第57話【カオリ&ツキエピソード⑥】

【4月8日(木曜日)/10時06分】


 運送ヘリから外へと出た、皆音カオリ・ツキ・鷺乃シュン・武半マド・高田・永井・そして足に怪我を負っているお姉さんの7名は、その静まり返った町の光景にただただ違和感を抱いていた。まるでゴーストタウンにでもなってしまったと言いたくなる程、そこに人の気配を感じられない。


 左右に様々な建物が並んでおり、上下二車線ずつ並んだ道路の間に運送ヘリが墜落した形になっている。生暖かい風に、道路と歩道の境目には桜の木が植えてあり、綺麗な光景がカオリの視線を桜の木に持っていかれる。


 自衛隊であるマド・高田・永井が先導しながらその後ろをカオリとシュンが足を負傷したお姉さんに肩を貸しながら歩いている状態だ。カオリの後ろには自衛隊のバックを背負ったツキが下を向きながら落ち込んだ様子で歩いている。


「ありがとう……迷惑をかけてごめんなさいね」


「大丈夫ですよ! こんな状況じゃ仕方ないです……」


 負傷したお姉さんの感謝に、まるで社交辞令をしているがごとくマニュアル的な回答をするカオリに、シュンの眉間にしわが寄る。負傷したお姉さんに対して心から最高の笑顔を浮かべているカオリが気持ち悪くてしょうがない。――シュンから見てカオリはネジが数本外れた異常者にしか見えなかった。


 【鷺乃さぎのシュン】――本来であれば高校3年生に上がり、就職活動を始めて妹に楽をさせるはずだったのだが、気付けばこんな訳の分からない状況に陥っている。妹は現在【川村サキ】と呼ばれる少女の元にいる事は分かっている。シュンの目的は妹とサキに合流してこの国から脱出する事だ。


 ――そのためならここにいる馬鹿どもを犠牲にしてでも生きてやるってぇの、馬鹿野郎。


 シュンはこの状況の危うさをしっかりと理解していた。こんな状況にも関わらず、武器や弾薬は全て正面にいる自衛隊のマド・高田・永井が持っており、民間人であるシュン達の元に武器は渡されていない。当然と言えば当然だが、すでにその当然は存在しない世界になっている事を、ここにいる誰も理解していない。


 ――裏切られたら俺ら死ぬな……まぁ、手はうってあるんだけどさ。


 シュンの服には自衛隊が持っていた9mm拳銃が隠されており、マガジンも複数握られていた。壊れた銃を使って上手い具合に数を合わせておいたおかげで、誰もシュンが銃を持っている事に気付いていない。全ての人間の視線と考えを読むことで場を理解する才能――世界ではこう言った技術を『コールドリーディング』と呼んでいる。


 それは天能リアがショッピングモールでシンヤとの会話に見せた技術と同じだ。リアはシンヤの考えを読んで、その回答を直ぐに口にしていた場面が所々で存在したと思うが、それは相手の表情や会話の流れを汲み取り、自分の中でその人間の人物像を再現することでその人間を理解し、その先の答えを導き出す技である。


 そしてその技術や技についてだけ言えば、天才少女である天能リアにギリギリ匹敵したりするわけで。


 ――カオリとツキ、それに自衛隊の隊長と呼ばれてた男……この三人は安全。――人を裏切ることが出来ずに寄生したり導いたりするタイプの人間。問題は今肩を貸しているこの女だが、何とか助かろうと必死で付きまとってくるな。――いざって時に邪魔になる可能性が高い。高田とかいう自衛隊の人間も隊長に対しての反抗的な視線が見受けられる。永井と呼ばれる自衛隊は恐怖に対する感情が隠せていないぜ? 命のためなら人を簡単に蹴落とすだろ……俺と同じタイプだな?


 シュンの中で信用できる人間と信用できない人間の判別が終了したところで作り笑いをしながら、場を上手くやり過ごしていく。


 一方――ツキは全てが白黒写真を見る様に、色が失われた光景をスクリーン越しで見ている感覚に陥っていた。親友であるミカを失い……そして運送ヘリの墜落による大量の死体を見てしまったツキは、すべてがどうでもいいと思えるようなマイナス思考が働いていく。


 一歩一歩進んでいく足が重たい。それと同時にミカを失ったあの瞬間を何度も何度も思い出す。それと同時に、あの金髪の化け物に対する怒りが増していく。


 ――私の全てを奪ったんだ。あいつがいなければ、あいつが……いなければ。


「ツキちゃん! ――大丈夫? 元気ないみたいだけど?」


 カオリの声にツキはハッとしながら、苦笑いを無理やり作って返事を何とか返した。それと同時にマイナス思考だった自分を正常な状態に戻すために、首を左右に振りながら、余計なことを考えるのはやめようとした。


「あ……はい! ――大丈夫です。すいません、ぼーっとしてました」


「そう? 荷物も私が持とうか?」


「い、いえ! ――これぐらい私が持ちますから! ご心配をかけてすいません――カオリさん」


 どこかよそよそしい態度にカオリが少しだけ悲しそうな表情を浮かべながらも「そう? じゃあ、ツキちゃんに任せるね!」などと言いながらその場の空気を明るい物にしようと、明るく周りと接する。


「やっぱりお前変だわ……何て言うかな? そう、気持ち悪いって奴だ」


 シュンの一言にカオリが少しだけイラっとした表情を向けながら、少し強めの声で文句を言いながら謝罪を要求する。


「シュンとか言ったっけ? ――あなたこそ変……どうしてそんなに冷静なのよ。気持ち悪いのはそっちでしょ? それと謝ってほしいんだけど? 傷つきました~!」


「はいはい……ごめんなさいね~。余りにも俺の知り合いのサキと似ていたものだから少しムカついただけだ。カオリだったか? 偽善者っていうのは笑顔を振りまいてるだけじゃなれないんだぜ?」


「知ってますけど~? 私は本物の強さを見ましたから。それとなんだかあなたと話しているとムカムカするから声かけないでほしいんだけど?」


「同感だ。ただそのニコニコした表情がムカつくから真顔になってくれないか?」


 ドヤ顔しながら満面の笑顔でシュンを睨みつけ、一言本音をぶちまけた。嫌みったらしく満面の笑顔を向けられたシュンは、額にしわをいくつか作ってカオリを睨み返す。


「嫌だ」


「喧嘩売ってんのか?」


「そうだよ? クズ」


「っち……ムカつくわ」


 どうやらカオリとシュンは上手く歯車が回らないらしく、互いが互いに嫌いな人認定が完了してしまった。カオリとシュンはそっぽを向いて顔を合わせる気も無ければ、話す気も失せていた。


 そして互いに思うわけだ。


 ――こいつとだけは絶対に上手くやっていけない。マジでムカつく……


「「死んでくれ」」――ポツリとこぼれたカオリとシュンの言葉が重なる。


 この状況だとブラックジョークを越えた発言だが、感情的になってしまいがちな性格であるカオリとシュンはお構いなしに互いの本音を相手にぶつけてしまった。そしてさすがに言いすぎてしまったかと罪悪感を抱きながらも、油に水を入れるように内容が被ってしまった。


「「っ!」」


「真似すんなよ」

「真似しないで」


「――えっと、2人は仲いいですね?」


 ツキが遠慮気味にそう口にした瞬間――カオリとシュンは物凄く嫌そうな顔をしながら、ツキの方を見て少しだけ大きな声で批判の言葉を口にする。


「「どこが!?」」


「――そういうところが、ですかね?」


「「――……最悪」」

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