第38話 ラッキースケベ?
「お嬢様……? い、いったい何をなさって」
「何をしているのです、ニクラ! 貴女も急ぎなさい!!」
万事無事に。とまでは言わないものの、即興でのわたくしとサンドラ様の嘘がラウロ様を救いだしました。
そのままスイーツの会を続行など出来るはずもなく帰されたわたくしがしていることといえばただ一つ。
「今すぐにでもルークス王国へ戻りますわよ!」
夜逃げで御座います。
「で、ですがさすがに今日のことを受けてすぐにというわけには……」
「今日のことがあるからこそではありませんか!」
ラウロ様を救うために打った一芝居を後悔しているわけではありません。最善ではなくても、最悪でもないはずだからです。ですが、それとこれとは話が別。
この世界に来てからのわたくしへ降りかかった事柄を思い出してみれば、
「この地にこれ以上居続けるわけにはいきません……!」
「確かにお嬢様がご準備なされた野菜ケーキが事の発端だったかも致しませんが、そのあとのことを思えばお嬢様が非難される謂れなどあるはずがないではありませんか」
「そんなことを言っているのではありません!」
むしろ単純に非難してくださればどれだけ楽……、いえ、それはお父様に殺されてしまいますのでそれも勘弁願いたいものですね。
とにかく!
「今は少しでもサンドラ様から距離を取るのです!」
「ラウロ様ではなく……で御座いますか?」
抑えの効かず剣を抜くだけのラウロ様のどこを恐れろというのです! 確かに文字にして冷静に考えれば十二分に恐ろしいですけれど、それ以上の恐怖があるではありませんか!
「とにかくニクラも準備を急ぎなさい!」
「しかし……、本当に宜しいのでしょうか」
「宜しいのです!」
「御当主様の許しも得ずに……で御座いますよ?」
「うッ」
痛い所を。
いえ、彼女はわたくしのことを想ってこそ。確かに、ほぼ謹慎処分に近い形でわたくしはこの国に送り込まれております。お父様の許しもなく屋敷へ戻ることは……、で、ですが……。
「宿泊しているホテルを変えるだけで宜しければ手配致しますが」
「それです! その手でいきましょう!!」
多少の時間稼ぎかもしれませんが、何もしないよりははるかにマシです。
自分の運命とは自分で切り開くもの。指をくわえて見ているだけでは勝利はつかめないのです!!
ニクラや他の使用人たちに無理を言い、その日の内にホテルを変更したわたくしは、
「ごきげんよう、ルイーザ様」
「……ご機嫌麗しゅう御座います、サンドラ様」
次の日。
ラウロ様ではない護衛を引き連れたサンドラ様にご挨拶を受けておりました。
彼の来訪に青ざめたわたくしは、国を出てもおりませんのですからサンドラ様が調べようと思えば簡単に分かることですし……、とニクラの小さな正論に、それはそうですわね、と半分口から魂が出そうでありました。
「ルイーザ様の気遣いには重ね重ね感謝しかありませんわね」
「……は、はい?」
気遣いとはなにのことです。昨日のこと? いえ、重ね重ねと彼は仰いました。わたくしは何も重ねてなど。
「今日、いまだけはこちらにルイーザ様が滞在されているのを知るのは極数人。おかげでこうしてお話に伺うことが出来たのですもの」
おうふ。
自分が犯してしまった失態に、頭を抱える暇もなく、サンドラ様はお連れになられた護衛を部屋から遠ざけました。ニクラもまた席を外したために、いま部屋に居りますのではわたくしとサンドラ様の二人のみ。
「昨日のことに、感謝を。そして……、なによりも申し訳ありませんでしたね」
「サッ!」
ンドラ様。
驚きに、彼の名前をちゃんと呼ぶことも出来ませんでした。
未来の。と冠言葉は付くとはいえ、一国の王女が頭を下げたのです。これが驚かずにいられましょうか。
「お、御止めください! そのようなことをなされてはいけません!!」
人払いを済ませております。こちらのホテルもまた最高級の三つ星ホテル。防音を含めた設備も整っております。それでも、どこに人の目が、耳があるかは分からないのです。
「いいえ、しっかりとこの気持ちを貴女へ伝えなければ。何を以てしての王と言えますか」
「で、あるからこそ! 他国の者に簡単に頭を下げるなどあって良いはずがッ!」
油断。
気をゆるめること。注意をおこたること。
間違いなく、この時のわたくしは油断をしておりました。目の前の珍事に慌てて、その他のことへの注意が散漫になっていたことでしょう。
どれだけ。幾度となく。この世界へ転生してより。このわたくしが。
無駄に攻略対象キャラたちとの絆を持ってしまったかということを。
わたくしは。
忘れてしまっていたのです。
――ずるッ
「ふぎゃ!?」
「え? きゃぁ!?」
思わず立ち上がってしまったわたくしが、足を取られてぶざまな悲鳴をあげたというのに。
転倒したわたくしに巻き込まれたサンドラ様は、しっかりと美少女悲鳴をあげておりました。なるほど真の美少女はどんな時でも可愛い悲鳴をあげるのですね。彼は男ですけれど。
そして、わたくしの手は。
しっかりと。
サンドラ様のスカートを握りしめておりました。
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