第30話【デート&ラブ①】

 そのままリアは試験管に付いているコルクを外して、天使の羽と呼ばれている液体を飲み干した。不規則に動き回る『青色の液体』は見ているだけで食欲を奪われる。


「おい、本当に大丈夫かよ。それ……?」


「心配性だな。自分が作った物を自分で試せない様では科学者失格なのだよ」


「人体実験って、科学者が自分自身でするものだったか?」

(体調に変化がある様には見えない。何かあったらすぐ病院に連れて行こう)


「人体実験を他人で行うような研究者は、人を殺すために薬を作る人間か自分の作った薬に自信が無い人間だけなのだよ」


 そう口にしたリアは、何事も無かったかのようにラーメンを食べ進める。


 食後は、(ここはテーマパークじゃないんだぞ?)っと突っ込みたくなるほど様々な店舗を周回した。服、スイーツ、ランジェリショップ、水着、楽器店、ペットショップ、電化製品などなど。少なくとも今までで1番ショッピングモールを堪能した事だけは確かだ。


 そしてシンヤの両手にはリアが購入した大量の紙袋が握られており、金額で言えばアパートの家賃2カ月分ぐらいだろうか。歩きながら隣に並んでいるリアに視線を向けた。


 そして瞳が微かに重なり、考えてしまう。


 シンヤとリアは歯車だ。互いの回転方向は常に真逆で、しかしそれ故に正常な働きをしている。それは不思議な感覚。『運命』なんて大層な代物では無いが、ずっと昔からそこにいるような落ち着いた気持ちになれた。


 そしてそれは、互いの感性も含めての話だ。


 動物の話をすれば犬好きと猫好きで別れてしまい、ジャンルの話をすればシンヤは「SFや恋愛が好きだな」と答えて、リアは「ホラーや時代劇が好きなのだよ」と返してくる。ついでにシンヤはホラーが苦手で、時代劇に関しては見たことも無い。猫も生意気でどちらかと言えば嫌いだ。


「それと、私は恋愛映画が嫌いなのだよ。馬鹿を見ているようでイライラする」


 そのまま口を開いたリアは、シンヤの靴を見ながら指摘した。


「シンヤ、靴紐がほどけているのだよ」


「あぁ、サンキュー」


「恋愛映画は自分のことばかりで相手をしっかりと観察していない。だから相手の気持ちに気付けないのだよ。相手を理解する気が無いのになぜ自分が相手のことを好きだと断言できる? それにSF映画も理解に苦しむ。SFとはサイエンスフィクションの略なのだよ? 科学的空想物語でなければならない。科学の科文字も入っていない宇宙や超人的な力で時間遡行するような物をSFと勘違いしている映画監督が多すぎるのだよ」


(いやいや、絶対に違うだろ!? あの人間関係のバランスがいい感じにもどかしくてドキドキするんだって。それに時間遡行は科学の集合体みたいなもんだから大丈夫だろ。――楽しいところ全否定かよ)

「怖い発言だな。ホラーとサスペンスの違いについてどう思う?」


「そのふたつのジャンルを区別できない人間は醤油と塩の違いが分からない馬鹿と変わらないのだよ」


「言いすぎだろ!」

(言っちまったよ。場合によってはいろいろな人に喧嘩売るような発言の連発だぞ!? しかもラーメンネタをここまで引きずるか。えっとぉ、ホラーはお化けでサスペンスってミステリーだよな?)

※違います。


 そして店選びでも必ずもめる。


「そこの服屋に行くべきなのだよ!」


「いや、どう考えてもこっちだろ!?」


 シンヤが選んだ店はシンプルな衣服が安価で大量に並べられており、種類も豊富で多くの客が足を運んでいた。そしてシンヤ自身、今着ている服装も白のTシャツに黒のチノパンとシンプルな格好をしている。


 一方、リアが選んだ店は煌びやかなドレスや黒光りしたブーツなどが並べられており、男物に関しては千切った布を適当に張り付けただけにしか見えない薄着やズボンが売られていた。


 リアのファッションセンスに苦笑いが漏れる。


(でもこいつ、ゴシック服だしなぁ。こういうファッションって何て言うんだっけかなぁ。えっと、そうそう……モード系!)


「シンヤ、君は何も理解していないようだね?」


「いや! お前のセンスが理解できないわ。ゴシック服とか!」

(やべぇ、リアにこういうこと言うとビンタしてくるだよな。やっちまったか? ゴールデンウィークの初対面で痛い目見たってのに……うぅ)


 シンヤは反射的に目を閉じたが、頬をはたかれる事はなかった。


「あれ?」


「ゴシック服を馬鹿にしてはいけないのだよ、シンヤ。――ん、なんで目を閉じているんだい? そんなことをしてもキスなどしないよ。いいかい聞きたまえ、ゴシック服は十五世紀前半だったかな? 西ヨーロッパで呼ばれるようになった服装だ。歴史は着物と呼ばれるよりも早いのだよ」


「ぇ、あぁ……っていやいや! 絶対に着物の方が早いだろ!?」

(十五世紀って事は1400年から1500年の間だよな? それ以降に着物は流石に存在してただろ!? よく知らんが)


「いいや、和服は既に存在していたが着物と呼ばれるようになるのは十六世紀に入ってからだ。それもヨーロッパで呼ばれるようになった言葉さ。いや、少し違かったかな? さすがに詳しくは覚えていないようだ」


(え? 和服と着物って同じだろ。でもツッコミを入れたら絶対に面倒な目に合いそうだから黙っておこう。それにしてもこいつの頭は六法全書かよ? 頼むから法律とか勉強しださないでくれよ。一緒にいるだけで息が詰まりそうだから)


「安心したまえ。法律はすでに全て覚えているが、捉え方によっては一日の生活で必ず何百と言う法を人間は犯すように出来ている。法律通りに生きていては人と関わる事も出来ないのだよ。いや、人間の存在自体がすでに罪と言っていいだろう」


「あのぉ、何も言ってないんですが?」

(この人はいつからエスパーになったんですか?)


「表情を見れば分かるのだよ」


「分かる訳ねぇだろ!? 具体的すぎんだよ!」


「なら、女の勘だね」


 結局そのあとシンヤは論破されてしまい、リアの選んだ服屋に入る。


 自分には縁が無さそうな衣服を適当に眺めながら、隣で楽しそうに衣服を見つめているリアに声をかけた。ここまでショッピングモールを物珍しそうに歩き回るリアの姿に、違和感を抱いたからだ。


「もしかしてだけど、リアってショッピングモールに今まで来たこと無い? ここまでいろいろ周る事なんて普通あり得ないだろ?」


 リアは表情を特に変えることなく、衣服を見ながら答えた。


「そうだね、初めてなのだよ。まさかシンヤがいるとは思わなかったが」


「そんな貴重な初体験が俺でいいのかよ?」


「構わないのだよ。元々、最初の本屋に行った時点で帰ろうと思っていた。ひとりで来る場所ではないようだね、ここは」


 その表情は少しだけ複雑そうで、嘘を付いている様には見えないが気になる。


「そうか。って! 買いすぎだろ!?」


 リアは衣服を数セット購入してシンヤの両手に紙袋が追加される。両手で握られた紙袋は限界を越えて手のひらから落ちてしまいそうだ。

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