第13節 最終決戦へ

―ピサロ居城内部 回廊―


「魔王!? あんた、正体を隠していたとは。あたしたちの側について何を企んでいる!?」


 アリスはこの空間を凍りつかせんばかりの魔力で威嚇してきた。

 二人の従者たちも同様に、見かけによらず桁外れの魔力だ。

 魔王であるカーミラですら、薄氷を踏むかのように冷や汗を流しながら、考えを巡らせているようだ。


 お、おいおい。

 まずいことになった。

 

 俺は死せる賢者を警戒して構えているが、正直に言って俺ではほんの一時でも足止めになれば良い方だ。

 死せる賢者はたったの一言で仲違いを成功させたからか、余裕で今の状況を静観している。


 この状況でカーミラは意を決して口を開いた。


「……我はそなたたちと敵対する気はない。ただ、このアルセーヌの大切なおなごたちの救出を手伝いに来ただけだ」

「嘘を付くな! 人族と敵対する厄災にも等しい魔王が人族のために働くものか!」

「う、嘘ではない! 我は……」

「嘘じゃないのだ! カミッチは良い魔王なのだ!」


 これまでカーミラの胸の上でずっと大人しくしていたイシスが、突然飛び上がった。

 敵対姿勢を取るアリスたちに、カーミラをかばうかのように間に入った。

 いきなり飛び出してきて、おかしなことを言う妖精の姿のイシスに、アリスたちは呆れ顔で冷ややかな視線だ。


「はぁ? 何意味のわかんないこと言ってるのよ? 良い魔王なんているわけないじゃない。魔王なんて世界に害を及ぼすだけの存在じゃないの」

「違うのだ! カミッチはこの世界を良くしようと頑張っているのだ! 無理矢理奴隷にされた仲間たちを助けようとしているだけなのだ!」


 イシスのカーミラをかばう発言は、はっきり言って幼稚で子どもが駄々をこねているかのようだ。

 だが、心の底からの褒め言葉にはその相手の心に響くことはある。

 カーミラは感激して涙を流し、イシスに跪いた。


「ああ、イシス様。私をそこまで評価なさってくださっていたとは」

「当たり前なのだ! あたちは頑張る子は好きなのだ!」

「……ハァ。何これ?」


 アリスたちは毒気を抜かれて脱力してため息をついた。

 本当。

 俺もそう思うよ。


「む!? 影魔法、魔盾障壁イージス!」


 俺たち全員が脱力しているところに、イシスに向けて漆黒の波動が襲いかかろうとした。

 その攻撃をカーミラがとっさに防いだ。

 そして、その攻撃の手を上げている死せる賢者を睨みつけた。


「貴様、何ということをしようとしたのだ!」

「……クフフフ。くだらない茶番を終わらせようとしただけだ。貴様らが勝手に自滅してくれれば楽だったが、そこの羽虫が邪魔をするとは、我ですら予想外であったわ」


 死せる賢者はギロリと睨みつけるように、黒い空洞をイシスの方へ向けた。

 イシスは一瞬ビクッとしたが、すぐに強がって舌を出した。


「ふ、フンだ! あたちの目が黒い内は、そんなことはさせないのだ!」

「ありがとうございます、イシス様。……さて、死せる賢者よ。いくら貴様といえども、我らをまとめては相手に出来まい?」


 カーミラは威風堂々とイシスを守るように死せる賢者と対峙した。

 アリスたちもまたカーミラと戦列を並べて前に立った。


「クフフフ。そうだな。貴様らをまとめて相手取るなど自殺行為だ。ここは引かせてもらう。……ジュリア、戻るぞ!」

「ハイ。キャはキャは」

「む!? 待て、ジュリ……クッ!?」


 気が狂ったジュリアは、命令されるままフラフラと死せる賢者の元に歩いていった。

 それを止めようと聖騎士の女は駆け出そうとしたが、死せる賢者の波動をかわして距離を取った。


「邪魔だ、小娘。妹を返してほしくば『天空の城』へと来るが良い、クハハハ!」


 死せる賢者はジュリアを連れて消えていった。

 それと同時に、アリスの持つ通信魔道具から着信の知らせが入った。


☆☆☆


―アンディ山脈奥地、超巨大火山スーパーボルケーノラパカン山火口付近―


 『天空の城』はこの地へと到着すると火口の真上の空中で停止した。

 

 僕とブリュンヒルデが追いつくと、この不可解な光景に首を傾げた。

 一体、何をしているのだろう?

 火口からマグマのエネルギーを吸い上げている?


 「……まあいいさ。僕たちはこのまま乗り込もうじゃ……え!? こんな事もできるのか!?」


 僕がブリュンヒルデを促して『天空の城』へと乗り込もうとした時だった。

 『天空の城』は魔導障壁を張って僕たちの侵入を防いできた。


「でも、これぐらい……うおおおおお!」

「こら! 何バカなことやろうとしてるのよ! 中にいるみんなごと吹き飛ばすつもり!?」


 僕が聖闘気を高めて、魔導障壁を破ろうとした時だった。

 小型飛空艇からロクサーヌが身を乗り出して僕を怒鳴った。

 驚いて僕が高めていた闘気は霧散してしまった。


「え、でも、僕は……」

「言い訳しない! まったくもう! 力づくで強引にやれば何でも良いわけじゃないのよ! 女の子と同じで『天空の城』も繊細なのよ!」

「は、はい。でも、どうすれば……」

「ここは、あたしに任せなさい! 設計者にして大魔道士のこのあたしが魔導障壁を解除してあげるわ!」


 ロクサーヌは鼻を高くしてドンと胸を叩き、小型飛空艇の上に登って魔導障壁に手をかざした。


「え!? あ、危ないですよ!」

「大丈夫よ。自動操縦に切り替えたから」

「い、いえ、そういうことじゃ……」

「このロクサーヌ様をナメないでよ! ヘマして落っこちるわけ無いわ!」


 ロクサーヌは僕の心配を無視して解除作業を開始した。

 

 どうして僕の知り合う女性はみんな強いのだろう?

 僕は押し切られて苦笑いをしながら、ロクサーヌの近くにブリュンヒルデを寄せた。

 解除作業中は無防備になるから僕がその間、ロクサーヌを守らないといけない。

 僕は逸る気持ちを抑えて、解除作業が完了するまで待ち続けた。


☆☆☆


―天空の城、内部通路―


『十字路の悪魔』ゲーデは城内下層に向けて歩いていた。

 目的地となる機関室、そこにはグウィネスが静かに佇んでいた。


「……ねえ、グウィネス? あなた、何企んでいるのかしらぁ?」


 『天空の城』の機関部となる巨大な魔晄石、超巨大火山スーパーボルケーノラパカン山からエネルギーを充電して鈍く輝いている。

 その魔晄石を静かに眺めていたグウィネスは、ゆっくりとゲーデの方へと振り向いた。


「……別に。私は何も企んでなど……」

「嘘おっしゃい。城下町での騒ぎはあなたのお仲間でしょう?」

「確かにゲリラたちは私の同族たちです。ですが、今の私を彼らは軽蔑しております。その彼らがわたしの命令など聞きはしませんよ」


 グウィネスはあくまでも無表情にシラを切った。

 対して、ゲーデはクスクスと小さく笑った。


「それじゃあ、侵入者を始末しなかったのはどういうことかしらぁ?」

「それは、仮にも元同盟相手です。問答無用に始末するのでは後々問題になるのではありませんか?」

「……ふーん? その件はそれでいいわぁ。それぐらい大したことじゃあないからぁ。でもねぇ、一つあたくしたちの計画に支障をきたすことがあるのよぅ」


 ゲーデは赤い目をギラつかせ、漆黒の闘気を漂わせた。

 グウィネスは悪魔の殺気に気圧され、冷たい汗が背を流れた。


「分かってるのよぅ? あなたの父君と兄君のお友達のあのエルフも来ているのよぅ。それがあたくしたちの大誤算なのよぅ。しかも、不確定要素のシュヴァリエの坊やも一緒なのぅ。計画の邪魔なのよぉ!」


 ゲーデに気圧され、グウィネスは反射的に懐のフェイザー銃に手をやった。

 

「ガハッ!?」


 しかし、グウィネスは後ろから突き刺された。

 背から腹をレイピアの先が突き抜けている。


「キャはハハ! ああ、さすの、きもちいい!」


 ジュリアは恍惚な表情で小さく体を震わせている。

 ジュリアがレイピアを引き抜くと、グウィネスの手に取っていたフェイザー銃は床に落ち、膝をついた。

 そして、ジュリアはもう一突きしようとレイピアを突き下ろそうとした。


「待て!」


 後ろから現れた死せる賢者の一言で、ジュリアはピタリと身動きしなくなった。

 この様子を見て、ゲーデは小さく口笛を吹いた。


「オッホッホ。シュヴァリエの血筋のこの娘を完璧に闇に堕としたわねぇ?」

「ああ。これで実験の一つは成功だ。この娘はアーゴン王国の王家の血筋、つまり勇者ヤツとシュヴァリエの血筋でも闇に堕とす事が可能だとわかった。だが、もう一つ先の実験はまたしても邪魔された。おのれ、シュヴァリエめ! 邪魔立てばかりしおって!」


 死せる賢者の怒りが迸り、そのままグウィネスに止めを刺そうと腕を振り上げた。

 しかし、その腕が凍りつき砕けた。


「何!?」


 そこには、ロザリーを先頭にヴィクトリア、『自由の子どもたち』も一緒だった。


☆☆☆


―再びピサロ居城内部 回廊―


 話は少し遡る。


 アリスは通信魔道具で話し中だ。

 その間、俺たちは、というよりカーミラを中心にモメていた。


「貴様、カーミラ! 魔王でありながらジークに近づいて何を企んでいる!」

「ふん! 貴様に話す気などない」

「な、何だと!?」


 聖騎士の男は血管が切れそうなほど顔を真赤にして激怒している。

 死せる賢者にボロボロにやられていたのに、怪我の治療すらしないで怒り狂っていた。

 カーミラは冷たくあしらい、男はどこまでも怒りが増していくようだ。


 この二人が闘気を迸らせてやり合いそうになるのを俺達は必死で止めた。


「お、落ち着いてください、オリヴィエさん!」


 ヨハンという男の娘が意識を取り戻して間に入り、


「そうだぜ、カーミラ! 今は仲間割れをしている場合じゃねえぞ!」


 と、俺も間に入っている。

 その俺を見て、男は驚愕に目を見開いた。


「な!? あ、アルセーヌ、か!? お前、こんなところで何を!?」

「え? えっと……誰だっけ?」


 俺は誰か分からずに正直に口に出してしまった。

 男から、ついに血管がキレてしまったかのような音がした。

 と、同時に俺は宙を舞っていた。


「ぶべら!?」

「貴様! 兄の顔を忘れるとは、どこまでも愚弟なのだ!」


 お、おう。

 思い出した。

 この世界に来てすぐに出会った、聖騎士の兄貴だ。

 

 俺は釣り上げられたマグロのように痙攣して意識が飛んだ。


☆☆☆


「ハッ!?」


 俺は再び三途の川から追い返されて息を吹き返した。


「ご主人たまー!」


 レアが涙目で俺に抱きついて全身を擦り付けてきた。

 また俺は死にかけていたようだ。


「……やれやれ、やっと目が覚めたか、行くぞ」

「へ!? い、行くって、どこに?」


 カーミラは呆れ顔で俺を見下ろしている。

 俺は混乱した頭で周りを見回すと、揉め事は解決してみんな出発する準備が完了していた。

 

「寝ぼけてんじゃないわよ。決まってるじゃない。『天空の城』、ピサロのくそオヤジをぶっ殺しに行くんじゃない。これで終わりよ!」


 アリスは冷たく言い放ったが、俺はついさっきまで意識不明の重体だったんだから知るわけねえよ、とツッコみたかったが、余計なことを言ってまたぶん殴られたくないので黙っていた。


 俺は訳も分からずにみんなの後をついていき、ロザリーとヴィクトリアが無事だということを歩きながら教えてもらった。

 通信魔道具で話をしていたのが、アリスたちと一緒に乗り込んできた『自由の子どもたち』とかいう連中らしく、共同でピサロたちを倒そうとしているらしかった。

 ロザリーとヴィクトリアは牢から脱走して、そいつらと行動をともにしていることを教えてもらい、俺も心配事がなくなって気合が入った。


 俺達は最終決戦に向けて、転移魔法陣に乗り込んだ。

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