第40話 夏祭り②

 俺たちはなんとか奴らの魔の手から命からがら逃げ切ることに成功した。

きょうとの勝負がうやむやになったのは残念だが、命がある分マシだと思うことにしよう。


 そんな俺たちは、少し小腹が空いたので腹ごしらえをしようという話になった。

周りを見ると様々な種類の屋台が並んでおりまさに選びたい放題で、それらを全て食べたい気持ちはやまやまだが、それには一つ問題がある。


 祭りの屋台というのは大体の商品の値段が少々割高だ。

無粋な考えなのは百も承知だが、売っているたこ焼きや焼きそばやフライドポテトなども、そこら辺のスーパーに行けば半額くらいで買えるだろう。

それでも売れるのは、"祭りの屋台"という付加価値があるからだと思う。

屋台で食べるものは祭りの雰囲気で普段よりも美味く感じるし、そこで少々値段が高いからといってなにも食べなかったら祭りの楽しさも半減してしまう。

だから多少はコスパが悪くても納得するべきだと思うが、しがない高校生の懐事情を考えると全て買い漁るわけにはいかない。

厳選に厳選を重ね、よりコスパの良いものを選ばなくてはいけないと思っていたのだが…、俺のその庶民じみた考えは杞憂に終わった。


 なぜなら食べ物を買うたびに屋台のおっちゃんがやたらとサービスしてくれたからだ。

普通のサイズを頼んだつもりなのに出てくるもの全てが特盛、コスパ最高だった。

しかし周りを見るとそんな特盛サイズを食べている人などいない。

なら何故、俺たちだけそんな優遇されているかというと、その理由は間違いなく杏がいるからだろう。

普段でも人目を引く美少女の杏が浴衣を着ているとなれば、男は色めき立つ。

そしてそれは屋台のおっちゃんも例外ではない。

浴衣姿の杏を見れたお礼と言わんばかりに数々のサービスしてくれた。

試しに俺が買いに行くと、サービスなど微塵も存在しなかった。

なんならマイナス補正がかかっている気すらする。

なんとも不公平なことだ、客商売としてそれはどうなのか…


 そんなことがあって、適材適所で買い出し係は杏に任せて俺は通りの端の方で待っていた。

ぼーっと道ゆく人々を眺めていると、祭りだから当然なのだが浴衣姿の人が多く歩いており華やかに感じる。

浴衣というのは普段見ないからか不思議な魅力がある気がする。

というか浴衣を着ているだけでどんな人も魅力的に見えるまであるだろう。


 例えば、目の前を行く幼女は持ち前の無邪気さに加え浴衣の華やかさも合わさって可愛らしさが増していたり。

あの一見チャラそうな男性は浴衣を着ることによって硬派な印象が増していたり。

あの女の子は清楚な雰囲気が浴衣によって引き立ち、杏並みに似合っていて可愛いかったり。

その女の子がこちらに向かって来ていて、ただ歩いているだけでも大和撫子感が出ていたり。

…っていうかこの子どっかで見たことあるぞ?


「あら宏人ひろと。奇遇ね」


 声をかけられてその女の子が鈴香すずかだと理解した。

おいおい、俺は鈴香にときめいていたのか…

なんだか無性に負けた気になるな…

内心の動揺を悟られまいと俺は言葉を返す。


「えっと…どちら様でしょうか?」


「ぶん殴るわよ」


「悪かった、冗談だ。だからその振り上げた拳を下ろしてくれ」


 いつもの軽口を言って平静を取り戻す。

分かってはいたけど、この返し方はやっぱり鈴香だ。

それにしても鈴香にここまで取り乱されるとは…

そりゃあ鈴香の容姿が優れていることなんてもう分かってる。

学校でも人気者だし、鈴香に気がある男子の話はよく耳にするし。

だが、長いこと一緒に過ごして来て慣れているつもりだったけどこれは予想外だ。

鈴香の浴衣は暖色系を基調にした明るいもので、これまで何度も見てきた鈴香がより一層魅力的に感じる。

これも浴衣マジックなのだろうか、浴衣って恐ろしい…


「ところでさっき亮介りょうすけたちを見たんだけど、声をかける間も無く慌てて走ってたけど何かあったの?」


「この祭りに潜む恐ろしい鬼達から逃げてるんだ。俺たちもさっき襲われた…」


「そう…、私の心配を返して欲しいわ…」


 鈴香は一言で何が起きたか察したらしく呆れたように言った。

それだけで分かるあたり、俺たちの付き合いの長さが分かるな。

っていうか亮介はまだ奴らに追われているらしい。

無事に生きて帰って来てほしいものだ。

いや待て、亮介が捕まれば奴らの溜飲りゅういんも少しは下がって俺に殺意が向くことは無くなるんじゃないか?

やっぱ早く捕まれと祈るばかりだ。


「…ん?」


 その時、鈴香の後ろに隠れるようにしている一人の少女に気が付いた。

その少女は鈴香の背に縋り付くように身を隠していて、その姿はまるで小動物のようでなんとも可愛らしい。

俺は決してロリコンではないが、そんな俺でも魅入られる程の美少女だ。


「誰だその子?まさかお前、その子のあまりの可愛さに誘拐したのか!?もしそうだったら今すぐ通報するぞ!」


「ち、違うわよ!あんたと一緒にしないで。この子はいとこよ」


 俺だったら誘拐するような言い方はやめろ!

もう一度言うが俺は断じてロリコンではない。


「お前、祭りはクラスの奴と一緒に行くって言ってなかったっけ?」


「そうだったけど、親に頼まれたからクラスの子達のは断ったのよ。親戚が夏休みにこっちに来てるから連れてってくれって言われたから。ほら由紀、挨拶して」


「…………おおもとゆきです。5さいです」


 周りの雑踏に掻き消されるような小さな声で自己紹介をした後、再び鈴香の後ろに隠れながらこちらの様子を伺っている。

どうやら由紀ちゃんは人見知りのようだ。

再度言うが俺はロリコンではないけど、そんな姿も庇護欲をそそり愛くるしく感じる。

よし!ここは年上として安心させるために優しく話しかけたほうがいいな。


「俺は秋元宏人って言うんでちゅよ〜。お兄さんは鈴香と違って怖くないでちゅよ〜。俺のことは宏人お兄ちゃんって呼んでほしいな〜」


ーービクっっ!!


 俺がそう声をかけると由紀ちゃんは怯えるようにして完全に鈴香に隠れた。

これ以上ないくらいに友好的に接したはずなのに、何故だ?

鈴香は「気持ち悪っっ」と呟いて今にも泣き出しそうな由紀ちゃんをなぐさめている、何故だ?

理由は分からないが、二人の反応から俺の対応がまずかったというのは理解できた。


「ごめんごめん!怖がらせちまったな。ほら、りんご飴あげるから許してくれ!」


 由紀ちゃんは恐る恐る受け取っていたが、受け取った瞬間に頬を緩めて嬉しそうにしている。

ふっ…、子供ってちょろいな…

すると飴をもらったことで警戒心が薄れたのか、鈴香の背から少し顔を出して何かを言おうとしている。


「ん?どうした、まだなんか食べたいのか?由紀ちゃんのためならお兄ちゃん、なんだって買ってやるぞ!」


「……お兄ちゃんはお姉ちゃんの彼氏なんですか?」


「「……」」


 由紀ちゃんの爆弾発言に俺と鈴香は二人揃ってフリーズした。

お兄ちゃんと呼んでくれたのは天に昇るくらい嬉しいが、なんてこと言い出すんだこの幼女は!?

その歳でそんなことが気になるのか!?

俺が由紀ちゃんくらいだった時は、恋愛の"れ"の字も知らなかったぞ!?

マセているのか?…、今の5歳児はマセているのか!?


「…どうなの宏人?」


 鈴香は鈴香で少し恥ずかしそうに俺にそう尋ねてくる。

なんでだよ!いつもなら速攻で俺の人格を含めて否定してくるのにその反応はおかしいだろ!?

なに満更でもないような雰囲気出してんだ!?

そもそも事実じゃないんだからちゃんと否定しろよ!


「いや、俺と鈴香は付き合ってない…」


「聞き捨てならないことが聞こえたわね」


 俺が否定しようとすると、最悪のタイミングで最悪な人間が帰ってきた。

恐る恐る振り返ると顔は穏やかに笑っているのに凄まじい迫力を放っている杏がいた。

その声には果てしない怒気が含まれており、穏やかな表情とのギャップが恐ろしさを倍増させている。

俺が悪いわけじゃないけど、今すぐに逃げ出したくなるほどの迫力だ。


「何か面白そうな話しをしてるみたいね。私も混ぜてくれるかしら?」


「落ち着け杏!相手は子供だ!制裁を加えるのは勘弁してやってくれ!」


「…ヒロくんは私をなんだと思っているの?」


 だってお前、相手が誰だろうと容赦なさそうだし何より明らかに怒ってるだろ。

由紀ちゃんに何かある前に丁重に保護しておいたほうがいいかと考えていると、鈴香が口を開いた。


「宏人の言う通りよ。子供の言ったことなんだからそんなに気にすることないじゃない」


「私はその子の発言より三田村さんがすぐに否定しなかったことの方が気になるのだけどね。このお祭りで何か企んでいるみたいだし」


「それだったら気にしなくてもいいわ。ただからかっただけよ」


「とてもそうには見えなかったわね。何か他意が含まれている気がしたんだけれど。まぁ何か企んでいたとしても、小さい子を連れているのだったら変なことはできないでしょうしね」


「くっ……」


 二人はいつも通りに険悪な雰囲気になっている。

楽しい祭りの時までいがみ合うこともないのに。

今までの経験上ここで俺が止めに入っても一喝されるだけなんだよなぁ…

しかし、俺が言わないと収拾がつかないだろうしなぁ…


「お前らやめろ!由紀ちゃんが怯えてるだろ!ついでに俺も死ぬほど怖いからやめろ」


「「誰のせいだと思ってるのよ!!」」


 予想通り、理不尽な叱責をもらう。

もう俺のせいでいいからとりあえず落ち着いてくれ…

あといとしの由紀ちゃんが怯えるからデカい声出すんじゃねぇ!

しかしこうなったら自然に落ち着くのを待つしかない。

俺に出来ることは由紀ちゃんに危害が出ないようにすることだけだ。


「由紀ちゃん、ここは危険だ。お兄さんと逃げようか。そして二人で祭りを楽しもうか」


 そう言って逃亡を図るために由紀ちゃんに手を差し出すと、


「お、お姉ちゃんたち…、け、けんかはダメだよ…」


 由紀ちゃんの小さくか細い声が聞こえてきた。

幼い子供からの注意を受け、流石の二人も冷静になる。

由紀ちゃんの性格からして喧嘩の仲裁に入るなんて大変なことだろうに。

俺は由紀ちゃんの勇気ある行動には心から感謝した。


「由紀の言う通りね…。お姉ちゃんが悪かったわ」


「そうね…。ここはお互い冷静になりましょう」


 この二人を一言で鎮めるなんてやっぱりさすがは俺の由紀ちゃんだ。

その手腕を俺も見習わなければいけないな。

今度、俺も由紀ちゃんのように幼女になりきって二人を収めてみよう。

…いや、俺がそうやったらさらにブチギレられる未来しか見えないな。


「じゃあそろそろ行きましょうか。危ない人も帰ってきたし、これ以上ロリコンの近くにいると由紀のトラウマになりかねないし」


「なに?ロリコンがいるのか?そいつは危ないな。よし由紀ちゃん、俺が守ってやるから一緒に行こうか」


「…もう手遅れのようね。じゃあまた後で」


「待て!鈴香はいいけど由紀ちゃんだけは連れてかないでくれ!!」


 俺の懇願も虚しく、鈴香は由紀ちゃんを連れて去っていった。

くそっ鈴香のやつ…、世界の富、もとい由紀ちゃんを独り占めしやがって…

由紀ちゃんはみんなのものだろ!

まぁ一緒に周れなかったことは残念だが、おそらくこの後の花火にも由紀ちゃんも一緒にやってくるだろう。

これは楽しい花火になりそうだ。

俺が密かに新たな楽しみに心を躍らせていると、


「…ところでヒロくんは小さい女の子がタイプなの?犯罪者予備軍なの?」


 杏がジトッとした視線で実に不名誉なことを聞いてくる。

何度もしつこいと思うけど大事なことだから最後にもう一度だけ言うが、俺は断じてロリコンではないからな!

……ロリコンじゃないよね?

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