第7話【無理ゲーは諦めたのに、俺を離さない】

 それから30分ほど、アグレストに銃弾1発すら食らわせる事が出来ない状況が続いた。球体型に変身したアグレストの腕が上下左右に無数のパターンとなって無尽蔵に動き回る。


 シンヤはコントローラーを激しく動かしながら、ボタンを連打して攻撃を避け続けていた。


 ――っく……ダメだ。全く攻撃できない……


 コントローラーを握る手元に痛みが走り、指先の動きが徐々に遅くなっていく。


 3時間以上の戦闘による疲労は想像を超えており、プレイに影響を与え始めていた。


 簡単な操作で小さなミスが起こり、直撃は避けているが所々でダメージが入る。


『負けるのも時間の問題』――誰が考えた言葉だか知らないが、今の状況にピッタリの言葉である事は間違えない。


 大量に購入した薬草は徐々に個数を減らしていき、シンヤはダメージ覚悟で限界までHPを無視して手榴弾をアグレストに投げ込む。


 無数の腕がロベルトを襲い……橋の左右に囲われている柵まで吹き飛んだ。


「死んだか……?」


 HPはレッドゾーンに突入しているが、死んでいない。第1形態や第2形態ほどの破壊力は無いようだ。


 手榴弾が爆発し、触手の動きが変わる。一瞬だけ球体の形が崩れて、球体の中心にキラキラと赤く輝く宝石のような物が見えた。


 シンヤは急いでコルトガバメントに装備を変更して確実な1発をアグレストの光り輝く宝石へと撃ち込んだ。


「ァァァabcぁぁぁdefアァァァhijぁぁぁklmnぁぁァァアアアアあああ!!」


 壊れたロボットのような叫び声がゲーム内で聞こえて反射的に音量を下げようとした。耳に良くない音が響く。それと同時にさらに攻撃パターンが増えて速度が上がった。


「っくっそ!! ――これはもう無理だろ!!」


 何度攻撃したら倒せる? 後どれだけ攻撃パターンが増える?


 シンヤは次の一撃で倒せる可能性を持った武器『ロケットランチャー』を使うことにした。本当は東京に到着してから使うつもりだった武器だが、死ぬよりはマシだ。


 数分の攻防を行い、手榴弾を投げ込むことに成功。『何度目のハラハラする展開だよ』と言いたくなるほどの心臓に悪いダメージを受けた。


HPを確認する暇など無い……手榴弾から急いでロケットランチャーに装備を切り替える。


 手榴弾の爆発――壊れた機械のような叫び声と共に、球体の中心からきらきらと輝く赤色の宝石が姿を現す。まるでこの化け物の心臓のようだ。


「いけ……」


 打ち上げ花火に似た音がロケットランチャーから流れて、ロベルトの顔を覆いつくすほどの巨大な弾がきらきらと輝く宝石に撃ち込まれる。


 それと同時に複数の腕がロベルトを包み込むように襲った。


 シンヤは急いで緊急回避を行おうとしたが、手物が滑り、そのままコントローラーを地面に落とす。視界がぐらりと揺れてそのまま地面に倒れ込んだ。


 ――多分負けた……経験で何となくわかるよ……


 数々のゲームをプレイしてきたシンヤには、その『未来が見えて』いた。


【4月2日(金曜日)】


 本来であれば始業式が始まるこの日――シンヤは部屋で寝ていた。東京へ到着する手前の中ボス戦で、リアルに体力を消費しすぎたようだ。


 起きたのは夕方過ぎ。フィールドに放置されたロベルトはアグレストに殺されている事だろう。あのロケットランチャーの一撃で倒せたとは思えない。


 それに第4形態・第5形態があったとしても驚かない。逆にある可能性の方が高い……


 ディスプレイ画面は長時間使用せずに放置されたため、パソコンがスリープモードに入っており、真っ暗になっていた。


 二日酔いに似たゲーム酔いがシンヤを襲い、1階に置いてある洗面台におぼつかない足取りで向かう。


 まぁ、俺はお酒飲んだこと無いから知らないけど……


 洗面台の正面に置かれた鏡に映る自分の姿に目を見開き、顎をガックリと落とす。


 シンヤが着ていた上着は知らぬ間に血だらけになっており、慌てて体中を触る。どこも怪我が無い事を確認した後、服に付いた謎の血痕にリアルでホラーを感じていた。ただでさえあまり好きとは言えないホラーなのにも関わらず、それがリアルで起きたとなれば背筋が凍り付く。


 その後、遅刻してでも学校へ行こうなんて善良な心を持っている訳では無いシンヤは『今日は金曜日だし、授業は来週から始まる』とか『今から学校行っても始業式が終わってる可能性の方が高いよな』などと心の中で言い訳を並べながら、サボることにした。


「はぁ……最悪だ。全く……」


 正体不明の血痕が俺の服に付着しているし、高校の終業式は春休みを費やしたゲームの影響で遅刻。おまけにそのゲームデータはロベルトが死んだと同時に消えた……


 手元に何も残らない状況にため息が漏れる。


 コンビニで買ったスティックパンの袋は空いており、これを片手に銀行強盗でもしてやろうかと思えるほどカチカチに固まっていた。


 人でも殺せそうなほどだ……そして隣に置いてあるコーヒー牛乳は太陽の熱でホットコーヒーミルクに変わっている。表面に膜が出来ていて飲もうとは思えなかった。


 FPSゲームで世界ランキングに載ったシンヤでも、東京に到着することは出来ない。


 もう一度始めようか悩む。


 同じ橋に向かえば、多分アグレストが立っていると思う。――次なら確実にあの化け物を倒せるはず……でも……


 床に落ちているコントローラーを拾い、汗でべとついたそれをウエットティッシュで綺麗にふき取りアルコール消毒。


 パソコンのスリープモードを解除して画面を開く。


「――え?」


 そこにはHPがフルの状態になったロベルトが、死んだアグレストの前で立っている。


 左下の告知ログにはこのように記載されていた。


《告知:アグレストを撃破しました》

《告知:天使の羽を入手》

《告知:ロベルトが死亡しました》

《告知;天使の羽を自動使用します》

《告知:東京到着おめでとうございます。一部のプレイヤーへ告知されました》


「あれ……? 何で生きてるんだ? ――死んでないじゃん」


 ログを確認しても『ロベルトは死亡しました』と出ている。なのに今操作できるのはなぜだ?


 その後の気になる告知に視線を走らせた。


【天使の羽】――このアイテムは何だ? 俺が死んだ後に自動使用されている。


 どんな効果があるアイテムなのか気になるが、既に使用してしまったアイテムの効果を調べることは出来ない。


 といっても何となく予想は付くのだが……


「これ、絶対蘇生アイテムだろ!? ボス撃破の報酬――倒した瞬間に使っちまったってことか?」


 頭を抱える。やっちまった感とラッキーな気持ちが喜べない表情を作らせる……


 肉の壁はすでに消えているが、どうやらこの橋にゾンビや化け物がやって来ることは無いようだ。でなければ、数時間以上放置されているロベルトが生きているなんて状況は生まれない。


 死んだと思っていたキャラクターが生きていた。


 以外にも嬉しくない……クソゲーをプレイする選択肢か無いじゃないか……


 シンヤはコントローラーを握りしめて、橋を越えて東京にたどり着いた。

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