第15話 主家の闇4

 翌朝、アルフォウス家の食卓に魚料理が並んだ。

「あら、見慣れない料理ね」

 皿の上の焼き魚の切り身を見た奥様。付け合わせなどを用い、見た目にも簡素さの中に美を設けてみた。その料理に興味があるのか、魚の切り身を凝視していた。

「はい、私が作らせていただきました」

 誰が作ったのかを名乗り出なければならないが、隠す必要も無いため早々に名乗り出た。それによって集うアルフォウス家の面々の表情が変わる。魚料理への興味から、調理者への不信感の色へと一気に染まる。

「これはご挨拶です。料理人というわけではございませんので大したものはご用意できませんでした。お口に合えば幸いですが…」

「最安値の奴隷の料理など食べられたものではないわ!」

 先ほどまでの興味はどこへ行ったのか、奥様は皿から完全に視線をそらしてしまう。

「料理人でもないくせに出しゃばるなど、身の程を知りなさい!」

 奥様の怒号が部屋に響き渡る。双子が響く怒号から逃れようと、両耳を手で塞いでいた。

「まぁまぁ、そう言わずに。味見はしましたが、これはなかなか美味でした」

 料理人がすかさず、できあがった料理は問題ないと付け加える。

「ステア様はご体調が優れるようなので別の物をご用意いたしましたが、こちらは良い魚が手に入っており、素材の良さを生かしております」

 作った魚料理について自信ありげに語る。そして最後にもう一押し、付け加える。

「もしお口に合わないようでしたら、二度と皆様にお出しするようなことは致しません」

 自陣を見せると同時に、この一食で二度と料理を出せなくすることができるという選択肢を相手に与える。これでなんとか一口は食べてもらえるだろう。

「そう、そこまで自信があるの。食べてあげないこともないけれど、二度と料理ができないようになるわよ?」

「かまいません」

 料理ができるようになりたいわけではない。料理人のような権限が欲しいわけでもない。

「いいわ、食べてあげる」

 奥様を筆頭にアルフォウス家の面々は、見慣れない銀色の食器を両手に持ち、両手を使って綺麗に魚の身を一口大に切る。そして魚の切り身を口に運び、全員が最初の一切れを食べた。

「わぁ、美味しいね」

「うん、美味しいね」

 双子には好印象だったようで、一口食べてすぐに良い評価の言葉が飛び出した。

「ふん、まずくはないわね」

 一言でまずいと言い捨てられなかったようで、奥様は複雑な心境を表すかのように、眉間にはわずかにしわが寄っている。

「次は付け合わせと一緒にお召し上がりください」

 こちらの指示通りに、みんな二口目を食べてくれる。双子は「違う料理みたい」とはしゃいでいた。

「工夫もそれなりね」

 決して高評価を言葉にはしない奥様。しかし手は三口目を口に運んでいる。

「ねぇねぇ、不思議な味がする」

「うんうん、不思議な味がする」

 双子は付け合わせの正体が気になるようだ。そこでこの魚料理の詳細を伝えるため、魚以外の使用した食材を台所から持ってきて並べる。そこには当然のように、あの緑色をした柑橘の実も置かれている。

「ちょっと、あなた! なんてものを食べさせるのよ!」

 奥様が突如声を荒げる。しかし他のアルフォウス家の面々には変化は見られない。それどころか奥様の豹変ぶりに驚いてすらいるくらいだ。

「なんてもの、とはこれのことですか?」

 緑色の柑橘を手に取り、全員に見えるように見せつける。

「ステア様の料理にはできる限り入れるように、先代の料理人の頃から指示があったようですが、何か問題でもおありですか?」

 奥様の顔が赤くなっているのがわかる。しかし言葉は発せられない。指示を出したのは間違いなく奥様であり、柑橘の実に毒が含まれていることも知っている。それは間違いない。それがわかれば今はいい。糾弾したところでここは敵地。事態が好転して有利に進むことはないだろう。

「…ご安心ください。この柑橘は使っておりません。使用したのは別の物です。私はむやみやたらに毒を盛ることはいたしませんので」

「…え?」

 呆気にとられる奥様。それを無視するように用意した食材を片付け始める。今日の目的は達せられた。これ以上の問答は無用だ。

「お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」

 一礼して、食材と一緒に台所へと引き返す。

 事態が解決したわけではないが、ひとまずの牽制にはなるはずだ。詳しい状況の把握などの時間的猶予も得られることだろう。

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