第18話 標的3
食事も終えて一息ついた頃、主は寝床から起き上がって着替え始めた。
「まだお休みになられていた方がよろしいかと」
「どうせいつもと変わらないでしょう? 今日も行くわ」
「今日も、とおっしゃいますと?」
「孤児院よ」
昨日行った神社仏閣の役目を果たす教会という施設に併設された建物。あの場所は恵まれない子供達や親を亡くした子供達の避難場所となっている。今日もそこへ足を運ぼうというのだ。
「今まで毒を食べながらでも通っていたのだから、今日だって行っても大丈夫よ」
「…わかりました。お供いたします」
今までも体調の悪さと共に足繁く通っていたようだ。ならば今日、一食毒入りの食事を食べずに粥だけだったとしても普段と大差は無い。そう主が判断したのであれば、その希望に添うように行動するのが侍女の務めである。
主の着替えを手伝い、今日も町中を抜けていく。昨日のようなスリに遭遇することもなく、平穏無事に孤児院へとたどり着けた。
「あ、お姉ちゃん!」
子供達が一斉に笑顔で駆け寄ってくる。主は子供に人気のようだが、どうやらその侍女であるこちらにも人気が波及してしまっている。
「お姉ちゃん、また遊ぼう!」
着慣れない侍女の服の袖を子供達に引かれる。半ば強制的に広場へと引きずり出される形となった。
「遊んであげて」
「はい」
主の一言で子供達との遊びの時となる。昨日と同じように追いかけっこをするのだが、人数が昨日よりも多い。昨日は楽々とあしらえていたが、今日は少し面倒かもしれない。
「待てーっ!」
追いかけてくる子供達を避けて、飛び越えて、指一本触れられないように逃げていく。
そんな遊びを行いながらも、視線の片隅では主の姿を確認している。どうやら今日も顔見知りの尼僧と仲良く話しているようだ。
「うー、お姉ちゃん捕まらないよー」
子供達が諦め始めた。どうやら指一本触れられないことで、飽きてきたようだ。
「皆さん、まだまだ鍛錬が足りませんね」
余裕を見せる。しかし実は少し本気になって逃げていた。それを察せられないように振る舞うのは成功していた。
「では次は何を?」
追いかけっこは終わりだ。なら、次の遊びがまた出てくるだろう。子供というのは遊びを発見したり作り出したりするのが非常に巧みだ。だから何が出てくるかは警戒していた。主の手前、みっともない姿は見せられない。どのような遊びが行われても、子供相手に負けるわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと! あなた達、いったい何の用ですか?」
子供達が真剣に次の遊びを何にするか話し合っている時だった。視界の端に体格の良い男達が何人も現れた。
「おー、ここだ。それにほら、あいつだ」
直感で察した大将格の大男。外套から伸びた太い腕がこちらを指さしてくる。
「ここは神の家の孤児院です。神の家には出入り自由ですが、こちらは違います。用のない方はお帰りください」
「うるせぇ!」
男達の侵入を阻止しようとした尼僧が突き飛ばされた。男達は尼僧に目もくれず、一直線に広場へとやってくる。狙いは私なのだろう。
「みんな、中に入っていなさい」
尼僧のかけ声を合図に、子供達が一斉に建物の中へと駆け込んでいった。まるで日々訓練されているかのようで、少し感心した。
「何かご用ですか?」
目の前にまでやってきた男達。お世辞を言う気にもなれない下品なニヤニヤした顔は、できるならば長く視界の中にいて欲しくないと率直に思った。
「メッデス! こんなところまで来てどういうつもり?」
主はどうやら見知っていたらしく、名指しで問う。
「こいつが新しくアルフォウス家の使用人の一因になったって聞きましてね。ちょっと腕試しでもしておこうと思いまして」
「ここまで来てやること?」
「それなりの広場もあるんで、ちょうどいいじゃないですか」
メッデスと呼ばれた大将格の大男と視線が交わる。主は表情をゆがめつつ、視線を背けた。
「アルフォウス家の私兵団長、メッデスだ」
「ステア様の侍女、サクラです」
とりあえず自己紹介には応じておいた。だがそれで前置きは終わりだったらしい。メッデス以外の男達が包囲する陣形をとった。
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