第57話 一件落着しても……?


 男装の麗人だからこそ、彼女の美しさに嘘偽りはありません。それほどの美を持つ方が流す涙は、時として人の心を簡単に奪い去るほどの魅力を秘めているものでしょう。流している本人からすれば堪ったものではないかもしれませんが、それは純粋たる真実なのです。

 それはそれとしておくとして、涙は涙でも血涙を流しながら迫ってくる麗人というものは、美などよりも恐怖を感じるものだと知っておりましたか。わたくしはまさしくいま目の前で見ておりますので断言できます。吐くほどに怖い。


「キサマ、コロス」


「落ち着いてください、ラウロ様。まずは落ち着いて話をいたしましょう」


「ワタシ、オチツク、キサマ、コロス」


「カタコトで話すのを止めるところから始めるべきではないでしょうか。あとお願いですからその剣を収めてください」


「キサマノクビ、ハネル、ヒツヨウ」


「刎ねる必要性をまずは話し合いましょう」


 慣れとは恐ろしいものです。命を他者に握られることも事前に経験しておけばこのように落ち着いて物事を考え、られるわけないだろ!! 怖い! 泣くぞ! いい加減に本気で泣くぞ!!


「占い師の一件以来ずっとあの調子……ッ! 貴様に私の気持ちが分かるか!!」


 わたくしの気持ちも分かってください。


「この間も話したではありませんか。まずは、まずはラウロ様がサンドラ様に女性として意識して頂くことが大切であると」


 そもそも、あの二人が勝手に始めていることであり、それでわたくしが責められるのはとばっちりにもほどがあります。などと、正論を述べれた途端に首が胴体からさようならする未来が見えますので、ここはこの間のように説得を開始するといたしましょう。

 大丈夫です、安心しなさい。前回だってなんとかうまくいったのです、大丈夫ですよ、わたくし。


「――れた」


「はい?」


「其方を女性として扱うことはないと直接サンドラ様より言われたと言っている!!」


 余計なことを。


 ……って、違う違う!!


「それは、あの、ええと……!」


「こんな情けないことを嘘つくはずがないだろォオ!!」


 いやァァァ!! ですよね! そうですよね! だから剣を首にぴとってするのはやめて! 死ぬから! 俺普通にすぱってされたら死ぬから!!


「真相はどうであれ貴様がサンドラ様の呪いを解くきっかけをつくったと国の大臣たちも信じ切っている。その結果があの騒ぎ……!!」


 なるほど。

 自分たちの大事な王子を救った女性。しかもその女性に王子が惚れているというのであれば応援したいのが臣下心というものですか。他国との関係性を考える奴は一人くらいはいないのか。


「貴様を信じた私が愚かだった……! 笑っていたのだろう! 必死で女になろうと足掻く私の醜さを!!」


「そッ!!」


 それだけはありえません!

 一人の男性に好かれてもらおうと頑張る女性を笑う人間になどこのわたくしが成るものですか!


「黙れぇえ!!」


 ああ、言い訳も聞いてもらえない……。

 こんなことであればやはりニクラを連れてくるべきだったのでしょうか。この間立てた誓いをあっさり破ったわたくしへの罰だと言うのですか。ですが、この場に彼女が居ればそれこそ全面戦争は免れません。仮に他の人が騒ぎを聞きつけてやって来てくださったとして、今度こそラウロ様が処分されてしまうのは明白。それだけは、それだけはなんとしても阻止しなければいけなかったのです。


 そもそも。

 ええ、そもそもです。


 考えたら腹が立ってまいりました。どうしてわたくしがこのような目に会わなければいけないというのでしょう。事の発端はサンドラ様が勘違いしてわたくしに惚れこみ、そしてずっと傍にいた魅力的な女性を蔑ろにしたからではありませんか。

 好みや恋愛関係に理屈はありません。ですから、どうして彼がラウロ様のことを女性として見れないと言ったかをとやかく言う気はありませんがそれももっとうまい言い回しがあったはず。わたくしには思いつきませんけども!!


 起死回生の一手です。

 まずは状況を整理しましょう。まだ頭と胴体が離れていないということはギリギリでラウロ様の理性が勝っているいるということです。そして、大事なのはわたくし達の態勢です。

 一目の付かない部屋に押し込まれたあと、わたくしは壁に押し付けられております。所謂壁ドンです。もっとも、ドンしているのが腕だけでなく剣も合わさっております。


「ラウロ様」


「遺言か」


 血涙を流しながら迫る彼女は、その、恐ろしさを感じますが、それだけしか感じないわけではありません。何を言いたいかといいますと、美人なのです。いいですか? 彼女は美人なのです。そんな美人がほんの少し前に顔を出すだけで唇と唇がくっつきかねないほど近くに居る。


 男としてテンションがあがるってものじゃないか。

 そうだ。そうだとも! 何を戸惑うことがあるんだ。俺の目標は何だ? ライバルキャラと仲良くなることじゃないか!

 ずっと受け身の態勢だったのが悪かったんだ。加えて、男の俺が女性の振りをしているから本物の女性からすればイライラする原因となっていたはず。で、あれば!!


「これ以上貴女が心を痛める姿を見るわけにはまいりません。わたくしと一緒に来てはくださいませんか」


 口説くのです。


「……は?」


「少しではありますが、貴女と一緒に過ごした時が教えてくれました。貴女はとても魅力的な女性であると」


 アメリータ様のときは友達となろうとしたのがいけなかったのです。この世界が乙女ゲーム。広い目でみれば恋愛ゲームの世界だとすれば、友達はバッドエンド。そうです、なれば口説くことこそが正解!! のはず!


「サンドラ様はとても素晴らしい人物ですわ。ですが、貴女の魅力に気付かない男に貴女はもったいない」


 剣が! ラウロ様の剣が下がりましたわ……!

 やはりこれで正解だったのです! ちょっと怖くはありますが、わたくしが彼女に魅力を感じていたのは真実なのですからこのまま口説き続けることも嘘ではありません!


「貴女のためなら国をも捨てましょう。さぁ、どうかわたくしの手をと……、ラウロ様?」


 剣が下がるどころの話ではありませんでした。

 あれほどわたくしを追い詰めていたラウロ様が一歩、また一歩とわたくしから距離をとり、とうとう彼女のほうが壁に追いやられてしまう始末。ええと……?


「……気持ち悪い」


「はい?」


「やだ。なに、え? なんだ、なんだ貴様は」


 憎悪や怒り、そして戸惑いなどが彼女の瞳に宿ったことはありましたが、いまの彼女に宿るのはそのどれでもありません。


「無理、無理無理……。え、やだ、え?」


 嫌悪感。


「貴様が、調子に乗ってる価値無しの男に見える……、え? なに、なんだ、なにをした……」


 げふッ!?

 ま、まだです! 一度拒否された程度で諦めてはいけません、ルイーザ! 貴女は貴女の幸せを手に入れるのでしょう? 前に、前に出るのです!!


「わたく、しは……」


「ひィ!? く、来るな! 来るな、気持ち悪い!!」


「げふぉッ!!」


 二度目はちょっと、耐えれそうに……。てか、え、気持ち悪い? え、だって、待って。だって、いまの俺はルイーザだよ? 見た目が平々凡々な日本男児じゃなくてキツくはあってもまさしく美少女だよ? 見た目で言葉の印象って変わるじゃん。変わるって言うじゃん。臭かったかもしれないけれど、美少女が言うんだからそこは相殺出来ているはずじゃん。


「分かった……! 私は私で努力する……! サンドラ様に好かれるように、女として見られないと一度言われたのが何だというのだ。大丈夫だ、大丈夫だから! もう貴様に八つ当たりもしない!」


「あの……」


「寄るなッ!! 寄るなよ……、いいか。だから、だからだ……。もう私に近づくなよ!!」


 閉じられた扉に残されたのは、逃した腕の仕舞い所を失くしたわたくしでありました。

 え……。あの……。

 え……?

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