鹿な真似をしてしまうかもしれない。それを危惧したのだ。今のイエローヘッズは見境いがない。遼子が一人で乗り込んで、どうこなる相手ではないし、話し合いが通用するとも思えなかった。


「そっか。江崎なら知ってると思ったんだけどなぁ……。やっぱり、片っ端からあたってみるしかないか」


「言っとくけど、これ以上イエローヘッズなんかに関わってもロクなことがねぇぞ。女がこそこそ嗅ぎ回っていたら何されるか分かんねぇし」


 そう返してから、はっとした江崎。つまり、この動画はそれを意味しているのではないか。考えたくはないが、もしも江崎が思い当たった可能性があるとすれば、それは沙織の衝動的な自殺に直結するのではないか。


「あ、もしかして江崎も同じこと考えた?」


 沙織は遺書もなく、なかば突発的に命を絶った。自殺する心当たりは、幼馴染である江崎達でさえない。しかし、もしも沙織の身に日常とはかけ離れた災厄が降りかかったとしたら――。


「程島、お前だったら自殺するか? 知らない男達に暴行されたら」


 江崎はスマートフォンをスリープ状態にしながら呟いた。せっかくオブラートに包んで聞いたのに、遼子はそれをダイレクトな表現で返してきた。


「まぁ、気持ちは分からなくないねぇ。レイプなんてされたら、しばらくは立ち直れないだろうし。でも、死ぬことまではしないだろうけど」


 デリカシーの問題なのか、それとも遼子は事実を事実として受け止めたいだけなのか。あっけらかんとした表情で続ける。


「沙織ってさ、明るくて社交的だけど、どこかナイーブな面があったでしょ? だから、沙織ならあり得るんじゃないかと思って――」


 沙織の自殺の動機。それが、お悔やみ様の送りつけてきたメールによって浮上した。すなわち、暴行のショックによって衝動的に自殺を図ったという可能性だ。


「……イエローヘッズが、そこまでえげつないことをする連中だとは聞いたことねぇけどな。でも、今のあいつらなら、あり得なくもねぇ」


 江崎は湧き上がる苛立ちをおさえながら、街の様子をぐるりと見渡した。もしイエローヘッズの連中がいたら、とっ捕まえて話を聞こうと考えたが、残念なことにイエローヘッズの姿は見当たらなかった。


「とにかくさ、それを葛西にも見せてみてよ。まぁ、葛西のことだからとっくに気付いているかもしれないけど――」


「分かった。たっちんにも見せておく。だから程島、一人でイエローヘッズに関わるなんて真似はするな。俺達に任せておけ」


 江崎が言うと、遼子は小さく頷いてから大きく背伸びをする。雨が落ちてきそうな空を見上げて「それじゃ、そろそろ行くわ」と、駅のほうへと視線を移す。


「あぁ、真っ直ぐ家に帰れよ――」


 そう返してやると、遼子はもう一度頷いてから「じゃあ」と江崎に手を振り、駅のほうに向かって歩き出した。しかし、しばらくすると振り返って、何かを掴むような仕草を見せた。


「俺の学校の生徒に何の用だ?」


 どうやら、イエローヘッズと遼子の間に割って入った江崎の真似らしい。遼子はにっこりと笑顔を見せ、こう続けた。


「格好良かったよ、江崎――」


 遼子が見せた表情が、いつも見ているものとは比較的にならないほど女性らしく見えて、江崎はどぎまぎしながら声を上げる。


「うっ、うっせぇよ! さっさと家に帰れ!」


 中学のころに散々悪さをしていた江崎には、他人とから感謝されるということに耐性がない。だからか、どこかこそばゆかった。そんな江崎を見て、もう一度「じゃあね」と手を振った遼子は、今度こそ駅のほうに向かって姿を消した。残された江崎は、どんよりと黒く染まった空を見上げて溜め息をひとつ。


 地面のアスファルトに、小さな染みができた。その染みはみるみる内に増え、とうとうアスファルトを覆った。――雨だ。今日はぎりぎりで雨が降らないとのことだったが、やはり天気予報というものはあてにならない。こんなことならばバイクで来なければ良かった。


 コンビニの軒先で、雨に濡れた街並みを眺めつつ、やはり溜め息が出てしまう江崎。例年ならば、もう梅雨明けが宣言されてもおかしくないのに、どうやら今年は梅雨が長いらしい。じめじめと蒸し暑い梅雨が明ける頃には、江崎の心も晴れやかなものになっているだろうか。いいや、恐らくなってはいない。沙織の自殺に関して新たなことが分かったし、件のメールのこともまだ解決はしていない。


 雨の中をバイクで走るのは億劫であるが、ずっとここにいるわけにもいくまい。そう考えた江崎が外に飛び出すタイミングを見計らっていた矢先、ついさっきポケットに仕舞ったばかりのスマートフォンが着信を知らせた。メールではない、電話のほうだ。


 電話は葛西からだった。ディスプレイを確認した江崎は電話に出る。こちらから連絡を入れるつもりでいたから手間が省けて助かる。


「しょーやん。今どこだ? 告別式を抜け出しただろ?」


 開口一番で人聞の悪いことを口にする葛西。抜け出したのではなく、見送りが終わったから帰っただけなのだが。


「抜け出してねぇよ。見送りまではいたしよ」


 葛西のお小言は手慣れたもの。さらりとかわすと、電話の向こうから溜め息が漏れ出す。


「だからって引率の先生の指示がないのに勝手に帰ったらまずいだろ?」


「勝手に帰ってはいねぇし。ちゃんと、近くにいた奴に帰るって言ったから」


 葛西の小言に屁理屈で返すと、葛西は咳払いをして話を切り替えた。


「まぁいいや。それはそうとしょーやん。今日の夜は空いてるか? 空いているならちょっと付き合って欲しいところがある。かぁこも一緒になる予定だ」


 こちらも遼子から貰った解析動画があるし、願ってもないお誘いだった。もっとも、葛西が何をするつもりなのかは分からないが。


「海も時化てるだろうし、親父の手伝いバイトもねぇだろうから、多分空いてるぜ」

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