第17話 標的2
粥を主の口に運ぶ。最初は表情や雰囲気で拒んでいた部分も見られたが、安堵か繰り返していくうちに諦めて受け入れ始めたようだ。器の粥がなくなる最後の一口になる頃には、視線こそ逸らすものの素直に口を開けてくれていた。
「しかし、大味よね」
「申し訳ありません。料理は得意ではございませんので、お口に合いませんでしたか?」
「まずいというわけではないから」
粥を平らげてからの感想だった。残念ながら細かい味付けは得意ではない。過去に腕利きの料理人がいる台所に下女として入り込んだときには、数日ではあったがそれなりの料理を教わったこともあった。しかしそういった機会が多いというわけでは無い。よって料理の腕は凡庸といって差し支えないだろう。
「それにしても毒…ね」
報告を聞いた主は特に驚きはしなかった。しかし意外そうな表情と共に「そこまでとは思わなかったわ」という独り言を口にしていた。
「一口や二口、一日や二日程度なら、すぐに体外に排出されてしまうほどのものです。毎日のように食べ続けなければ影響は出ません」
「そうなの。でもあなた、よく気が付いたわね」
「はい、毒物は良く取り扱っていましたので」
「いや、取り扱っていても味とか普通はわからないでしょう?」
「いえ、幼少の頃より様々な毒をよく食べていましたので、味にも敏感になっています」
「…え? よく…食べた?」
主の表情がまた固まっている。これは説明を求めている顔だと認識するべきだろう。
「暗殺の際、状況にもよりますが標的と同じ皿の食べ物や同じ入れ物の飲み物を飲まざるを得ない場合がございます。その際、標的よりも毒に耐えられる身体でなければなりませんし、確実に毒を食べさすために毒がわかりにくくなるよう工夫するための味も知っておかなければなりません」
「え? 食べさせるだけじゃなくて、一緒に食べる場合もあるの?」
「はい。目的は標的を殺すことです。その際、自らの命も犠牲にして標的を確実に殺すという手法もとれるように鍛えられています」
主の顔が先ほど以上に固まっている。これはさらなる説明が必要なのかもしれない。
「幼少の頃より数多の毒を口にしては早急に体外に排出する、を繰り返してそれがより早くできる身体にします。または毒の苦痛に平静な表情をできるよう耐えるための忍耐力を鍛えることも行います。それらを繰り返していると、毒には舌や鼻が敏感に反応するようになりますし、身体事態が毒に対して耐性を持つようになります」
主の表情が一行に固まったまま戻らない。説明のしかたが悪かったのかもしれない。
「それらの訓練により私は…」
「もういい、もういいから…」
説明の途中で主に遮られた。
「相手を殺すために、自分も毒を食べるなんて信じられない。その説明が私には全くわけがわからないし理解できないから、もう止めてちょうだい」
「はい」
どうやら理解してもらえることはできなかったようだ。暗殺を生業にしていたこともあり、世間の常識とは全く違うところにいることは理解している。それを説明して理解してもらうのは難しい。
「あなたの国ではそんなことをみんながやっているわけ?」
「いえ、ごく一部です」
「そうでしょうね」
「仕事に行けるのはその中でもさらに一握りです」
「え?」
「さらに一度目の仕事から帰還するのはもっと少なくなります」
「ちょ、ちょっと…」
「十人以上の暗殺に成功した人は私を含めごくわずかですが、私が国を去るときにはそのごくわずかな達人の方々も皆死んでいました」
「どういう…こと? 仕事にすら行けない…の?」
「はい。毒の場合もあれば、鍛錬の際の傷など、死因は様々ですが初仕事の舞台に立つ前にかなりの数が死にます」
「なによ…その狂った世界…」
主の口から飛び出した「狂った世界」という言葉が妙にしっくりときた。世間から隔絶された世界にいたという自覚はあったが、その世界そのものが狂っていた。そう表現され、全てが腑に落ちて納得できた。
「そうですね。私のいた世界は狂っていたんでしょう」
多くの仲間がいたが、今では誰も生きてはいない。そんな過去を淡々と話す自分自身はやはり狂っているな、と自己理解を深めることはできた気がした。
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