第14話 主家の闇3

 夜が更け、物音も人の気配もしなくなった母屋。闇夜を駆け抜け、数多の暗殺を行ってきたおかげか、わずかな月明かりだけで屋内の全てが把握できる。

 台所に到達し、食材を探す。薬膳と言っても何でも良いというわけではない。食べやすく消化に良いものを選ぶべきだろう。ならば粥が定番だ。

 台所のどこに何があるのかわからない。まずは米の場所を探し、粥に入れることができる身体に良い食材も見つけなければならない。しかし使い慣れてもいない、今日初めて足を運んだ台所だ。そう簡単に目的の物が見つかるはずがない。

 見つけるまで探すつもりだったが、台所にやって来てほとんどすぐ、灯りを持った料理人が現れた。こちらの存在には気付いていないようで、台所の収納からいくつかの食材を取り出していく。

「失礼します」

「…うぉっ!」

 声をかけると、料理人は飛び上がった。驚き、急いで灯りを持って台所全体を照らし、こちらの存在に気付いた。

「あんた、夕食の時の?」

「はい」

 こちらのことを覚えていてくれた。特別に挨拶など必要無く、話が早く始められる。

「ステア様のご容態が悪く、薬膳か粥のような身体に良い物を作りしたいのです」

「あ、ああ、そうか、それで来たのか」

 まだ驚きから心臓の鼓動が早いようで、平静に戻っていない料理人。だがこちらの意図は理解してくれたようで、灯りを置いて話ができる状態となる。

「ここは俺の持ち場だ。勝手に入られると困る」

「それは失礼しました」

「今度からは気をつけてくれ。それで、何が欲しいんだ?」

 粥を作るのに必要な食材として、米を中心にいくつか身体に良さそうな野菜を加える事を考えている。それをそのまま伝えた。

「なるほどな。しかしそれじゃあ味気ないだろう」

「ステア様は病人です。薄味でも良いのでは?」

「それはそうだが、料理というのは美味いに越したことはない。調味料を加えて味を調えよう。それと、ステア様ならお好みの柑橘系の味になるように刻んで少し入れよう」

「お気遣い、ありがとうございます」

「料理人は食ってくれる人が美味いと思う料理を作るのが仕事だ」

 収納からいくつか食材を取り出す。そこに見覚えのある色の柑橘もあった。

「これがステア様のお好みのものですか」

 柑橘を手に取ってみる。ごく普通に木になっていそうで、どちらかというと小ぶりで手のひらの収まる大きさだ。そして香りは確かに良い。

「これはこのまま食べても美味しいのですか?」

 柑橘類は身体に良いと聞く。好みの柑橘ならば、病床でも食べられるのではないだろうか。

「いや、美味くはないな」

 料理人からの返答は期待通りのものではなかった。

「香りは良いが、実は美味くない。苦くて酸っぱいんだ。だから香り付けに皮を刻んで少量入れるくらいが限界だ」

「そうでしたか」

「まぁ、俺の前任者の料理人からずっとそうしていたらしい。俺はそれをまねただけだ」

 前任者の料理人の時から決まっていたことなら、小さいときからそういう風にして食べてきたのだろう。

「少し食べてみてもよろしいですか?」

「ああ、まだ数はあるから大丈夫だ」

 主が食べているものがどういうものか少し気になった。そして皮は少量しか使わず、実は使用しないと聞いた。なら実を食べても差し支えはなく、皮も少量であれば問題ない。

「では、いただきます」

 皮を剥き、まずは実を少量口に含む。

「これは…」

 わずかな違和感。続いて皮を少量ちぎり、口に含んだ。

「…すみません。これはステア様が自ら入れて欲しいと?」

「それは知らないな。前任者から食事の香り付けにできる限り使うように、って聞いて使っていただけだ」

「誰からの指示かはわからない、ということですね」

「おいおい、いったいどうしたんだ?」

 皮を剥いた柑橘。それを料理人の目の前に突き出す。

「これは微量ですが、毒が含まれています。一度や二度食べたくらいでは問題ないでしょうが、少量とはいえ毎日食べていれば、少なからず身体を壊します」

「…な、なんだって?」

 料理人の表情が固まっている。自分が作っていた料理に毎回毒を混入していたと言われたのだ。無理もない。

「ステア様の体調が優れないのは身体が弱いことが原因ではないのかもしれませんね」

 手に持った柑橘。それがどのようにして頻繁に使われるようになったのか、主を守るためにも一計案じる必要があるのかもしれない。

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