第29話【この話って、どこまでぶっ飛ぶ気ですかね!?】

「そんな事よりシンヤ少年、ここから抜け出すのを手伝って欲しいのだが」


「はい? どういう……ぇ? えぇ!?」

(なにこれ、なに、どういう事よ!?)


 気付いた時にはリアの周りに集まっていた『リアファン』は、店内から入り口付近に場所を切り替えており、蛇のように出来ていた行列は円を描くようにシンヤとリアを囲んでいる。流石のリアも動揺しており「どうやら私の魅力はスターと同等らしいね」などと苦笑いを浮かべながらこちらを向いてウインクした。


 それをシンヤは真顔で返答。

(いやいや、人気すぎるだろ。実はアイドルなの!?)


 シンヤは急いでリアを担ぎ上げて、囲んでいるリアファンに突っ込む。面白いぐらいに道を譲られてしまい、そのままショッピングモールリオンの反対側まで走り出した。そして背後から「誘拐だ!」とか「女神に何してるんだ、カス野郎!」とか「おい! 頑張れよ」などと罵倒を大量に浴びている。


 メンタルが脳内で何度もレベルアップ音を繰り返しており、数十分に渡る逃走劇はシンヤの完走で幕を下ろした。背筋が凍り付く感覚に襲われ、下手をすると(今日死ぬかもしれない)と本気で覚悟する。


 そのあと、リアを降ろしたと同時に思いっきり足を踏まれた。


「いて! なにすんだ!?」


「君は馬鹿なのかい? この運び方は流石に予想していなかったのだよ。私は魅力的なレディーだ。それを祭りの神輿と勘違いしているんじゃないだろうね?」


 どうやら慌てていたシンヤは、自分の肩にリアの背中を神輿のように乗せて全力で走っていた。相当の負荷を背中に掛けていたらしく、一定のリズムで「うぅ、がぁ! うぅ、がぁ!」と、らしくない呻き声をリアが上げていた気がする。


 そして、無表情でシンヤを見るリアの目は笑っていなかった。


「はぁはぁ、ふぅ。いや~悪かった」


「反省しているのかい?」


「してるしてる!」


「そうだね。なら、私に触れた幸せと私を侮辱した対価は、ラーメンで許してあげよう。これでも私はラーメンが大好物なんだよ」


「別に構わないけど、何故ラーメン? キャラじゃないよな?」


「そんなことはない。少し前に金髪少女が全国のラーメン店を回るアニメを見たのだよ。私ほどでは無いが彼女も魅力的だった。まぁ、君のようなストーカーもいたがね」


「オイ待て、知らぬ間に汚名を付けるな。それとあまり怖い発言はするんじゃない。ラーメンは奢ってやるからそれ以上この話を続けないでくれ!」


「そうかい? なら善は急げなのだよ」


 シンヤとリアはショッピングモールリオン2階に設置されている食堂エリアへと移動して、ラーメン店に並ぶ。食堂エリア正面には自由に使えるスペースが存在しており、テーブルを囲んでさまざまな客が買い物袋と一緒に食事を楽しんでいた。


 そして、リアはやはり目立つ。ゴシック服と金色の髪は日本人の視線を奪い、小学生のような小柄な体つきは男性の父性を刺激しているのかもしれない。シンヤ自身もリアが年上とは思えず、どちらかと言えば妹のように感じてしまう。


(本人に言ったら殺されるな)


「いらっしゃい! ご注文は?」


 ラーメン屋の店主がシンヤとリアに声をかける。


「醤油ラーメンをひとつなのだよ」「塩ラーメンをひとつ」

(この店は醤油が至高だと言うのに、センスが無いのだよ。シンヤ)

(この店は塩が上手いんだよな。醤油とかセンスねーな)


「はいよ。お会計はご一緒で?」


「あぁ、構わない。カードで頼むのだよ」


「えぇ、俺が奢るんじゃないの?」


「私がラーメンを奢られた程度で許すと思うかね? 私は分かっているのだよ。男を最も傷つける行為は尊厳を奪うこと。君はこれから男らしく『奢るよ!』と言った女にラーメンを奢られ、惨めにもそのラーメンに箸を付けてこういうのだよ。『奢ってくれてありがとう』っと、それで今回の事はチャラにしてあげよう」


 シンヤの笑みが引きつり、額に血管が浮き出るほど顔に力が入る。


(今すぐこのチビガキのツインテールを引き千切ってやりたい気分だ)


「はぁ、本当にいい性格してるわ。そんな発想、普通の女性じゃまず出ないだろうな。確かに最悪な気分だ。あぁ、奢ってくれてありがとう」


「そうかい? とっても魅力的だと思うがね。年下の男の子を可愛くイジメちゃうお姉さんだよ?」


「あぁ、はいはい。魅力の塊だよ」

(お姉さん? 誰の事だよ)


「今、失礼なことを考えなかったかい?」


「いや、考えてない」

(こいつエスパーかよ)


「それならいいが。そう言えば前回話したこと、考えてくれたかい?」


 リアの瞳が小さくなり、声のトーンが少しだけ落ちる。


「ん? あぁ、あれか。正直に言うと迷ってる。あんたって何者なんだよ。あれから他の奴から連絡来たのか? 結果は聞かなくても分かってるけどさ」


 今回で天能リアに会うのは『三度目』である。一度目はゴールデンウィークを利用して攻略者メンバー全員で喫茶店に集まった。そして二度目はオブ・ザ・デッド攻略者の賞金が原因で、ラスボス攻略中に死んでしまった半数の人間による『誘拐事件』で再会することになる。


 そして今回のショッピングモールが三度目だ。


 人間に刃物を向けられる経験なんて今までなかった。あれほどの恐怖と高揚感は残りの人生でもう訪れることはないだろう。そんな絶体絶命な状況から救ってくれたのは、黒服を着たSPのような人たち。


 そして黒服はリアの事を『ボス』と呼んでいた。


「残念ながら【リョウ】や【サチ】や【カイト】から返事は着ていないのだよ。それと私は、何者と聞かれるような人間では無い。ただの研究者なのだよ」


「いや、ただの研究者が黒服に助けてもらう状況ってかなり特殊じゃない?」


「あれは左足を失った際についてきた特典なのだよ」


「おい、玩具の付録扱いかよ!?」


「そうだね。まぁ、おもちゃの付録の方が心を揺さぶられるが」


「扱い酷いな」


 リアは誘拐事件のあと、シンヤを含めたゲーム攻略者にとある提案をする。オブ・ザ・デッドの賞金、合計5,000万で『世界をひっくり返す気は無いだろうか?』っと。


 あの日のリアは、今でもはっきりと覚えている。


 そしてその返事を、信条シンヤと熱意リョウは未だに返していない。森根サチと道徳カイトはすぐに拒否していたが、シンヤはどこかでリアに期待していた。あの言葉が人生に大きな分岐点を与えている。すぐに選べと言われて選べるほど、簡単な選択ではない。


(まぁ、正直に言えば俺自身もこの話に乗るメリットがあるようには見えない。数回程度しか会った事が無いリアに1,000万なんて大金を預ける奴はただの馬鹿だ。でも、リアにとって1,000万なんて『はした金』――詐欺じゃない事は分かってる)


 リアは『世界をひっくり返す気は無いだろうか?』と提案した際、自分の銀行通帳をシンヤ達に見せつけた。そこには莫大な資産が記載されており、詐欺じゃない事をシンヤ達に証明している。


「そうだね、私は酷い人間だよ。正直に言ってしまえば毎日毎日真っ白な部屋で研究する日々に飽きてしまったんだよ。私の周りに信用できる人間はいない。何かしようとすればすぐに人が集まり、研究成果を盗もうとするからね。オブ・ザ・デッドを始める時も大勢の人間から批判されたね。趣味ぐらい自由にさせてほしいものだ」


「そいつらと世界をひっくり返すような事をすればいいじゃねーか。お前なら信用を勝ち取るなんて朝飯前だろ? それに専門的な知識も持ってない。俺らの『はした金』で世界を変える必要なんてあるのかよ?」


「嫌だね。私は君達がいいのだよ! 1,000万はリスクを共有するための契約に過ぎない。別に払わなくてもいいのだが、私は君とより深い関係になりたいと思っているのだよ」


「まぁ、ひとりだけリスクを背負わせるのはどうかと思うし、理解できなくもないが。それで俺が協力すると思うのかよ? 頭バグってんだろ!?」


「そんなことはない。それに安心していいと思うが? 私は天才だから1,000万などすぐに取り戻せる」


「悪徳宗教かよ」


「それは結果を運で出した人間か、出せていない人間の誘いだろう? 私は富・名声・力を失ったとしても這い上がる自信があるのだよ。君が後悔する事は無いと断言できる」


「海賊になれるな。まぁ、確かにあれだけの金を持っている人間が詐欺に手を出すとは思えない。しかしだ! それ以上にこの話に乗りたくない理由がある」


 リアは考え込むように「なんだい? それは」と口にした。


「俺は、ビジネス的な話をするあんたが嫌いだから。金とか後悔とか、そういう誘い方しかできないあんたが好きになれない」


 目を見開き、呆気にとられたようにリアは笑みを浮かべる。


「あはは! そうだね。そうだとも、すまない。人との交渉をするとお金の話をしてしまうのは悪い癖だ。私が嫌悪している人間に、私自身がなっていた。うんうん! なら、このデートでシンヤと言う人間の好感度を上げる事にしようではないか!」


「今の発言で好感度は確実に落ちたがな」


 その数分後、レジスター横に設置されている受け取り口からラーメンを渡された。そして自由スペースへと運んで行き、適当な椅子に座りながらシンヤはリアを見ている。リアは綺麗な瞳でラーメンを見つめていた。


「おいしそうなのだよ。それとレディーをあまり邪険に扱わないで欲しい。これでも私はシンヤとリョウ、ふたりのことは結構気に入っているのだから」


「堂々と言われると照れるな」


 リアから奢ってもらったラーメンをすすりながら、他愛のない話がしばらく続く。するとリアは、ゴシック服に付いているフリルで隠されたポケットから、コルクで塞がれている試験管を取り出した。


 シンヤは試験管に入っている液体を片目にリアに声をかける。


「なんだそれ?」


「ん? あぁ、これは『天使の羽』なのだよ。オブ・ザ・デッドで登場した蘇生アイテムを覚えているだろう? あれを作ってみようと思ってね、先輩研究者に頼んでいた物だ」


「はぁ、そんなアイテムあったか?」


 シンヤは数ヶ月前にプレイしていたオブ・ザ・デッドの内容を頭の中で思い返しながら、橋の上で戦闘を行ったアグレストのことを思い出す。


(あぁ、アグレストと橋の上で戦った時にドロップしたアイテムだ。すぐに使っちまったから忘れてたぜ)

「思い出した! あれを作ったのか?」


「いや、まだ完成させていない。これは試作品だよ、飲んでみるかい?」


「いらん! 怪しすぎるだろその液体。病気になるんじゃないのか?」


「ならないのだよ。今の段階だと体の部位に合わせて形状を変化させる液体。今後、医療で扱われる可能性があるだろうね。死んだ人間は生き返らないが」


 シンヤは頭の中で猫型ロボットを思い浮かべながら「嘘だろ。そう言う系の仕事なの、あんたがやってる事って?」などと驚愕する。言っている事は全く理解できないが、凄いことだけは理解できた。


「いや、正確にはそういった可能性を生み出すのが私の仕事だ。タイムマシーンを作った事もあるのだよ。失敗したがね」


 漫画や映画のような事を世間話でもするように語るリアに目を見開いた。


 そしてシンヤは知っている。


(リアは嘘を付くのが下手だ。こいつ、マジで嘘ついてないぞ?)


 自信満々に語るリアの言葉に、嘘が無いと感じてしまった。


(いやいや、絶対嘘だろ!? この話――どこまでぶっ飛ぶ気だよ)

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