ritual-11



 ゴースタが背中の翼を大きく開くと同時に、ゲートから絞り出されるように大量の魔物が這い出て来る。オーガ種やドラゴンなど、熟練の旅人でなければ対応できないものばかりだ。


 狼や猪などのありふれた種の魔物であっても、その大きさは旅人が知るサイズより2まわり程は大きい。


 木板の床は黒く変色し、みるみるうちに腐っていく。ゲートの負の力があまりに強いのだ。旅人達が相手をするも、強い魔物からは逃げ回るのがやっとだった。


「見物してると死ぬぞ! 騒ぎを外に知らせろ!」


 パバスの旅人協会事務所は、世界でも1,2を争うほど大きな支部だ。旅人がひっきりになしに訪れ、船乗りや旅の行商人はパバスで護衛を確保し、世界を渡り歩く。


 そもそもパバス自体が大きな町であり、人口は50万人を超えるとも言われている。ラージ大陸において2番目に栄えているゴーンですら10万人程で推移しているのだから、その規模の違いは明らかだ。


 西側のパバス島地区と、東の大陸側に位置するユネスタ地区に分かれ、地区をつなぐ鉄道橋は観光需要も高い。


 時刻は21時。そんなパバスの町は今、前例のない危機に必死で立ち向かっていた。


「キャーッ!」


「ま、町の中に魔物だなんて!」


 旅人が剣や魔法で挑むには強過ぎる。斬りかかっては殴られ、攻撃魔法は殆ど効いていない。相手は結界を張られてもなお入り込める強さなのだから、当然だ。


 アスラが慌ててステアへ駆け寄り、キリムの回復を行う。この状況でガーゴイル級の魔物と戦える旅人は、実質キリムだけだと理解していた。


 キリムが傷や疲れを癒された事で、ステアの暴走が止まった。アスラの呼びかけに反応し、ゆっくりと頷く。


「ステア。主が妾の回復で目覚めたなら、すぐに状況の説明をするよう」


「……ああ、分かっている」


「妾はそなたらが行ったゼムニャー島の魔物の死骸を浄化を担う。妾は行った事がないのだが、ヘルメスが飛ぶ」


「キリムが心配していたものを1つ片付けてくれるだけで心強い」


「あの宿で捕らえていた者らが言っていた村も、回れるようなら行って来てやるが」


「ああ」


 アスラが駆け付けていたヘルメスと共にゼムニャー島へ向かう。現地には召喚士のゼットらもいるため、すぐに片付くはずだ。


 ステアはゆっくりと目を開けるキリムへ状況を説明し、周囲へと目を向けた。


「微睡む暇はない。立てるか」


「大丈夫、ごめん、無理させちゃった」


「そうでもないさ。……おい貴様ら、等級はいくつだ」


 ステアは周囲でゲートの魔物を倒そうと奮闘している者へ声を掛ける。


「え、あ、えっと……4です」


「俺は3だ、でももっと強い魔物だって相手にできます!」


 返って来た答えはあまり喜ばしいものではなかった。等級3,4程度であれば、魔物を倒せないどころか、庇う必要がある。


 キリム達がガーゴイルと戦った際、討伐隊は厳選に厳選を重ねて編成された。等級10の者、8の者、旅人の間でも有名な強者を揃え、それでも全員が満身創痍となった。


 居合わせただけの旅人に戦わせる相手ではない。


「お前らは黒幕から放送設備の場所を聞き出して、出来るだけ強い旅人を呼べ。ガーゴイルは等級8や10のパーティーに、クラムが加わっても負ける相手だ」


「ひっ……よ、呼んできます!」


 旅人数人が慌てて駆けていく。拘束された職員から場所を聞き出したのち、カウンター裏の扉を押し開けた。暫くして町中に緊急放送が流れる。


「ステア、俺達も」


「勿論だ」


 周囲の旅人は然程強くないが、それでも数だけは揃っていた。力が足りないながらに連携し、集中攻撃で傷を抉っていく。


「人は200年以上もの間、ただ時を過ごしていただけではなかったか」


「うん、なんとか食い止めてる。皆さん! 俺達もいきます!」


「キリムさん! ゲートを塞がないとキリがないですよ! ……なんで結界の中に魔物が湧くんだ!」


「大昔、同じ事をした人がいるんだ! 結界の中にゲートと同じものを発生させた、デルという攻撃術士を俺達で封じ込めた!」


「デルって、あのエンシャントに記念館がある奴ですね!」


「そう! デルと同じ術を使ったはずだ!」


 キリムは周囲と連携を取りつつ、ステアと共にドラゴン種の魔物と対峙していた。背丈はキリム達の倍以上ある。この中で一番厄介な種族であり、飛ばれて炎でも吐かれたなら町中が火の海だ。


「横に振り切る技は周りを巻き込む……ステア、上から斬りたい!」


「上、か。なるほど」


 キリムが陽動でドラゴンの気を逸らしている間、ステアは周囲を見渡し、1人の斧術士に声を掛けた。


「おい」


「な、何でしょう!」


「貴様の斧を貸せ」


「はあっ?」


 ステアは意味が分からず聞き返す男に構わず、手から大きな斧を奪う。


「貴様は俺から離れるな。まったく、双剣以外を扱うのは不本意だが仕方ない」


 ステアは斧を数度素振りした後、大声でキリムを呼んだ。やはり双剣と勝手が違うからか、何度か床に当たっている。木床には大きな傷が幾つも付いていた。


「振るだけと思ったが、案外難しいな」


「斧か、足場が安定していいね、頼んだ!」


 キリムがステアのやや左前に立った。その後ろで、ステアが姿勢を低くしてスイングの構えを取る。キリムが飛び上がった隙に、キリムの足具の底を斧の平面部分で打つ。そうしてキリムを高く飛ばせる気なのだ。


 斧術士の男はキリムとステアが何をしたいのか、ようやく理解した。


「おいおい待て! クラムステア、あんたじゃ不安しかない! 俺がやるから、2人とも構えてくれ!」


 男が慌てて打ち出し役を買って出る。キリムとタイミングを合わせ、男はキリムをドラゴンの頭上へ打ち飛ばした。


「魔物には敵わなくたって、これくらい! クラムステア、次はあんただ!」


「すまない。何度か世話になる」


「馬鹿力だけが取り柄って言われてんだ、これくらい朝飯前さ!」


 男はステアも打ち上げた。キリムもステアも天井すれすれに到達し、天井の梁を蹴って加速する。


「熾焔斬!」


「斬首する!」


 ドラゴンがキリム達に気付き、炎を吐こうとする。しかしその炎が口内に溜まる刹那、ドラゴンの背にポッカリと穴が開き、首は根元から床へ崩れ落ちた。


「よし、次!」


 キリムとステアはドラゴンでさえも瞬時に倒してしまった。だがゴースタは焦ることなく、翻弄される旅人を見ては笑みを浮かべている。


「クッソ、あいつ笑ってる」


 騒動を知らない者は、そろそろぐっすりと眠りに就く頃だろう。ゲートから魔物が溢れたなら、住民の夢は悪夢へと変わってしまう。


 ゲートが枯れ、魔物が出て来なくなるまで戦うのは現実的ではない。キリムは魔物討伐を周囲の者に任せ、ガーゴイルの姿をしたゴースタと対峙した。


「ガーゴイルの力を手に入れたからって、デル程の魔法使いですら操れなかったんだ! 無駄な事だぞ!」


「フハハ、ワタクシは先人の教訓を活かし、魔物を供物として与えておりますからね。ガーゴイルが餌とするのはワタクシではなく、あなた達です」


「バベルくん! ゲートから出てくる魔物を結界で止められるか!」


「やってみる。ステア、もう一度僕を呼んで! 召喚が1度解けてる! キリムとステアはあいつを倒したことがあるんだよね」


「ああ。でもあの時と違ってコイツは人でもある。どうすれば……」


「フフフ、そうですねえ。ワタクシを倒せば、あなたも晴れて人殺しの称号を得る事になりますねえ」


 キリムは双剣を構えながらも斬りかかることが出来ずにいた。他のクラムや旅人達も同様だ。見た目は明らかに人ではないのに、先程まではゴースタという男だった。


 これは魔物なのか人なのか。人であるのなら、悪だからという理由で殺す事は出来ない。だが拘束する方法も思いつかない。今やれる事は、ゲートから湧きだす魔物を狩る事だけだ。


「どうする、こいつをどうやって……」


「フフフ、悩みなさい。その間に人であるワタクシが、魔物の力を使って狩ってあげましょう。いきますよ、キリム・ジジ!」

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