第13話 押しかけ悪役令嬢


 ――お断りいたします。


 たった一行。

 わたくしが出したお茶会への招待状。その返しはこれ以上ないほどまでに簡潔なもので御座いました。


 完。


「じゃないッ!!」


 あ、甘く見てましたわ。変人と名高いローザ・スピッツィキーノの実力を。

 まさかこの国で王族を除けば一番の権力を持つバティスタ家令嬢の誘いをいとも簡単にばっさり断ってこようとは。


「普通に心配になってきますわ、これはこれで……」


「お許しください、お許しください……!!」


 わたくしの命を受けて招待状を届けてくれたバティスタ家の使用人が真っ青になって頭を垂れております。彼にすれば、主の招待にすぐさま返事を書いたのだから当然お受けする旨だと思い込んでいたのだろう。だが蓋を開けてみればこの通り。


「顔を上げてちょうだい。貴方に非はないのだから許すもなにもないわ。むしろ、ちゃんと届けてくれてありがとう」


「ぉ、ぉぉぉ許しいただけるのでしょうか、わ、私には妻も年老いた両親も居り……ッ!」


「だから怒ってないってば……」


 普段から一緒に居るニクラはともかくとして、滅多に合わない使用人だとまだ以前のわたくしの印象が強すぎるのですね。無理もないですが、こうも怖がられてはこちらとしても肩身が狭いのだけれど。


「ですが、そうなるとどう致しましょうか」


「ひィ!?」


「貴方には何もしないと言っているでしょう……」


 埒が明きませんので、使用人の彼には部屋から退出して頂きました。

 この様子では、再度お誘いの手紙を書いても同じことの繰り返しとなるだけでしょう。

 攻略対象を変えることも考えるべきかもしれませんが、せっかく自分で決めて動き出したことです。もう少しだけ頑張ってみてから諦めても良いはず。


「お嬢様は、なぜローザ様にそれほどまでに御執心なされるのですか?」


「お友達になりたいからよ」


「ぉ、お友達……ですか」


 わたくしの返しがそれほど意外だったのでしょう。ニクラは主の前であることを忘れてぽかん、と可愛い顔になってしまいました。


「ええと……、ほら、わたくしもいずれアルバーノ様と結婚しこの国の王妃となるでしょう。親しき者が居ない、そんな虚構の王妃なんて悲しいだけではなくて?」


「お、お嬢様……」


 咄嗟に思いついた適当な言い訳でしたが、ニクラの反応を見るに問題はなさそうです。実際、わたくしには友と呼べる者が一人も居りません。それは、そうですね。少し、いえ、それなりに悲しいです。


「お嬢様!」


「ど、どうしたの?」


 当然ニクラがわたくしの手を取ります。

 いきなり距離を詰められると照れるのですが……。


「ここはこのニクラにお任せください!!」


 えへん、と胸を張るニクラには申し訳ないのだけれど、なぜか不安しか残らないのはどうしてなのでしょう。



 ※※※



「これは、さすがに駄目だと思うのだけど」


「問題ありません! 早馬にてスピッツィキーノ家の者には伝えておりますので!」


 揺れる馬車の窓から見える屋敷は、あれぞまさしくスピッツィキーノ家のもの。

 ニクラが立てた作戦とは、あちらに来る気がないというのであればこちらから無理やり遊びに行くというものでありました。


 わたくしが出した招待状は、ローザ様に直接届けたもの。それとは異なり、ニクラはスピッツィキーノ家へと連絡を取ったのです。

 如何にローザ様が変わり者であろうとも、その御両親は至って普通の貴族。バティスタ家から訪問の連絡があれば断れるはずがありません。


「あとで悪評が立たないと良いのだけれど……」


「お嬢様がローザ様と親しくなれば何も問題はありません。ご安心ください!」


 ニクラ……。

 わたくしは貴女が震えていた時のことが懐かしく思えてなりませんわ……。わたくしが悪いのでしょうか、ええ、そうなのでしょうね。でも、勘違いしないでね。いまの貴女も嫌いではないのよ。ちょっと面倒くさいな。と思うだけで。


「こ、これはこれはルイーザ様! わざわざ当家にお越し頂けるとは光栄の極みに御座います!!」


 到着した馬車から降りていると、慌てて駆け寄る人の好さそうな男女。現スピッツィキーノ御当主と奥方ですわね。


「こちらこそ急な訪問を受け入れてくださり、感謝致しますわ」


「何を仰いますか! 私どもも常々ルイーザ様とご挨拶致したいと思っておりましたところで御座います! ……ところで、本日の御訪問ですが……」


「ローザ様にお会いしたいと」


「「ごふッ」」


 吐血した。

 二人そろって。


「スピッツィキーノ様!?」


「ろ、ろろ、ろ、ろろろ。……ローザ、でございましゅか?」


 そこまで驚かなくても、いえ、ゲーム通りの性格であるとすればそれも仕方ない……でしょうか。


「むす、娘は、その、ええ……、つまり、ですな。そう! 病気! 病気で倒れて気絶して熱を出して血を吐き出しながら踊り狂っておりまして!!」


 それはもう病気とは言わないと思います。


「万が一にもルイーザ様にうつしてしまうわけには参りません! まことに、誠に申し訳ないのですが、本日の所は御帰り頂くということでどうか!」


「で、ではお見舞いだけでも」


「いけません!」


「ルイーザ様にうつしてしまおうものならバティスタ様になんと言えば良いか!」


「ですので! どうか! どうかお許しを!」


「どうかァ!!」


 夫婦のステレオ攻撃に、さすがにこれ以上は無理だと諦めようとした、その時でありました。


「おや、頼んでいた魔法薬が届いたと思ったのだが……、お客さんのようだね。これは失礼」


 屋敷からひょっこりと顔を出したのは、


「む? 君は確かルイーザとかいう娘だな。この間のお茶会は断ったと言うのに何をしに来たんだ」


 病気で倒れて気絶して熱を出して血を吐き出しながら踊り狂っているはずのローザ・スピッツィキーノ様でありました。

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