cryptograph-03



「見当? ガーゴイルが向かいそうな場所?」


「ああ。パバスの協会が独自でやった事と、協会本部の動きが合わない。出張所の設置は協会本部の意思だろう。だが場所を決めたのはパバスだ」


「出張所があれば、召喚士が派遣される事もあるよね。現地で見つかってクラムに知られたら、俺達の耳にも入る」


「そうだ。その中で、ゼムニャー島のような場所に絞ればいい」


 ステアは崩れたカウンターへ向かい、壁に貼られていた地図を引き剥がした。その中でゼムニャー島の場所を探し、指で距離を測る。


「大陸との距離は船で1日掛からない距離だ。この距離であれば魔物を運んでこられる」


「そういえば、パバスも港町だし……小さな船なら接岸できる。多分協会の地下の魔物も、そうやって運んできたはず」


「これからまた準備するとしても、今は少し時間があるね。ガーゴイルはゲートを開くような余裕はない。自分の力を蓄えるまで……あっ」


 バベルはステアの言いたい事が分かったようだ。ゼムニャー島やパバスの地理的な共通点を考え、考えを述べる。


「魔物がいない地域なら他所から連れていくしかない。陸路で運べる量には限界がある、って事だね」


「ああ。内陸でも僻地は人も少ないが、思惑に反して協会本部が出張所を置き、旅人の派遣を要請してしまった。身を隠すのには適さない」


「という事は……」


「現実的に魔物を運べる位置であり、かつ人に見つかりにくい場所、となる」


 パバスの協会地下に魔物の死骸が運ばれていた事は、召喚士ギルドの者しか知らなかった。これ以上職員に問いただしても、有益な情報は得られないだろう。


 後は終末教徒への聞き込みとなる。ガーゴイルの思惑通りに動いている場所がどこか、それを突き止めればいい。


「ゴースタの正体がガーゴイルだった事を踏まえて、再度訊ねる。他の町や村の協会職員に協力者はいるか」


「……いません。大勢いればどこからか綻びると。それにパバスの優位性が失われるからとも言っていました」


「そうやって、支部内の者に特権意識を持たせ取り込んだか。流石は負の化身、人の欲は良く学んだようだ」


 パバス以外の協会支部が関与していないなら、協会がある町や村はガーゴイルの潜伏候補から外れる事になる。


「魔物の死骸を大量に集め、負の力を蓄えられる場所か。だとすればゼムニャー島はその候補だった?」


「可能性はある」


「移住のためとすれば、その場所にゴースタがいても不自然じゃない」


「そこまで考えていたかは分からんがな。ガーゴイルは寝床を複数確保しようとしていた」


「でも、その場所は全部俺達に気付かれて使えなくなる」


 ガーゴイルは所属員や終末教徒の手を借りた。自身のみで魔物の大量運搬は出来ないという事だ。ミスティやジェランドで出来た事が、今は出来ない。その力がないとも言い換えられる。


「ゴースタ程度の能力では、強引に魔物を溢れさせる事が出来なかったのだな」


「ゴースタの体を乗っ取ったのは何故だ。そのような回りくどい事、必要がなかろう」


 オーディンのもっともな意見にも、ステアは答えを用意していた。


「召喚士ギルドの支部長なら、キリムの動向を常に知ることが出来る。奴は目覚めて以降、人の世を知る必要があった」


「情報収集のため、ちょうど良かったんだね」


「成程。器の能力よりも立場を優先させたのだな」


 奴にとって最も誤算だったのは、バベルの存在だろう。手練れの職員達にキリムを襲わせる計画も狂った。ガーゴイルはこれから策を練るはずだ。


「色々、ガーゴイルが焦って行動したおかげだね。僕にももっとガーゴイルの事を教えて欲しい。そうすれば守りやすくなる」


「勿論だ」


「負の力を常に吸収できる環境にいない、というのもあるね。旅人が容易に倒せる魔物をせっせと運んでも、ガーゴイルの養分には足りなかったんだ」


「ゲートを発生させると割り切って、自分では負の力を取り込まなかったと考えられるな」


「キリムとステアは戦ってみてどうだった? 何か以前との違いはあった?」


「以前ほどの勢いはなかったかも」


 ガーゴイルを逃さなければ、この場で始末出来ていたかもしれない。そう思える程、瞬間的にはキリム達が圧倒していた。デル程に優秀な者の体を支配していたなら、キリム達は負けていた可能性もあった。


「ガーゴイルは必ず自身の回復を図る」


「終末教徒が知らなくて、回復できるくらい負の力を溜め込める場所……」


 キリムはそこでハッと気づいた。魔物が強く、探索も進んでいない場所。と言われて思い浮かべるのは1つしかない。


「エンシャント……」


「ああ。ゲートから出て来た魔物を見るに、その可能性は高い。何匹かは亜種と似た傾向を持っていたからな」


「うん。ガーゴイルが知っている世界は狭い。ゴースタになりすました3年間で、世界の全てを知ったとも考えづらい」


「馴染みのあるエンシャント付近に潜伏する他ないだろう」


 終末教徒に用意させたゲート候補地以外、土地勘も知識もない。そのような状況で、かつ旅人が気付きにくい場所。気付いても近寄りがたい場所。条件を絞っていけば、候補地はエンシャントの中でも限られる。


「いつかのあの洞窟……だね。また向かえる人を厳選しないと」


「魔人のみんなは大丈夫なの? 島には他にも人が住んでいたよね。襲われないかな」


「ガーゴイルが取り込みたいのは、能力の高い旅人と、強い魔物だよ。絶対安全とは言えないけどね」


「奴は自身を維持するため、人を襲う事よりも力を蓄える方を優先するだろう。人を狩って目立ち、討伐隊が押し寄せては潜伏の意味がない」


 どこに逃げたかはおおよそ見当がついた。ガーゴイルを叩くには早い方がいい。だが、亜種が巣食っていた洞窟は、キリムとステアだけで乗り込める場所ではない。


 200年以上前、マーゴやヤチヨ達と訪れた時は、旅人としてこれ以上ない程の構成だった。にも関わらず、たった3体の亜種に壊滅させられそうになった。今回はバベルがいるが、攻撃の手が圧倒的に足りない。


 200年の間、誰も最深部まで到達できていない場所。準備はしすぎる程いい。


 クラムのため、消耗した際に血を分け与える者も必要だ。しかしこの場にいる召喚士は、旅人等級4程度の者ばかり。亜種の巣窟に連れていくには経験も装備も足りない。


「募集をかけないといけないね」


 パバスの協会支部はしばらく機能しないだろう。


 職員を総入れ替えし、建物を立て直さなければならない。おおよその登録者は協会本部に記録があるとしても、この数日のパーティー解散、登録などはやり直しだ。募集などかけられる状態にない。


「ゴーンで呼びかけるか」


「いや、それなら魔窟があるノウイの方がいいと思う。念のため、クラムのみんなも魔窟やそれらしい所を気に掛けてくれないかな」


「おうよ! 俺様に任せろ!」


 ディンがニカっと笑い、消えていく。オーディンはもう既に帰っていたようだ。ノーム達もそれぞれが気になる場所へと消えた。


「動きは早い方がいい、向かうぞ」


「待って」


 キリムは急かすステアを止め、職員達へと振り返る。


「ヤチヨ、トルク」


「……はい?」


「レベッカ、レッツォ。かつてのパバス支部の偉大なギルド支部長です」


 キリムはかつて共に戦った者の名を連ねる。何が言いたいのか、職員達にはまだ伝わっていない。


「悲しむ人がいなくなるよう、ガーゴイル討伐の先頭に立った人達です」


 職員達はそこまで言われてようやく気付いた。パバスの支部長級の旅人が何人も立ち向かったという話は語り継がれていたからだ。


「正義は立場で変わる。俺が正しいという確証はない。でも、レベッカさん達の正義を……あなた達には受け継いで欲しかった」

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