第18話 アルバーノ様ご訪問
わたくしがルイーザとなって、どうしてと疑問を頂いたのはこれで何度目のことでしょう。
頭に浮かんだ数々の疑問を、それでもわたくしはわたくしなりに解決しようと心掛けておりました。上手くいく時もあれば、いかない時もありましたが、それでも今までなんとかやってこられていたのです。
前置きが長くなってしまいましたね。
それでは、聞いてください。
どうして。
「ルイーザ」
わたくしは、アルバーノ様に押し倒されているというのでしょう。
※※※
「少しは落ち着いたらどうかしら」
「落ち着いておりますよ? 何を仰いますか、ルイーザお嬢様! 私はとても落ち着いておりますよ!」
「そう。でもね、ニクラ。わたくしはこっちですわ」
「どうしてお嬢様はそれほどまでに落ち着かれているのですかッ」
鏡に映ったわたくしに話しかけていたニクラは朝からずっとこの調子です。ミスも可愛らしいと眺めている分には良いのですが、このあとを思うとそろそろいつもの調子に戻ってほしいところです。
「どうして、と言われても……。これが初めてというわけでもありませんし」
今日のためにと用意されたドレスに溜息が零れそうになる。
外行きでもないというのにこんな豪華なものを拵えては勿体ないとしか思えてなりません。
「熱はありませんわ」
失礼いたします、とおでこに手を当ててくるニクラ。愛嬌のある可愛らしい顔が近くにくると抱きしめたくなってしまいますね。
「アルバーノ様ですよ!」
「そうね」
「アルバーノ様がお越しになられるのですよ!」
「そうねぇ」
だから何だと言うのでしょう。
わたくしが一般の貴族であればそれはもう大事でしょうが、たとえ相手が王族であろうともつまりは許嫁に会いに来るそれだけのことです。
粗相を働いてはいけないと背筋を伸ばしこそすれ、そこまで緊張しなくても……。
アルバーノ様はまさしく正統な王子様。
ニクラが憧れ緊張する気持ちは分かるのですけれど、わたくしにとってはただちょっと顔の可愛いイケメンショタっ子です。
これ以上好かれてはいけないと使命感ぐらいはありましょうか。それでも今日のご訪問はそれこそ日々の他愛のない会話でお茶を楽しむ程度で終わりましょう。
わたくし以上に忙しい彼の心を多少は癒やしてあげたいものですけれど、過度に何かをしようと思うのは今までの二の舞になるだけの話です。
「御安心くださいね、ルイーザお嬢様!」
「まずは貴女を安心させたいものだわ」
「本日もお嬢様は変わらずお綺麗で御座います!」
「ありがとう。貴女も変わらず可愛いわよ」
「たとえアルバーノ様と言えど! お嬢様の美しさに釘付けとなることでしょう!!」
「そうかしらね。ところで、わたくしはこっちよ」
先日お母様からいただいた大きなテディベアを抱きしめている彼女はいったい何をどう見ているのでしょう……。
※※※
「ルイーザ!」
王族ともあろう方がはしたない……。
わたくしの姿を目にした途端馬車から飛び降り駆けてくる小さな王子様。咲き誇るどんな花々よりも美しいそのお姿に、当家のメイド達もすっかりほだされております。
お気付きになられたかも致しませんが、アルバーノ様のわたくしの呼び方が変わっております、ルイーザ嬢からルイーザへと。口調もフランクなものへと。
着実に彼の中での好感度が上昇しているようですね。誰かエレベーターの下がるボタンを探してきてくださいませんか。
「会いたかった!」
「わたくしもですわ、アルバーノ様」
良かった。
さすがに駆け出す勢いそのままに抱きしめてくるなんてことはないようです。わたくしとしても人の目があるところでは我慢しなければいけませんのでこれはとても嬉しい誤算ですわ。
「…………」
おや、太陽の如き笑顔に陰りが見えてしまいました。
いったいこの瞬間に何があったというのか。
「アルバーノと呼んではくれないのですね……?」
なるほど。
自分がルイーザと呼んでいるのに、いまだにわたくしがアルバーノ様と様付けなのが不服な御様子。
ほんの少しのむくれた頬で可愛らしいことをいう王子様に、普通の女性であれば心を奪われるのかもしれませんが、それをわたくしに言われましても……。
「まだ……、恥ずかしいですわ……」
と、いうことにしておきましょう。
では、いつか呼ぶことがあるのか? ないですけど?
「そ、そうですよね……。すいません、僕……」
ふ、勝った。
むくれた顔のショタっ子の威力も、恥ずかしがる美少女には敵わないものです。
さて。
一度落ち着いて、いまの状況を第三者目線で考えてみるといたしましょう。
普段は次期国王として申し分ないほど自を律する美少年が、許嫁の姿を見た途端に年相応に駆けだして、あまつさえ呼び捨てしてほしいと我が儘を言う。
そんな彼に、許嫁の美少女は恥ずかしいからと照れて見せる。
なるほど。
それはもう、周囲の目はこうなるでしょうとも!
どうなっているのかって? 微笑ましくも美しくも尊いものを見て心を洗われきった瞳ですわ!!
「アルバーノ様。本日のためにとっておきの茶葉を取り寄せましたの。早くお楽しみくださいませ」
「勿論!」
ここは三十六計逃げるに如かず。
手を取り屋敷へと入っていく姿にますます大人達の瞳の温かさが上昇している気は致しますが、この際それも無視致します!
「アルバーノ様のお口に合うと良いのですが……」
オズヴァルド様のお屋敷で頂いた茶葉もとても珍しいものであったようですが、当家が準備したものにはさすがに及びません。
公爵家が王族をもてなすために用意したものです。これ以上の最高級品はそうそうお目にかかるものではありません。もっとも、わたくし自身はそれほど紅茶に興味はないのですけど……。だって、そもそもが高級品からスタートしておりますし、どれを飲んでも美味しいのですから。
ここで本当の悪役令嬢へ転生した物語であるのならば、わたくしはお菓子のひとつでも焼いてみせて普通とは違うところを見せるのでしょうが、そうは問屋が卸しません。
わたくしはそのような道をたどろうとは思っておりませんので、紅茶からお茶菓子から花壇から。本日の何から何まで用意してくれたのは使用人達ですわ!
彼らにはいつか恩を返さないといけませんわね。
近い将来わたくしは婚約を破棄される形となりますので、彼らにまで悪評が付く前にどこか良い就職先を見つけられると良いのですが。
「これは……、レメンス州の茶葉ですか? 僕が好きだと言ったこと覚えていてくれたんですね……!」
へえ。
そういえば、昔にそんな話をしたようなしなかったような。
さすがは爺と言ったところですね。そんな些細な情報すら見逃さないなんて。
ですが、あえて言いましょう。
おのれ、余計なことを……ッ! 好感度がまた勝手に上がっているんですけど……!?
ひとまずは、余計なことを言わずに微笑んでおくことにいたしましょう。
どうにかして、上がった好感度だけでも下げておきたいものですね……。
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