第47話 文化祭実行委員

 始業式、いつものように校長先生のありがたくも長ったらしいスピーチが続いていた。


「我が校の教育方針は…」


 ずいぶんと熱く語っているけど、それを本当に真面目に聞いてる生徒は何人いるのだろうか?

多分半数もいないだろうし、かく言う俺も聞き流している連中の一人だ。

ってか毎回同じようなことを話してる気がするのだけど、こうゆうスピーチの内容って自分で考えてるのか?

ネットで『校長、スピーチ』とでも検索してるんだろうか?

そんなどうでもいいことを考えながら話は進んでいく。


「新学期からもより一層、勉学や部活動に邁進して充実した学校生活を送ってほしい」


 校長先生は最後までどこか聞いたことのあるようなことを話し始業式は終わりを迎えた。




 始業式が終わって教室に戻りホームルームが始まる。

今日の予定はこのホームルームを行うだけの午前授業だ。

担任の教師から2学期の日程などの説明をあらかた受けると、満を辞して最後の議題に入った。


「最後に文化祭について決めるぞ!」


「「おおっっーー!!」」


 担任教師が高らかな宣言に男子どもを中心に歓喜の声を上げた。

我が日立高校の文化祭は10月に行われる一年の中でもメインイベントのひとつで、2日間をかけてクラスごとにさまざまな出し物が執り行われる。

その上、学外からも人が来るため規模も大きく学校中がお祭り騒ぎになる。

去年は体育館のステージでのダンスや演劇、屋台での出店、クラスで制作した展示物などがあり、2学期に入った直後からいろいろと準備するというのが毎年の流れだ。


「まずは文化祭実行委員を決める。誰か立候補する奴はいないかー?」


 先生の呼びかけに、さっきまで色めき立っていた連中はシンと鎮まり目を逸らす。

みんな文化祭自体は楽しみだが、面倒な実行委員はやりたくないのだろう。

かく言う俺も、そんな面倒ごとは御免だから気配を消すことにした。


「おーい。誰かやらないと話が進まないぞ。誰かクラスのためにやる奴はいないのか?」


 先生の問いかけに知らぬ存ぜぬを決め込む。

あいにく俺はクラスのためにはたらく殊勝な心は持っていない。

俺は空気、俺は空気…


「はあ…、この決め方はあまり使いたくはなかったけど推薦で決める…」


「「秋元くんがいいと思います!!」」


「はっっ!?!?」


 推薦と聞いた途端、まるで示し合わせたかのように男子どもの声がハモった。

というか、これだけ息ぴったりだったならあらかじめそう決められていたんだろう。

クソッ!嵌められた!なんて姑息な奴らなんだ!


「テメェらふざけんな、この裏切り者どもが!!クラスメイトのことを簡単に売りやがって恥ずかしくないのか!」


「それを散々俺のことを売ってきたヒロが言うのか…」


 亮介りょうすけの呆れた声が聞こえたが、今はそんな事どうだっていい!

このままだと面倒ごとを押し付けられてしまう。


「裏切り者はお前だろ?夏休みにお前だけいい思いしやがって。実行委員をやるのが罰にしといてやるよ。むしろこの程度で許してやって感謝してほしいくらいだ」


「そもそも罰を受ける筋合いがねぇよ!!」


「じゃあ実行委員をやるか死ぬかどっちが良いかって話になるぞ?」


「なんだその横暴すぎる二択は!?そんなの認められるわけねぇ!!ですよね先生?」


 こいつらと話していてもらちがあかないと思い、先生に話を振る。


「そうだなぁ…。じゃあ多数決するか。秋元でいいと思う奴は挙手してくれ」


 先生がそう声をかけると過激派の男子どもはおろか、別の男子や女子たちもチラホラと手をあげていて、その数はパッと見でもクラスの半数は裕に超えている。

どうやらこのクラスに俺の味方はいないらしい…

まずこんなのでクラスが協力して文化祭に挑めるのかが心配だ。


「よし!これで実行委員は秋元で決まりだな」


「ちょっと待て、俺は反対だ!例え少数票でもそれを無視するのはいかがなものかと思うぞ!むしろ少数派の意見こそ取り入れられるべきだ!」


「裏切り者の票は反映されねぇよ」


「一票の格差だ!俺たち若い世代がそんなことを許したらますます日本は衰退していくぞ!?」


 俺は必死で政治参加を訴えるが奴らは聞く耳を持たない。

先生も先生で早く終わらせたいのか粛々と話を進める。


「多数決で決まったんだから諦めろ。じゃあ次は女子の実行委員を決めようか。女子の方も多数決でいいか?」


「「私がやります」」


 すると先程まで立候補者はいなかったはずだが、ふたつの声が同時に響いた。

隣を見ると、きょう鈴香すずかが手を挙げて立候補の意思を示していた。


「しまった!!倉科さんが実行委員をやるんだったら秋元のやつにさらにうまい思いをする機会を与えただけじゃないか!?」

「しかも三田村さんまで一緒なんて、これはまずい展開だ。くそっ!、俺たちとしたことが!」

「先生!やっぱり俺が実行委員をやります!」


 男子どもに動揺が走り、好き勝手に言っている。

こいつら…、ほんと調子良すぎだろ…。


「男子は秋元で決まったからもう異論は認めん。けど実行委員は男女一人ずつだからな〜。倉科さんと三田村さんで話し合って決めてくれ」


 先生の言う通り、文化祭実行委員は各クラス男女一人ずつで構成される。

だから杏と鈴香の二人が実行委員になるのは規則上無理だ。


「三田村さん、私に譲ってくれないかしら?ほら、ヒロくんがやるのなら彼女である私もやる方が収まりがいいだろうし」


「それこそ任せておけないわね。恋人同士で実行委員なんかやったらイチャついてまともに活動出来ると思えない。それに相手は宏人よ。ただでさえ手がかかるんだから、ここは扱いに慣れてる私がやるわ」


「仕事はちゃんとこなすし、ヒロくんの扱いだって上手く出来るわ。なんたって私はヒロくんの彼女なんだから」


「私の方が倉科さんより宏人を上手く扱える。倉科さんとはあいつを扱ってきた年季が違うからね」


 話はどちらも譲る気は無いらしく、平行線を辿っていた。

ってか俺はどんだけ手がかかると思われてるんだ…

まぁ二人ともそれっぽい理由を言っているがそれは本音ではないだろう。

そしていくら俺でも、二人の本当の理由に気づかないほどに鈍感では無い。

しかしそれを思うと小っ恥ずかしいからどっちでもいいから早く決めてほしい…


「このまま話し合ってても埒があかないわね。それじゃあここはヒロくんに決めてもらいましょうか」


「ええそうね。それなら公平だし納得だわ」


「なにっ!?」


 とんでもない展開になってしまった。

クラスメイトが見ている中で杏か鈴香を選べだと…

そんな答えづらいことを俺にゆだねないでほしいんだけど…


「おい修羅場だぜ。秋元のやつ、いい気味だ」

「でも倉科さんはまだ分かるけど、三田村さんはなんで実行委員に拘ってるんだ?」

「もしかして略奪愛か!?なんであいつだけこんないい思いばかり…」


 そしてさらに男子どもの反感をかっている。

この際、もう男子どものことはどうだっていい。

なんとかこの場を乗り切る方法を考えなければ…


「ヒロくん、もちろん彼女である私を選んでくれるわよね?」


「宏人。今まで私があんたにしてきた恩を忘れてないでしょうね?」


 俺が内心焦っている中、二人は詰め寄ってくる。

周りから見たらたかが実行委員を決めるだけだと思うかもしれないが、俺たちからしてみれば非常に大きな意味を持つ選択だ。

どちらを選んだとしても角が立つことは分かりきっているが、何かしらの答えを出さないとこの状況の収拾がつかない。

悩んだ末に俺の出した答えは…



「………じゃんけんで」



 俺は公平且つ平和的な提案をした。

この場で俺にどちらかを選ぶなんてことは出来ない。

例え、たかが実行委員を決めるためとしてもそこに別の意味が含まれているのであれば、そんな簡単に出していいものでもないと思うし。


「逃げたわね…」


「ほんとヘタレなんだから…」


「ヘタレですいません…。ですが、ここはここは何卒なにとぞ穏便にお願いします…」


 俺の提案を聞いた二人は俺にジトッとした視線を向けながらそう言った。

実際にヘタレだし逃げたわけだからなんの言い訳も出来ない。

俺の言葉が伝わったのか、呆れて争う気も無くなったのか分からないけど、杏と鈴香はこれ以上言い争うことは無く大人しくじゃんけんをしてくれた。



 その後、実行委員に任命された俺たちは教壇に立ち話を進めていく。


「まずは実行委員をやることになりました倉科です。私が実行委員をやるからには最優秀クラス賞しか狙っていませんので、皆さんご協力をお願いします」


 先程のじゃんけんで見事勝利を収め、晴れて正式に実行委員となった杏が折り目正しく挨拶をした。

それと対照的に惜しくも勝負に負けた鈴香は不満そうに頬杖をついている。

あとでなんか奢ってやろう…

ちなみに最優秀クラス賞というのは、文化祭の出し物の中で最も評価の高かったクラスに贈られる賞だ。

一人の一票の投票権を持っており良かったと思うクラスに投票し、各クラスでその投票数を競い合うという恒例のものだ。


「では早速、これから文化祭の出し物について決めたいと思います。何か案のある人はいるかしら?」


 そう言って杏は話を進めていく。

俺が進行役をすると話が上手くまとまらないと言うことで杏が進行役をかって出た。

うん…、非常に正しい判断だと俺も思う。

だって俺があの男子どもを纏めれるなんて思わないもん。

俺の扱いに慣れていると言っただけのことはある見事な采配だ。

俺は書記係として大人しく黒板に『出し物候補』と書いていく。


「やっぱり定番は屋台だよな。焼きそばとかたこ焼きとか」

「思い切って演劇とかダンスとかでもいいよねー」

「練習とかめんどくさいから適当に展示でいいんじゃないか?」


「はいはい。意見のある人は手をあげて言ってちょうだい」


 皆口々に意見を言う中、杏の凛とした声が響きクラスの意識が杏に向く。

もし俺が進行役をしていたらこうはならないだろう。

杏は俺の扱いだけではなくクラスの扱いにも長けているようだ。

とりあえず俺は今聞こえてきた案を書いていく。

えっと…、屋台に演劇にダンスに展示か…


「なんかありきたりだよなー。なんかこう、他のクラスとは違うことをやりたいよな」


 一人の男子生徒がそう言った。

俺も同じことを思っていたところだ。

今出た案は去年の文化祭でも見たことあるような意見ばかりだ。

それが悪いというわけではないけど、最優秀クラス賞を目指すなら、もっと注目を集めるような出し物の方がいいと思う。


「でも他に何かあるか?他のクラスと被ってなくて新しいものってなんかあるか?」

「予算とかもあるからあんま派手なことは出来ないだろ」


 クラスの面々が頭を悩ませていると、


「…おいおいお前ら。そんな簡単なことも分からないのか?他のクラスとは被らなくて、新しくインパクトのあるものなんて一つしかないだろ?」


 過激派男子の一人が呆れたように口を開いた。

やたら自信満々にそう言っているけど、こいつらの考えなどどうせロクな案じゃないだろう。


「それはズバリ…、メイド喫茶だ!!!」


 その高らかな宣言を聞いて、男子たちはざわめき立つ。

確かに、出し物でメイド喫茶というのは聞いたことないしインパクトも申し分ない。


「メイド喫茶こそ、このクラスの長所を存分に活かせる出し物だろ!なんせ倉科さんや三田村さんのとかの綺麗どころがメイドをしたら大盛況待ったなしだ!」


 思いの外ちゃんとした意見が出てきて感心してしまう。

確かに、校内屈指の美少女の杏や鈴香のメイド姿を全面に出していけば客は集まる。

主に、男性客だけど…

それを差し引いてもメイド喫茶という新しくインパクトのあるものであれば、それなりに客も集まるだろう。


「お前、天才か!!」

「これなら最優秀クラス賞も間違いなしだな!」

「倉科さんと三田村さんのメイド姿…、いい!是非撮影係は俺にやらせてくれ!」


 男子たちは大賛成のようで早くも決定したかのように盛り上がっている。

確かに、俺も杏や鈴香のメイド姿を見たくないと言ったら嘘になる。

ってか見れるもんなら是非見てみたいし、現状メイド喫茶に反対する理由はない。


「ちょっと男子、なに盛り上がってるのよ!?男子だけで勝手に決めないでよ!」


 案の定、女子たちからの否定が飛んできた。

それも当然、この案は男子だけの意見で女子の意見がまったく反映されていない。


「なんで女子だけそんな恥ずかしい格好しなちゃいけないのよ!?鈴香ちゃんもメイド服なんて着たくないよね?」


「まぁ…、抵抗がないわけではないのだけど…」


 鈴香もメイド服を着るのには抵抗があるようだ。

普段着慣れないメイド服を大勢に見られるのは恥ずかしいと思うのも仕方ないだろう。

そしてクラス全員でやる以上、そのような女子の意見も尊重しなければいけない。

だが、男子たちの熱は留まるところを知らなかった。


「メイド喫茶なら間違いなく最優秀クラス賞を獲ること出来るんだ!!ここはクラスのために人肌脱いでくれ!」


「男子たちが見たいだけでしょ!あんた達の不純な動機になんで付き合わないといけないのよ!?」


「メイドは男の夢なんだ!!それのなにが悪い!」


「開き直らないでよ!!そもそもどう考えても準備が大変そうじゃん!人数分のメイド服とか用意出来るの?」


「そ、それは……、実行委員である秋元がなんとかしてくれるはずだ!!」


「おい!適当なこと言うんじゃねぇ!メイド服を用意できるアテなんてねぇよ!」


「ほらみなさい。くだらないこと言ってないで真面目に案を考え…」


「メイド喫茶…、ありだわ」


 メイド喫茶が却下される流れだったその時、杏の呟くような声が響いた。

その言葉から意外にも杏はメイド喫茶に乗り気らしい。


「えっ?倉科さん、本気?」


「もちろん本気よ。男子の言う通り、メイド喫茶なら目新しさやインパクトもあってそれなりに人を集めることが出来る。それに衣装とかも私の家にあるからある程度なら準備も出来るわ」


 そういえばそうだった。

杏の家にはさゆりさんというメイドがいるんだからメイド服くらいあって当然だ。

それを借りることが出来れば衣装の問題も解決できる。


「けど倉科さんもメイド服着ることになるんだよ?抵抗とかないの?」


「いいえ全く。たまにお手伝いの人が着ていて見慣れているから、自分が着ても特になにも思わないわね」


 杏は『何が問題なの?』と言わんばかりの表情でそう言った。

普段から見慣れていたら抵抗もなくなるもんなのかと疑問に思うが本人がそう言うからにはそうなんだろう。

ってかさゆりさん、夏休みの旅行のときはラフな格好だったけど普段はメイド服なのか…

あの人のメイド姿がどんなものなのか見てみたい気もする。


「私もメイド喫茶は良い案だと思うわ。ただこのままだと女子の負担が大きいのも事実で、それに不満が出るのも分かるわ。だからそこは男子も執事服なり女装して接客するなりしてもらえれば体力的にも精神的にも平等だと思うわ」


 ま、まじかよ…

執事をやるにしてもイケメンがやるんなら絵になるけど、イケメン以外がやったら羞恥心しかない。

女装に関してはもはやグロ映像レベルだ。

そうゆう風にしないと公平にならないんだけど、それが原因でお客が少なくなったりしないだろうか…


「そうゆう条件なら女子はメイド喫茶でもいいかしら?」


「…まぁそれなら公平だと思うし文句はないかな」


「そう。男子もそれでいいかしら?」


「執事服に女装か…。けどこれもメイド服を拝むためだ!多少の恥なら我慢するぜ!」


「では、このクラスの出し物はメイド喫茶に決定します!」


 女子も男子も杏の提案に納得したようだ。

男子の目的が最優秀クラス賞を獲るためじゃなく、メイド服を拝むためになっているところだけは気になるところだが、俺もその気持ちがまったく無い訳じゃないからなにも言わないでおこう。

その時、話が纏まったのを見計らっていたかのようにホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「今日はここまでね。衣装や提供する料理とかの詳細はまた後日決めましょう。では皆さん、メイド喫茶の成功に向けて協力お願いします」


 杏は頭を下げてそう言い自分の席に戻っていく。

ここまでの堂々とした立ち振る舞い、クラスの意見を聞いてまとめ上げる能力、どれをとっても見事と言わざるをえない。

杏に心の中で称賛を送りつつ、俺も自分の席に戻るとある事に気づく。


 あれ?俺も実行委員なのに何もやってなくない?

『出し物候補』って黒板に書いたくらいじゃない?

まぁ適材適所、持ちつ持たれつ、助け合いの精神は大事だ。

こうゆう話し合いの場は杏が得意なだけで俺にも輝ける時がきっと来るはずだ。

そう言い訳をしながら、とりあえず文化祭の準備は頑張ろうと心に決めた。

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