第27話 一美との再会
翌日。美徳実の誕生日だったが、どうしてもまず行きたい所があった。恐る恐る美徳実に打ち明けたが、二人の意見は同じだった。それは山下の家へ行く事だった。俺達が付き合う事、まずは報告をしに行くべきだと、簡単に決まった。
「一美ちゃん、何て言うだろう」
「そうだよな。急に来られて付き合いましたって、なかなかウザいかもな。やっぱり帰るか?」
電車に揺られながら、俺は足がすくんだ。こんなこと都合が良すぎはしないだろうか。
「駄目だよ。キチンと説明しなくちゃ。いずれ言わなきゃいけないんだし。特に強志君はね」
「分かってるって。でもまだ慣れないな」
「ずっと敬語使ってたからね。私もたぶんまだ慣れないから、たまに敬語になっちゃうと思う。そしたらちゃんと、気付かせてよね」
そして高台にある山下の家に到着した。いつ見ても大豪邸だ。チャイムを鳴らし、門の中に入っていく。
「なぁ、美徳実。山下って、今大学生?」
「ううん、短大に通ってるの」
「そうなのか」
玄関に到着すると、やはり自動ドアのように扉が開き、おばあちゃんが出迎えてくれた。
「まぁまぁ、良くいらっしゃいました。二人とも随分大人の顔付きになられましたね。さ、一美はリビングにおりますよ」
大きな階段を登り、リビングのドアを開ける。奥の方の椅子で山下が難しそうな本を読みながら待っていた。
言葉が見つからず詰まっていると、山下の方から話し出した。
「何? 私が難しそうな本読んでるからビックリして声も出ないの? まぁ、分かるは、私もこんな風になるなんて思わなかったし。どうぞ、座って」
話し口調はあの時の山下そのものだったが、物腰が柔らかくなっていた。そして本を畳む所作は優雅というべきだった。
「それで、話っていうのは?」
「あのね、一美ちゃん。私達」
「んで、いつから付き合ってるの?」
美徳実が言い終わる前から、山下が切り出した。
「え?」
「何よ、私が気付かないとでも思ったの? 美徳実の事は、本人より私の方が知ってるくらいだわ。馬鹿にしないでちょうだい。どうせ一度は忘れようとしてキツイ態度とったけど、我慢出来なくてその反動でー、って感じかしら?」
髪をかきあげる山下の目は、いつも以上にキリっとしている。
「お前、見てたのか」
「やめなさいよ、人をストーカーみたいに言うの。でも良かったわ。これで美徳実に譲った甲斐があったわよ」
「今何て?」
「あら、覚えてないかしら、私があなたに二回も告白したの? あの時は確かに行き過ぎたとは思ってるわ。でもね、すぐ分かったのよ。美徳実があんたに好意があるって。だからその分、私も気が焦ったってわけ」
美徳実は顔を真っ赤にして下を向く。俺達二人して、ぐぅの音も出ない。
「どうせ、好きな人を奪っちゃって申し訳ない。謝るから認めて欲しいって言いに来たんじゃないかしら、違う?」
美徳実はただただ頷く。
「大丈夫よ、こいつの事は忘れたも同然。第三者から見ればあんた達がお互いに好きだなんて、小学生でも分かるわよ。そんな野暮な事は流石に出来ないわ」
「美徳実、お前良い友達に出会ったな」
「何恥ずかしい事言ってるのよ。とにかく、用がそれだけなら、早く帰んなさい。それにあんた今日誕生日でしょ。折角だから今までの分まで楽しみなさいよ」
そう言ってまた本を読み始める。
「一美ちゃん、ありがとう」
「何を辛気臭くしてんのよ。またいつでも二人でいらっしゃい。お泊まりでも何でも大歓迎よ」
本を読みながら手を振る山下は、とても大人びていた。ドアを開けて部屋を出ようとした時、山下が呼び止めた。
「あ、そうだ」
俺は振り返る。
「あんたの事、忘れたには忘れたけど、好きなのは変わらないから」
「あぁ。ありがとう」
手をしっしっとされ、俺達は部屋から出た。山下の気持ちはどれだけ傷付けたかは分からない。でも本人の意志をここで無粋に潰す事は許されない。その分俺が美徳実を大切にする事が、何よりも山下のためになると思った。玄関まで行くと、おばあちゃんが何か持って待っている。
「これ、一美からです。恥ずかしいから渡しておいてと言われております。本来ならあの子から渡させるべきなのですが」
そのプレゼントには、ハッピーバースデー&運命の再会おめでとう、と書かれていた。どこまでもあいつらしい。
「本当に良い友達を持ったな」
「うん」
美徳実は嬉しそうに箱を抱きしめた。
大豪邸を背に駅まで向かうと、後ろから声がした。
「おーい、二人ともー」
そこには俺の永遠の学級委員長こと、細田由奈がいた。
「細田、何でこんなところに?」
「いや、たまたま近くで買い物してたらさ、二人仲良く手を握ってるのを見てさ、遂にやったかと思って。嬉しくて全力疾走して来たんだよ」
「お前たまたまいる事多いな。ってか遂にって、知ってるのか?」
美徳実が割って入る。
「細田先輩は、私の相談をずっと聞いてくれてたんです」
「そうそう、先輩の鏡ですね。この子ったら、もう距離を置いて忘れるしかないって、聞かなかったのよ」
「結局神様の試練も壁も乗り越えられないで、今こうして強志君と付き合うことになりましたけど、それでも後悔はありません」
「ん? 何を言ってるのよ。壁はとっくに乗り越えたじゃない。あなたの心からの本当の気持ちを伝える事。それが神様が与えた試練だと思うよ」
美徳実の目がうるうると潤んでいく。そして細田に抱きついた。
「ありがとうございます。先輩のおかげで自分に素直になれました。先輩の気持ちを差し置いてまで、それでも相談に乗ってくれて」
「おいおい、みとちゃんその話は今は」
「ん、どういうことだ?」
俺は勝手に進む話題に付いていこうと声を挟む。
「あ、これは、その」
「良いよ。みとちゃん。ここは私の口から言わなきゃ格好悪いじゃん」
細田は俺の前に立ち、元気よくこう言った。
「世中君の事、好きだったよ、って話」
「…えー!?」
「みとちゃんから聞いたわよ。初恋の相手、私だったんだね。もっと早く気付いてればなあー。どう? 今からでも付き合っちゃう?」
「な、そこまで知ってるのかよ。いや、俺には美徳実という人がいて」
「なんてね、嘘嘘。こんな可愛い後輩達に水差しなんて出来ないわよ。みとちゃんは本当にあなたに真剣だった。私なんかより遥かにね。だから、ちゃんと守ってやんなさいよ」
肩をポンった叩かれた手の感触は、少し震えていた。だがこれ以上、何を言う事があるのだろうか。
「そんじゃ後は若い二人で楽しんで下さいな」
「同い年だろ、俺らは」
「私は今や先輩ですー」
ベーと舌を出した細田の悪戯な笑顔は、あの頃のまま輝いていた。ありがとう。遠く消えゆく姿に、そう呟いた。
「俺たち、たくさんの人に支えられて生きてるんだな。一人じゃこんな風にならなかった」
「そうだね。これからも誰かと出会って、たくさん泣いて笑って。支えあっていくんだね。誰もがお互いを必要としてるから」
それから俺たちは、沢山の場所に行った。時間が許される限り、ずっと笑った。映画も見た。プリクラも撮った。とにかく、時間が大切だった。早く二年の空白を埋めたいと思ったからだ。でもその必要はなかったと、すぐに気付く事になる。
何故なら俺達は、会えない間もずっと一緒にいたんだから。
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