第8節 魂の本質
―アルカディア大陸南部 ピサロ領 アンディ山脈―
あれ?
おかしいな?
ええっと、あれ、誰だっけ?
俺は目をゴシゴシと擦った。
「ああ、ジークフリート様! 本当に現実におられるのですね!」
「うわっと、カーミラ!? う、うん、そうだけど、君こそどうしてここに?」
「うふふ。私達は魂の絆で結ばれているのですよ? 会いたいと願ったらいつでもお会いできるのです」
「え、そうなの、かな? 僕も少し前に君に会いたいと思ったけど」
「まあ、嬉しいですわ! ジークフリート様も私と同じお気持ちだったなんて!」
カーミラは、しなを作って甘えながら艶やかな微笑みを浮かべて、ジークフリートとやらの腕に抱きついている。
口調まで変わって、魔王の威厳もなにもない。
女の武器を一部の無駄もなく全身で使っていた。
ナニコレ?
俺に対する態度とぜんぜん違うんですけど?
ネコ何枚被ってんの?
どんなバケネコ被ってんの?
人格違いすぎるし。
ん?
ふと、カーミラと一瞬目が合った。
ああ、そうだな。
俺もカーミラとはしばらくずっと一緒にいたんだ。
魂の絆とやら程ではないが、アイコンタクトで言いたいことは分かる。
で、何を言いたいんだ?
なになに?
余計なことは言うな。
黙っていないと、コロス、か。
…………。
……うん、やっぱ『魔王』だー。
やっぱ、こっちが本性だよねー。
ああ、やっぱこの女怖えー。
「ねえねえ、カミッチ! この子だーれ?」
地面に転がっていたはずのイシスは、パタパタと羽ばたいてカーミラの肩の上に止まってコテンと首を傾げた。
カーミラは、ハッとして真面目な顔つきになって、慇懃なまでにそっとイシスを両手の上に乗せてうやうやしく跪いた。
「ハッ! 申し訳ございません、イシス様。こちらは『神の子』ジークフリート・フォン・バイエルン様でございます。そして、ジークフリート様。こちらにおわす御方は、『
「え!? グ、『
ジークフリートは、驚愕の表情でイシスを見た。
イシスは調子に乗って、腰に手を当てて自慢気に胸を張った。
「フッフッフ! えっへん! あたちがこの世界の創造主、美の女神イシス・エメラルド様なのだ!」
「……え、ええっと、う、うん」
「ムッキー! なんでカミッチ以外誰も信じないのだ!?」
ジークフリートは目の前の小さな妖精に戸惑っているのか、首筋を軽く指でかいた。
イシスはムキになって怒っているけど、俺も知らなかったらそう思う。
だって、こんなアホ面の大人気ない妖精が自分たちの女神様だなんて信じられるわけないだろ?
「うぬぬぬ! アル! 笑ってないで、あたちがこの世界の創造主だって教えてやるのだ!」
「ええ?……無理だろ?」
「ムキー! アルのバカ、アホ、鈍感、童貞!」
「お、おい、バカ! や、やめろって! こんなことしてっから誰も信じねえんだろうが! ってか、童貞関係ねえし!」
イシスは涙目になりながら、俺の髪を引っ張ってきた。
まったく、このアホ駄女神には、やれやれだぜ。
「ええっと、ところで彼らは?」
ジークフリートは俺たちを不思議そうに見回した。
カーミラはレア達を紹介していったが、なぜか俺は紹介されなかった。
「……おい、俺は?」
「は? 貴様のような下郎など紹介する必要あるのか?」
カーミラはフンッとそっぽを向いた。
俺の中で何かがキレた音がした。
「ふ、ふふ、ふざけんなよ! 俺がどんだけ苦労して奴隷解放手伝ったと思ってんだよ!」
「ふん! そんなもの当然であろう? 貴様の先祖の仕出かした罪滅ぼしではないか」
「はぁ!? そんなもん俺の知ったこっちゃねえし!」
「貴様こそ我に感謝してもらいたいものだな? 貴様の大切なおなご達を救出しに行くのに手を貸してやっておるのだぞ?」
こんのアマ!
一瞬見直して損したぜ!
どこまで性格悪いんだよ!
「……へぇ? 何だか、すごく仲良いね?」
「はぁ!? どうやったらこいつと仲良さそうに見えるんだ、よ?」
俺は、横にいるジークフリートが全く見当違いのことを言うので、振り向いて勢いでツッコもうとした。
だが、俺は戦慄して言葉に詰まった。
「こいつ? へぇ、カーミラをそんな風に呼んでるんだ? カーミラが人族からそんな呼ばれ方しても何もしないし、感情をむき出しにして言い合いをするなんて、普通じゃありえないよ? どういう関係なのかな?」
な、何か、とんでもないオーラで威圧してくるんですけど?
顔は笑顔なんだけど、目が笑ってませんけど?
え、何?
も、もしかして、嫉妬、してんの?
「ま、待て、お、落ち着け! お、俺たちは何もやましい関係じゃ……」
「教えてあげるのだ! アルとカミッチは実はケンカするほど仲が良いのだ! 初めの出会いはカミッチが強引に迫って、アルをメロメロにしたのだ。それから、ゴハンも一緒に食べに行って、一緒に寝たし、ずっと二人は付き合っていたのだ!」
と、イシスは俺の釈明を食い、ニヤニヤしながら語り出した。
こ、この駄女神、仕返しか!?
やられたらやり返すのか!?
さっきの俺の雑な扱いに、10倍返しか!?
「って、おぃいい! ち、ちげえだろ! カーミラが強引に攫って、俺をメタメタにしたんだろうが! それに、付き合ったって奴隷解放に付き合っただけだろうが! 一緒に仕事してんだから、寝食も共にして当然じゃねえ……いて!?」
イシスが舌を出して俺を挑発してきたが、俺は必死に釈明をした。
と、そこに顔に何がペチッと当たったので、その物体を眺めていた。
「えっと……手袋?」
「ああ、そうだよ。君に決闘を申し込もう」
「……は?」
俺が意味がわからずに唖然と口を開けていると、ジークフリートは静かに佇み、そう答えた。
なぜか、俺は『神の子』に決闘を申し込まれてしまった。
☆☆☆
―ジークフリート視点へ―
僕の目の前では、名前も知らない男が間抜けな顔を晒している。
なぜかは分からなかった。
この男の存在になぜかイライラさせられる。
確かに、カーミラと仲良くしているのを見るのが気に食わないこともある。
でも、魂の奥底で僕には分からない何かが渦巻いているように感じた。
僕は何かに誘われるようにこの男に決闘を申し込んでいた。
「ジ、ジークフリート様!? お戯れを! このような下郎などでは決闘どころか、勝負にすらなりませんよ!」
カーミラは戸惑いながら、僕を宥めようとしている。
「そ、そうですニャ! ご、ご主人たまには手を出させないニャ!」
ネコの獣人の子供は、震えながらも健気に僕の前に小さい体で立ち塞がった。
僕はその子供の献身さに思わずクスリと笑った。
僕はイライラとしてはいるが、まだ自分を見失うほどではない。
冷静に相手の男を見た。
自分をかばうように立つ子供に、困ったように何か言っている。
確かに、本気で戦いを挑むほどの相手でも悪人でもない。
むしろ、獣人の子供に慕われるほど、種族を超えた何か良い魅力でもあるのだろう。
僕は落ち着こうと大きく吸い込んで吐き出した。
「……ふぅ。無礼なことをしてしまってすまない。決闘を取り下げさせてもらってもいいかな?」
「じ、ジークフリート様!? こ、こんな奴に頭を下げるなど!」
頭を垂れる僕に、カーミラが驚きの声を上げた。
僕は気にせず、頭を下げ続けていた。
「お、おう。俺は気にしねえぜ? 誤解が解けて良かったよ」
と、男はホッとしたように笑った。
よく見ると、よく知っている誰かに似ているような?
ちょっと悪戯心が湧いてきた。
僕は一歩踏み出した。
「決闘は取り消しだけど、ひとつ試させてもらってもいいかな?」
「お、おお、いいぜ? 何だ?」
「僕と立ち会ってくれないか?」
「は!? 決闘はやめるって……」
「ああ、決闘はしないさ。でも、僕と少し立ち会ってほしい。僕はなぜか剣を交えれば相手のことが分かるんだ。なぜかは分からない。君のことが無性に気になる。僕は言葉ではなく、君の本質を知りたいんだ」
相手は少し逡巡しているようだ。
でも、ハァッと大きく息を吐き出して決断した。
「……分かった。いいぜ」
「そう、よろしく。……そうそう、君の名は?」
「俺は、アルセーヌだ」
「アルセーヌ? それだけ? 君には家名がありそうだけど?」
「……チッ、しょうがねえな。シュヴァリエ。アルセーヌ・ド・シュヴァリエだ」
「シュヴァリエ? もしかして、あのシュヴァリエ家かな?……アッハッハ! そっか、やっぱりそうだったか」
「はぁ。やっぱ知ってるのか。だから言いたくなかったんだ。期待すんじゃねえぞ?」
と、アルセーヌは何か思い違いをしているのか、気が乗らないようなため息をついた。
僕が思わず笑ってしまったのは、疑問が一つ解決しただけなのに。
僕は木剣、アルセーヌには得意な得物を持たせた。
カーミラが、それでも勝負にならないと呆れたように言ったことで、アルセーヌは流石に癇に触ったのかやる気を出したようだ。
へぇ、雰囲気が少しマシになったかな?
「ああ、ところで、君たちはこんなところで何をしていたの?」
「あ?……俺の大事な仲間が攫われたんだよ。今から取り返しに行くところだ」
「へぇ? それは気の毒だったね?……ここにいるってことは、その相手ってピサロたちかい?」
「え!? お前、なんで……いや、そういえば、『神の子』ジークフリートって覚えているぞ? 確か、暗黒竜とかいうやつを倒したって……そうか。お前、聖騎士だったのか。まさか、お前は……」
アルセーヌは疑惑の目を僕に向けてきた。
また勘違いをしているけど、今度は僕は黙っていた。
いや、逆に煽って挑発してみよう。
「君が思っているとおりだったらどうする?」
「て、てめえ!?……うおおお、夢幻闘気!」
アルセーヌは見たことも聞いたこともない、不思議な闘気を全身に纏い、不意をつくように僕に斬り掛かって来た。
その闘気を、魂の力を見た瞬間、僕の身体が勝手に身震いを起こした。
なぜだろう?
どんな強敵と戦ってもここまでのことはなかった。
僕もまた、聖闘気を、魂の力を解放し、アルセーヌの剣を真っ向から受け止めた。
ぶつかりあった瞬間に、魂の中の何かが目覚めた。
苛立っていたのは、憎しみからではない。
ああ。
魂が奥底から溢れんばかりの歓喜で震えている。
・・・・・・・・・
―カーミラ視点へ―
「ぐぅおおお!?」
アルセーヌの不意をついた全力の一撃ではあったが、ジークフリートに真正面から受け止められ軽く弾き飛ばされた。
アルセーヌは両足で着地は出来たが、戦慄した表情で膝をついている。
まあ、当然のことよ。
ジークフリート様と、あの下郎とではレベルが、いや次元が違いすぎる。
初めから分かりきったことであるのに、なぜジークフリート様はこのような茶番を?
茶番でありながら、何故、我が愛しの君はそれほどまでの歓喜の笑みを浮かべておいでなのですか?
やはり貴方様は、あの御方の……
「ねえねえ、カミッチ? どうしたの?」
私はハッとして思索の海から戻ってきた。
いつの間にか、イシスが不思議そうに見上げながら私の胸の上にいた。
「いえ、大したことではございません、イシス様」
「ふーん、そうなの?……あーあ、情けないなぁ、アルは。ジーくんに勝てるわけ無いって初めから分かってるのに、ビビっちゃって」
「仕方がありませんよ。ジークフリート様はこの世界の最上位の一人に数えても良い御方。あの下郎とでは話にもなりませんよ」
「むむむ! そんなことはないのだ! あたちの管理者はやれば出来る子なのだ!……こらぁ、アル! 頑張るのだ!」
イシスは私のアルセーヌを小馬鹿にする発言にムッとしてしまった。
大声を張り上げながら応援している。
レアたちも私達の隣にやって来た。
「そうですニャ! ご主人たま、頑張ってくださいニャ!」
アルセーヌもイシスとレアの応援を受け、ジークフリートの重圧から飲まれないように気合を入れ直したようだ。
震える膝を両手で叩き、立ち上がった。
「があああ! おう、分かったよ まだまだこっからだぜ!」
「アハハ! 良いね、圧倒的な力の差を見せつけられても折れない精神力! じゃあ、これはどうかな?」
ジークフリートは聖闘気を直接アルセーヌに放ち、威圧で制そうとした。
アルセーヌは再び圧倒され、息も止まりそうなほど冷や汗を流しながら身動きが取れなくなった。
「な、んだ、これ? う、動け、ない?」
「どうしたの? この程度で終わりなの? これで終わりなら、君はただの役立たずだね? この先には聖騎士レベルの連中がゴロゴロいるんだ。君なんかが来たって良くて無駄死に、最悪僕たちの足手まといにしかならない。君の大切だっていう仲間は僕たちが救い出してあげるよ? 君はここでおとなしく待っていなよ?」
ジークフリートはまるで挑発するかのようだ。
らしくない。
嫌味な悪役を演じているみたいだ。
「ふ、ざけんな、よ。ナメんじゃねえ!」
アルセーヌはまるで覚醒したかのように、魂の力が迸った。
ジークフリートの威圧を振り切って、堂々と真正面から立ち会った。
その様に、ジークフリートはさらに嬉しそうに笑っている。
「ああ! 思い出したのだ!」
「どうされました、イシス様?」
「どうって、アルの魂がどっかで見たことあると思ったら、400年前に見たのだ!アルの身体のご先祖様なのだ!」
「……ええ、そうですか。イシス様も私と同じ見解なのですね。流石は『
やはりそうか。
私がアルセーヌを生理的に嫌悪感を抱く理由は、あの男、シュヴァリエの始祖と同じダイヤモンドの魂の持ち主だからか。
「うんうん、あたちの管理者選びは間違っていなかったのだ! アルの魂と身体の相性はバッチリ最高なのだ!」
イシスはわたしの胸の上で小躍りをして喜んでいるが、私は内心複雑だった。
あの御方と同じく、ジークフリート様を本当に楽しませることの出来る相手は、あの男と同じ、シュヴァリエなのか、と。
あの御方の親友にして好敵手、そして、仇。
私からあの御方を奪った相手であるのに。
我が愛しの君が歓喜の表情を浮かべる様を見ると、私の胸は締め付けられた。
それからは、アルセーヌが攻め、ジークフリートが受けていた。
それは立ち会いとは呼べないほど一方的なものだった。
アルセーヌはミスリルの剣でありながら、ジークフリートの木剣に軽く受け流され、返され、蹴られ殴られ投げられ、ボロボロになるまで続けた。
「ぜはぁ、ぜはぁ」
「……そろそろ、終わりにするかい?」
ジークフリートは余裕の表情で肩をすくめてアルセーヌに問いかけた。
アルセーヌはギラリとした目で睨みつけた。
「まだだ! くっそー! 調子に乗りやがって、このクソガキ!」
「アッハッハ! そんなにボロボロになっても減らず口を叩けるなんて。君って意外と負けず嫌いなんだね、面白いよ? でもさ、君も僕と同じクソガキだよ?」
「うっせーうっせー!」
アルセーヌが飛び込み、ジークフリートがその一太刀を受け流そうとした。
もう見飽きた展開だった。
しかし、ここで予想外のことが起こった。
「え!?」
誰もが目を見開いた。
ジークフリートの木剣がついに斬り落とされたのだ。
そうか!
ずっと同じことをバカみたいに繰り返しているように見せかけて、この一撃を狙っていたのか。
正確に同じ軌道、同じ力で打ち続け、今回も同じだと思わせて、最大の闘気を纏った一撃を放ったのだ。
ジークフリートですら騙された。
「へへ! もらっ……ごふぅ!?」
アルセーヌは狙いすましたように、ジークフリートに次の二撃目を斬りかかろうとしたが、裏拳一発で宙を舞った。
それから、ジークフリートは斬り落とされた木剣を見ながら本当に楽しそうに笑った。
「アッハッハッハ! ああ、すごいよ! まさか、これを狙っていたなんて! 現役の聖騎士でもここまでのことは出来なかったよ?」
「……うるせえ。俺は全然面白くねえよ。こんなにボコボコにしやがって」
「ああ、ごめんね。僕は君のことを認めるよ。ねえ、一緒にピサロと戦わないかい?」
ジークフリートは屈託のない笑顔で、アルセーヌに手を差し出した。
アルセーヌは一瞬何かハッとしたような顔になり、ガシガシと頭をかいて差し出された手を握り返そうとした。
「ああ、よろしく頼……ぐわああああ!? これ、握手じゃねえし! 握撃じゃねえか!」
「……え? 何それ?」
「くっそー! お前本当は悔しかったんだろ!」
「ええ? 何のことかなぁ?」
痛がってしゃがみ込むアルセーヌに背を向けて、ジークフリートはクスクスといたずらっぽく笑った。
あまりにも輝かしい笑顔なので、私の胸がチクリと痛んだ。
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