遠きイズガルドの地にて ー弱虫でヘタレな薬師は、遠い辺境に逃げ出したー
はねうさぎ
第1話 旅立ち
なぜと聞かれれば、疲れたからだと思う。
城の薬師だった僕は、魔法も少し使えたので乞われれば多少の治療も行った。
薬で効果が得られない場合、直接魔法で治療を施す。
元々薬師だった僕だったが、魔法の事が知れ渡ると大そう重宝がられた。
国では薬師の数より、治療魔法士の数のほうが圧倒的に少なかったからだ。
そして皆には大そう喜ばれ、感謝された。
しかし、それが気に障ったのだろう。
同じ薬師の仲間からは疎まれていた。
人と触れ合う事が苦手で友達もろくにいない僕。
治療魔法士は薬の知識はあまり無いので、僕の様ような便利な存在はまれだ。
だからこそ、数少ない治療魔法士からもいい顔をされなかった。
唯一、魔法騎士のライアスさんは、親しそうに僕によく声をかけてくれた。
僕の好きなお菓子などを、お土産に持ってきてくれたりもした。
だから僕はいい気になっていたのかもしれない。
この国では魔力による攻撃を得意とする魔法騎士は皆の憧れの的だった。
その魔法騎士のライアスさんと親しくしていた僕は、
更なるやっかみの的となったようだ。
ある日、同じ薬師の〇〇さんに呼び出され、こう言われた。
「デニス、ちょっとぐらい魔法が使えるからっていい気になるなよ。
ライアス様だって、友達がいないお前を哀れだと思って声をかけてくれるだけだ。
大体、ライアス様をライアスさんだって?もっと敬意を払ったらどうだ!」
そう言われた。
確かに一介の薬師が、
魔法騎士の方に対して不敬だったかもしれない。
「あの人にはもっと相応しい人がいる。
お前みたいなちんけな奴じゃない優秀な奴がな。」
そんな事分かっているよ。
僕はライアスさんの方から話しかけてもらえなければ、
きっと今頃はライアスさんに近くにいなかったと思う。
その後も僕に対する嫌がらせは日に日に酷くなっていった。
誹謗中傷、無視、嫌がらせ、暴力。
それでも僕は歯を食いしばってそれに耐えた。
ライアスさんが微笑み、話しかけてくれさえすれば、頑張れた。
でもある日、僕はとうとう耐えられなくなり、薬師長様に辞表を出した。
薬師長様は僕が辞める事をたいそう惜しんでくれて、考え直せと言ってくれる。
せめてあと1週間、よく考えてくれないかとも言われた。
でも弱虫の僕はこれ以上耐えられなくて、書類を提出した次の日の朝、
後ろ髪をひかれながら城を後にした。
「ライアスさんに、ちゃんとお別れしたかったなあ。
でも、面と向かってお別れするのは辛いし。
そうだ、落ち着いてから手紙を書こう。」
さて、これから何処へ行こう。
故郷のゴルッシュには、僕を待っている人はもう誰もいない。
両親を亡くし家族もいない僕は、その地に執着は無かった。
それならいっそ思い切って、
知らない場所で新しい人生を始めるのもいいかもしれない。
僕は薬を作れる、少しだけど人を治療する事も出来る。
それならば、その能力を少しでも必要としてくれる人がいる所に行こう。
僕は地図を広げ眺めた。
きっと辺境の地ならば、こんな僕でも喜んでくれるかもしれない。
そう思って王都から東の果て、イズガルドへ行くことに決めた。
イズガルドは、何日も馬車を乗り継ぎ、
終点の村からも5キロほど歩いて、ようやく辿り着ける村のようだ。
僕は必要であろう物を買いそろえながら、町を歩く。
そして、この町ともこれでお別れなんだなと感慨にふけった。
あまりいい思い出はないけれど、でも悪い事ばかりでもなかった。
「ライアスさん、今までありがとうございました。
さようなら、幸せに暮らして下さい。」
僕は城に向かってそう呟き頭を下げた。
王都から2回ほど馬車を乗り継ぎ、1日目の日が暮れた。
今日はここで宿を探そう。
お給料はあまり使い道がなくて、貯金はそこそこあるけれど、
これから先の事を考えれば無駄遣いはしないほうがいい。
色々見て回って1泊5000シーリングのウサギ亭という宿に泊まることにした。
部屋に荷物を置き、夕食を食べに食堂に降りていく。
でも、食堂のテーブルは、やはり夕食の時間帯のせいか、すべて埋まっていた。
「お兄さん、おひとりですか?」
一人の女給さんが僕に気が付き声を掛けてきた。
「はい、でもテーブルはいっぱいのようなので、また出直して来ます。」
そう告げ、部屋へ戻ろうとすると、
「お客さん、相席は大丈夫ですか?」
「相席…ですか?
僕は大丈夫ですが、同じ席になった人が迷惑に思うでしょう?」
「何、馬鹿なこと言ってるんですか、
喜ぶならまだしも、嫌な気になるなんてありえませんよ。」
「そうでしょうか……。」
「論より証拠、さあさあ。
すいません、このお客さんお一人なんですけれど、相席よろしいでしょうか?」
女給さんは4人掛けの席に座っていた人に声をかけてくれた。
「え、ああ、いいとも。さあ座った、座った。」
相席をしてくれたのは、体の大きな二人の男性。
「お前さんは……まだ成人じゃ無いだろう。
そんなにちっこくてもう旅をしているのか、偉いな。
俺達は、町から町へ、頼まれた荷物を運ぶ、荷役を生業にしているんだ。」
「そうなんですか。だから、大きな体をしているんですね。すごいなあ。」
二人とも筋肉もりもり、とても力が有りそうだ。
「おうよ、お前さんは何をしているんだい。」
「僕は薬師です。」
「ふーん。綺麗なだけでなくそんなすごい技術を持っているのか。」
「僕は綺麗なんかじゃありませんよ?
そんな事を言われた事もありません。」
「そんなはずないだろう。
あんたほどの人なら、嫁に貰いたいという人が幾らでもいると思うがな。」
「からかわないで下さい。」
僕は聞きなれない言葉に戸惑い、耳を塞いだ。
「ハハッ、まあ薬師だなんて、
すごい技術を持っているなって思っているのは本気だぞ。」
「でも……、薬師って病気を直してお金をもらうんです。
つまり、病人に付け込まなければ食べていけないってことでしょ?」
「薬師がそんなこと言ってどうする。人間一生健康という訳にはいかないんだ。
確かに安静にしていれば、自然に治る病気もあるが、
あんたみたいな人が助けなければ、完治しない病気だって多いんだ。
俺達だってそうだ。
人が運べないから俺たちが運ぶ。
兄さんの言い方に変えれば、
俺達だって、力のない人間に付け込んで金を稼いでいる事になる。」
「そんな!」
「そう、違うだろ?お互い持ちつ持たれつ。
助け合って生きていくんだ。」
「そうでしょうか?」
「そうさ、あんたの仕事は人を助ける立派な仕事だ。」
「…そう言っていただければ、少しは救いになります。」
「おう、もっと胸を張っていろ。」
「ありがとうございます。」
その後もいろいろ話をし、励まされながら食事を終え、テーブルを離れた。
その時はもう、鬱々とした気持ちは少しは晴れていた。
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