第41話【タイトルに意味があるのかい?シンヤ少年】

 シンヤは叫びながら走った。現状を一早く理解したためか、その言動に動揺の色が見え隠れしている。焦りは判断能力を鈍らせ、カオリやリアがいない二階を探し周っていた。


「カオリ、リア! どこだ。何処にいる!?」


 大声で名前を呼んでいるが、返事が返ってくる様子は無い。何処へ行ったのか見当がつかず、当たり所の無い苛立ちへと変わっていく。どうやら焦りが怒りに変わり始めたらしい。


 現在、ショッピングモールリオンは大量のゾンビや化け物に囲まれていた。


 今すぐにでも脱出を考えなければ、皆殺しにされる。


「どこだよ!?」


 そんなシンヤの大声に集まって来たのは、複数のゾンビ達。それをコルトガバメントで殺していく。ゾンビの皮膚が膨れ上がり、そのまま爆散していく姿は見ていて気持ちの良い物ではない。しかし感傷に浸る余裕も無く、舌打ち交じりに死体の山を突き進む。


 二階の通路を走って、走って、それでも見つからない。


(まさか、殺されたのか?)


 しかしそれは無いと頭を左右に振った。リアが何も出来ずに殺されるとは考えづらい。ショッピングモールリオンで爆発は起きておらず、エクスプロージョンを使用していないなら生きている可能性の方が高い。命の危機になれば、リアは迷わず施設内を爆破するはずだ。


 そして、時は刻一刻と流れていく。


 今のシンヤに冷静さは無く、考えることを止めてがむしゃらに探し周っている。そんな姿を見ていられないとでも言うように、背後から優しい声がかけられた。


「随分と、余裕が無い表情を浮かべているね。大丈夫かい? シンヤ少年」


「!?」


 それはまるで『鐘の音』を聞いているような、安心させる声色だ。何処か懐かしさのような物を感じさせ、一瞬だけ白黒の世界が見えた気がした。退屈を分かち合いたいとでも言いたげな、日常を連想させる声だ。


 シンヤは反射的に銃口を声の聞こえる方へと向ける。


 そこには、白髪の少年が笑顔で立っていた。


「はは、そう警戒しないでくれたまえ。僕は君と話がしたいだけなのだから。ここは危険が多いからね。少しお喋りでもしながら、デートでもどうだい?」


「生存者、なのか?」


 シンヤはその白髪の少年に目を見開き、カオリやリア以外の人間を久々に見た気がする。それも同姓だ、何とも言えない安心感のような物を抱かせてくれた。その優しい声に、不思議と涙が出るほど喜んでしまう。


「少しは落ち着いてくれたかな? 三階に行ってみたい店があるんだ。少しだけ付き合ってくれない? あぁ、何か聞きたいことはあるかい?」


 シンヤは初対面の相手に何を聞けばいいのか分からず、一番目立っている髪の色について質問する事にした。特に理由は無いが、日本人離れした髪の色は染めている様には見えない。


 それほどまでに真っ白だ。


「何で、白髪なんだ?」


「アハハ、最初の質問がそれか。そうだね『色光の三原色』を知っているかい? 赤色の光と青色の光と緑色の光……それを重ねると白い光が生まれる。その結果がこの髪色さ。君がいれば灰色だったかもしれないね」


「リアみたいなことを言う奴だな。意味が分からない」


 いや、正直に言えばリアよりも意味の分からないことを言っている。リアの言動は理解しようとすれば理解できることが多い。何故なら、意味の無いことをあまり口にしないからだ。しかし、目の前にいる白髪の少年が言っている事は何一つとして理解できない。


 まるで独自の世界を持った芸術家と喋っている気分だ。


「意味が分からない? いや、言葉に意味を求めるのは間違いだよ。曲と同じさ。感じ取れればそれで全て解決じゃないか。日本人が何故、犬や猫と共存できると思う? それは、言葉の壁を越えた感情があるからさ。まぁ、髪の色については意味のある事をしっかりと言っているから安心していい」


「はぁ、やっぱり意味が分からない」


「それに君はやはり、彼女の名前を最初にあげるんだね」

(君の隣には、もう一人の少女がいることを忘れないでほしい)


「なんか言ったか?」


「いいや、昔のことを思い出しただけさ」


 白髪の少年と隣り合わせで歩く。それは休日を友人と共に過ごす、男子高校生らしさに似ていたのかもしれない。夕日がガラスで出来た天井に反射しており、白髪に色味がかかったように映り込む視線は、綺麗な景色を見ているようだ。そろそろやる事も無いから、喫茶店にでも入店してスマートフォンで通信ゲームでもしたい。そう、思わせるほど。


 シンヤは忘れていた。


 カオリとリアを探さなければならないという事を。


 そして三階へと続く、止まったエスカレーターを白髪の少年と共に歩く。白髪の少年は、背後を歩いているシンヤの方に体勢を向けながら、器用に後ろ歩きでエスカレーターを登っていた。随分と楽しそうな表情を浮かべている。


「君はクリスマスが好き?」


「父さんと……後、母さんが好きな物を買ってくれるから好きだな」

(母さん、随分と会ってないな。今、生きてるよな?)


 母親が出て行ったことを思い出し、表情が一瞬だけ固まる。


「随分と夢が無いね。サンタクロースを信じていないのかい?」


「信じるわけ無いだろ。小学生の時点で気付いてたっての」


「そうか。そんなシンヤ少年には可能性をプレゼントしよう。それも、君のようなひねくれ者を説得する完璧な方法さ」


「なんだよ?」

(あれ、俺はこいつに名前を言ったか?)


「実は、サンタクロースはこの世に実在する。イエス・キリストの生誕祭であるこのお祭りに、サンタクロースがトナカイと共に君の元までやって来る可能性は0じゃないんだよ。日本人は資格が好きだろう? 世界から認められたサンタになるための国家資格のような物が存在する。国から認められたサンタクロースなら、君は信じることが出来るはずさ」


「サンタクロースになるための資格ね。確かにそれはサンタだな」


「あぁ、公認のサンタクロース協会は実在する」


 確かにシンヤが納得しそうな説明だ。日本人は国家資格と言う言葉に弱い。医者の資格を持っていればその人間は医者なんだと認識し、教師になるための資格を持っていれば、その人間は教師になれる。もしも神になるための資格が存在したとすれば、神になるために努力する人間も生まれるはずだ。


 それが名ばかりの神であっても。


「先ほど僕は、言葉に意味を求めるのは間違いと言ったね? しかし、会話が面白いのもまた事実だ。君はサンタクロースを信じていなかったのに、数秒話せばその考えに大きな影響を与えることが出来た。これが言語のあるべき姿さ。しかし、人間は愚かにもその意味を履き違えている」


「なんか、負けた気分になったんだが」

(でもそれって、矛盾しないか?)


「なら、今回は僕の勝ちって事だね」


 そう言うと、白髪の少年は子供のように三階へと駆け上がる。そして両手を振りながら『早く来いよ』と言われた気がした。少しだけ速度を上げて、笑いながらエスカレーターを駆け上がる。


 そして三階に到着した瞬間、大量のゾンビが左右に倒れ込んでいる状況を目にし、現実に引き戻された。腕や足が引き千切れて大量に散乱しており、どうやら襲ってこれる状況ではないらしい。


「どうしたの? 早く行こうよ、シンヤ少年」


 そんな地獄絵図の真ん中で笑顔を振りまいている白髪の少年は、周りから見れば『死神』と呼べなくもない。しかし、その優しい言葉にひかれて、シンヤはその後ろを付いていった。彼の望む場所へと向かう。


「ここだよ。僕が行きたかった場所さ」


「――ただの楽器店じゃねーか」


 それはショッピングモールリオン三階にある普通の楽器店だ。クラシックを演奏するための楽器やロックなバンドにも対応したアンプなども置かれており、充実した品揃えをしている。会話のどこかで曲の話をしていたのを思い出して、多分楽器が好きなんだろうと考えた。


 誰でもお試しで演奏できるピアノが店内の中央に置かれており、白髪の少年はそこに座る。そしてゆっくりと演奏を始めた。


 その曲は人生で一度は聞いたことのある名曲。しかしタイトルは思い出せない。


「なんだっけ、これ?」


「これは『テレーゼのために』ベートーヴェンが愛した、報われない恋の物語。ナポレオンに裏切られ、敬虔な信徒とは言えない少し生意気な一人の人間の欠片。それでも僕は君の曲を愛している。物語は始まる前から終わりが用意されているが、君はどう思う? シンヤ少年、一緒に演奏しないかい?」


 白髪の少年から流れる音は、時に弾けて、時に優しく、時に悲しく奏でられていた。シンヤは一人の人生を感じ取り、不思議と涙が出る。この世界の物語を感じ取ったのかもしれない。


 それは淡い霧のかかった先。


 男と女――そして『消えそうな女』が一人。


 そんな光景を想像する自分が、不思議だ。


 シンヤ自身、ギターは趣味で少しやっていた程度だ。上手い演奏が出来るわけじゃ無い。しかし楽しそうにこちらを見ながら演奏している白髪の少年を見ていたら少しだけなら、なんて思えてしまう。気付いた時には、両手に持っていた紙袋とコルトガバメントは手から離れていた。


「分かった。でも俺は下手糞だぞ?」


「上手い下手は、人間が決めるべきじゃない。大切なのは、その音が誰のためにあるかを考え続けることさ。君には、大切な人間がいないのかい?」


一瞬、母親の表情が浮かんだ。


「いる」


「なら、その人間を思い描きながら演奏すればいい。その音がどんなものであれ、それを批判することは『本来の意味』に反する行為だ。意味を求める必要のない言葉さ。一歩進めば、そこは『白い空間』。マリアと言う母を持ちながら、僕は未だに君と共に歩める未来を見つけられていないのだから」


 店内に置いてあるギターを手に取り、アンプも繋げずにその場の雰囲気で演奏を始めるシンヤ。皆が聞けば、間違いなくギターが邪魔だと馬鹿にされるような演奏だ。目の前でピアノを弾いている白髪の少年が上手すぎる。


 ――しかし、それを馬鹿にする人間はこの場にはいない。


 知らず知らずのうちに、満面の笑みを浮かべて演奏していた。その音を奏でている間は、世界から切り離された綺麗な場所にいると感じられる。


「シンヤ少年、この世界も悪くないだろう? もう少し楽しんだほうが良いよ。これから様々な出会いと別れを繰り返して、その先の自由を選択するのだから」


「え?」


 音に紛れて、しっかりとは聞き取れなかった。


「後悔だけは、しないでほしい。僕は君が好きなんだから」


 そして気付いた時、シンヤはたった一人……楽器店に立っていた。白髪の少年はその場には居らず、まるで夢の中にいたような感覚に襲われる。


 そして


(俺は誰といた? いや、ずっと一人だった。何でこんな所にいるんだ?)


 白髪の少年のことを忘れた。


 鐘の音は聞こえない。


 地面に落ちているコルトガバメントに目を見開き、こんな状況で武器を手放したことに驚愕していると、シンヤの耳に聞き覚えの無い女性の叫び声が聞こえた。


「きゃぁぁぁあああ!?」


「なんだ、女の叫び声?」


 若い女性の叫び声に反応し、声の聞こえる従業員専用の扉へと視線を向けた。そこはリアやカオリがいる場所だ。シンヤは警戒心を高めて、ゆっくりとその扉へと向かう。


「次から次へと、本当にこの世界は狂ってやがる」


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