第38話 夏休み終盤戦
杏達との旅行を終えて時が過ぎ、夏休みは終盤に差し掛かった。
あれからの俺の夏休みといえば、いつものメンバーと暇さえあればどこかに遊びに行き、なかなか充実した日々を過ごせていた。
もちろん、杏と二人きりでショッピングに行ったり、映画を見たり、デートみたいなこともした。
その際はこれまでの反省を活かし、誰からどう見ても恋人に見える行いを心がけ、些細な変化も見逃さないように、杏のことをちゃんと見ていた。
これも俺なりの真摯な向き合い方のひとつだ。
まだ俺の答えははっきりとは出てないけど、このような行いが答えを出す材料にもなるだろう。
そんな日々を送りつつ、夏休み最後のイベントがやって来る。
「ーー幾度なく 願えど叶わぬ 我が願い いま一度願う 休みの延長」
「何を言ってんだヒロは?」
「知らないわよ。どうせいつもみたいな馬鹿なことでしょ」
「ヒロくん。そうゆう恥ずかしい句はもうちょっと小さい声で言ってほしいわ…」
全世界の学生の気持ちを代弁する句を詠んでいると全方向から呆れた声がかかった。
この日も俺は
テーブルにはドリンクバーのグラスとポテトなどのサイドメニュー。
実に高校生らしいラインナップといえる。
「夏休みは何でこんなに短いのかってことだよ」
「実際は2ヶ月近くもあったけどな。まぁ言いたいことは分からなくもないな。親とかを見てると休みがあるだけマシだと思うけど」
大人になると当然夏休みなんてものは存在しない。
連休といっても、正月やお盆などでせいぜい1週間かそこらだろう。
実際に、俺の家は自営業で飲食店だから一般的な長期休みよりさらに短い。
そう思うと、休みがあるだけありがたいと思わなければいけないがそれはそれだ。
学生という立場からするともっと長くしろと言わざるを得ない。
「確かに終わりが近づくと短いように感じるよね。それだけ充実してたってことなんだろうけど」
「これで課題が終わっていなかったら地獄よね…。
宏人、感謝しなさいよ」
「ははーーっ!その節は誠にありがとうございました!」
そんな話をしつつ、ダラダラと過ごす。
こう中身のないどうでもいいような話を長々とするのもファミレスの醍醐味だと思う。
こうゆうやることの無い時間があるからこそ、いざイベントがある時の楽しさも増すものだろう。
そう思っていると、俺はとあるイベントを思い出した。
「今年の祭りはどうする?またみんなで集まって行くか?」
祭りというのは、俺たちの地元の神社で毎年やっている夏祭りのことだ。
ただ、規模がそれなりに大きく、多くの人が集まるので県内でも有名な祭りだ。
去年は亮介と鈴香を連れて出店制覇を目論んだが、時間と財力に負け失敗に終わり、今年こそは悲願の制覇に向けて残りの出店を回りたいと思ったのだが、
「そうしたいけど、俺は真帆と行く予定なんだよなぁ」
「私もクラスの子たちに誘われてるのよねぇ」
どうやら各々、別で予定が決まっているようだ。
亮介は今年は真帆さんと言う彼女がいるのだからそれは仕方ないと思うし、鈴香もクラスでは友達も多くいるから予定が埋まっていても不思議じゃない。
あれ?というか俺、この夏休みこいつら以外と遊んだっけ?もしかして俺、友達少ない…?
まさかの真実に気づき、若干落ち込む。
「っていうかヒロも倉科さんと二人で行くんじゃないのか?たまには彼女孝行しろよ」
「宮田くんの言う通りよ。というか、お祭りは二人で行くって言ったじゃない!」
「聞いてないんだよなぁ…」
俺が聞き逃していた可能性も否定できないが、十中八九聞いていないと思う。
おそらく、杏の中では言わなくても当然の決定事項だったのだろう。
俺としても杏と二人が嫌なわけじゃないからいいんだけど。
「じゃあ、今年は別々で行くか」
それぞれ予定があるのなら仕方ない。
そう思ったはいいが、やっぱりこのメンバーで祭りに行けないことが少し寂しく感じる。
俺も彼女がいる立場なら彼女と行くのが普通なんだと思う。
しかし杏のことを
そう思うのはわがままなのだろうか?
そんな事を考えていると、鈴香が口を開いた。
「ねぇ…。最後の花火、みんなで集まって見ない?来年は受験とかで一緒に行けるかどうかも分からないし」
受験という単語を聞いて、俺はハッとした。
あまり考えてこなかったが俺たちは来年3年生、すなわち受験生だ。
俺はまだ具体的に進学か就職か決めていないが、どちらにせよ今までみたいに遊べなくなることは明白だ。
となると、高校生活で気兼ねなく夏祭りを楽しめるのは今回が最後ということになる。
ならば、このメンバーで集まっておきたい。
「ナイスアイデアだ鈴香!亮介はどうだ?」
「そうだな。今年で最後かもしれないって考えると、俺もやっぱりみんなで集まりたいしな」
亮介も鈴香の案に賛成のようだ。
実際、来年どうなっているが分からないが、一緒に行ける時に行っておいた方がいい。
来年になって後悔するよりかはずっとマシな選択だろうし、もし時間があるならその時は来年もこいつらと祭りに行けばいいだけの話だ。
そう決まりかけた時、不満げな声が聞こえてきた。
「三田村さん。何を企んでるのかしら?」
「別に何も企んでなんか無いわ。例え企んでいるにしても倉科さんには関係ないでしょ」
「本当に私に関係ないことなのかしらね…?」
「さぁ?ただ私はみんなでお祭りを楽しみたいだけよ」
杏と鈴香の間に険悪な雰囲気が漂う。
旅行中は比較的普通に会話をしていたから多少は仲良くなっていると思ったけど、そんなことは無いらしい。
だが、こう頻繁に言い合いをする姿を見ていると、もはやこれは恒例行事みたいに思えてくる。
仲が良いに越したことは無いけど、こう敵対するのも一種の友好関係だと思う。
二人は
「…まぁ、いいわ。二人きりなら三田村さんを滅ぼしてまで阻止しなきゃいけないけど、みんなでと言うなら変なこともできないだろうし」
「あら?何かあったとして倉科さんに対処出来るのかしら?倉科さんって意外とポンコツなところあるし」
「言ってくれるわね…。やっぱり今ここで滅ぼしてあげるべきかしら」
ずいぶん物騒な事を言っているが、とりあえず話は纏まったようだ。
逆に仲がいいからこれだけ言い合いもできるのだろうし、まるで決闘が始まるような雰囲気も気心知れている故のマウントの取り合いと思えば可愛いものだ。
…そう都合よく思わないとやってけない。
どうか二人には仲良くケンカしてほしいと願うばかりだ。
「じ、じゃあそれで決まりだな。花火は8時から始まるから、7時半くらいに神社の入り口に集合な」
花火は祭りがやっている神社から少し歩いたところにある川で行われる予定だ。
といっても、30分も前に集合すれば余裕で間に合うくらいの距離だから問題ないだろう。
「りょーかい。けど、その時間って人が多いから合流できるか心配だな」
花火は祭りの終盤に行われる最大の目玉。
花火の数や規模もなかなかの物で、それ目当てに来る人も多くいるくらいだ。
だから、花火の時間になると入り口周辺はごった返しになるのが毎年の光景なのだが、
「そうだけど携帯あるんだから大丈夫だろ。最悪、現地集合でもいいし」
「それもそうか」
祭りの計画が済み、時間を確認するとそろそろいい時間だったので店を出て解散する。
これで今年の祭りも楽しめそうだ。
杏と過ごすのはもちろんだけど、亮介や鈴香と楽しい時間を共有することが出来るなら満足だ。
夏休み最後のイベントを満喫すると心に決め、期待を膨らませながら帰路についた。
※※※※※※※※※
「亮介、協力して」
その日の夜、鈴香は亮介に電話をかけていた。
彼女持ちの男子に電話をかけるのはいかがなものかと思ったが、鈴香と亮介の関係とこれからする話を考えたらさほど問題にならない。
亮介の彼女である真帆さんも普段から二人の関係を見ているから、そこのところは分かっている。
「ほぉー。そう言うってことは、ついに本気で鈴香も動くのか」
「…何をとは聞かないのね」
「だいたい察しが付くからな。前も言ったけど、俺はヒロみたいに鈍感じゃないんだぞ」
宏人の鈍感さはもう諦めているが、そんなに自分は分かりやすいのかと少し不安になる。
「だけど、一応ヒロは彼女持ちなんだからなかなか難しいんじゃないか?一筋縄ではいかないと思うぞ」
日々の会話から、おそらく亮介は宏人と倉科さんの契約については聞かされていないと思う。
だからそう思うのは当然だろう。
鈴香がやろうとしていることは一見すると、人の彼氏を奪おうとしている行為だ。
「難しいのは分かってる。だけどそこはあまり考えなくてもいいわ。そして勝機がないとは思わない」
契約のことは口外しないように言われている。
例の契約上は問題ないのだが、それを亮介に言うわけにはいかない。
だから、詳しくは言わずにぼかしたように話したつもりだったが、
「ふ〜ん…。ということはやっぱりヒロと倉科さんには何かあるのか」
亮介はどこか腑に落ちたような声音で言った。
ということは、宏人のこれまでの立ち振る舞いについて亮介も鈴香と同じことを思っていたということだ。
「…やっぱり亮介も気づいてたのね」
「そりゃそうだ。具体的には知らないけど、ある日いきなり学校でも有名な女の子と付き合うってなればそう思うだろ。別にヒロは特別モテるってわけじゃなかったし」
亮介は宏人と違って、人の変化に敏感に気づくタイプだ。
そうゆうところも女子にモテる理由なのだと思う。
亮介の推理は正しいが、自分の想い人をそう言われると複雑な気持ちになってしまう。
「それはそれとして、俺が協力するべきなのかは判断に迷うな」
本来、亮介は人の色恋沙汰に手を出すべきではないと考えている。
亮介も鈴香を応援はしているが自ら動くつもりはなかった。
本人同士で手を尽くした方が、どんな結果になろうと納得もできるだろうと思っているからだ。
「そんな無茶なことをお願いするつもりはないわ。……亮介、お願い」
その言葉に亮介は驚いた。
電話越しの鈴香の声には切実な思いがこめられていたからだ。
鈴香とは一年以上の付き合いになるが、これまでこんな声を聞いたことが無かった。
分かっていたことだが、それだけ鈴香の想いも大きいということを再確認されられる。
そして、それが分かってしまったら亮介に断るという選択肢は無くなった。
「…はぁ、分かったよ。で、鈴香は何するつもりなんだ?」
「そうね、今年のお祭りでーーー」
鈴香は亮介に計画を伝えた。
こんなこと人に頼むのはおかしいと思うが、もうしのごの言ってられる状況ではない。
この前の旅行2日目の夜、宏人と倉科さんは二人きりで何かを話していた。
鈴香は何を話したか詳しく聞いたわけじゃないがその結果、劇的な進展ではなくとも何か変化があったと確信している。
その理由は宏人が倉科さんに対しての振る舞い方が変わったからだ。
今までは倉科さんが一方的に詰め寄っているように見えたが、今では宏人も歩み寄っているように見える。
それはどれも抽象的で証拠も何もないけど鈴香には分かる。
誰よりも宏人のことを見てきたつもりだから。
それを感じた鈴香は焦っていた。
このままでは手遅れになってしまうと。
だから、鈴香は亮介に協力までしてもらいこの祭りでアクションを起こそうとしているのだ。
自分の願いである想い人と結ばれるために。
「ーーーどう?やってもらえる?」
「それならなんとかなると思うけど俺がしてやれるのはそこまでだ。それ以上は自分で頑張れよ」
「ええ、分かってるわ。きっかけさえ貰えればあとは自分でなんとかするわ」
人に頼るのは最低限のことだけ。
大事なとこは自分でやらないと気持ちも伝わらないことは鈴香も分かっている。
すると、亮介は何かを考えるように数秒沈黙した後に口を開いた。
「…鈴香。これがどんな結果になろうと俺やヒロとの関係は変わらないから安心しろ。だから頑張れ。陰ながら応援してるぞ」
それを亮介は確信している。
例え、鈴香の計画が成功しようと失敗しようとこれまで築き上げてきた関係は変わらない。
今まで過ごしてきた時間や信頼はちょっとやそっとでは崩れないはずだと。
「…ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。じゃあ、よろしくね」
そう言って鈴香は電話を切った。
部屋の中に静寂が戻ると鈴香はふぅと息を吐いた。
「これでとりあえずの準備は出来たわね…」
亮介の協力があれば、きっかけは作れる。
あとは成功するかしないかは鈴香の行動次第だ。
その時、亮介に言われたことが頭によぎる。
「………変わらないかぁ」
その言葉が鈴香の中で引っかかっていた。
亮介がそう言ってくれたことは素直に嬉しい。
鈴香も宏人や亮介のことは信頼している。
この関係が大切だし、これからも続けていきたいと思っている。
だがもし、上手くいかなかった場合…
今まで通りの関係を続けていけるだろうか?
相手への恋心を綺麗さっぱり捨て、ひとりの友達として付き合っていけるだろうか?
…正直、自信がない。
惨めったらしく恋心を持ち続け、今まで通り共に過ごすことすら苦痛になり、そして離れていく。
そんな自分が容易に想像出来た。
「…今から失敗した時のことを考えていてどうするの。そんな弱気じゃうまくいくものもいかないわね」
鈴香は自分の頬をパチンと叩き、発破をかける。
そんな事は後で考えればいい。
今は自分の願いを成就させるために全力で立ち向かうべきだ。
鈴香はそう決心して自らのやるべき事を再度考えるのであった。
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