第16節 ぶつかり合う

―アルカディア大陸北東部 ハドソン高地―


「おお! あれが噂のヴァイキングでっか? どいつもこいつもごっついのぅ!」


 アイゼンハイムは、対峙する相手軍を楽しそうに眺めている。


 その視線の先には、トールキンを大将に、ヴァイキングが一個小隊ほどいる。

 人族以外にも、北部に住むエルフも軍に加わっている。

 連邦軍本隊よりも、はるかに精強な雰囲気がある。

 北の大陸出身のヴァイキングたちはもちろん、生きるのも厳しい北部で生活している者たちだから当然でもあろうか。


「ホンマ、団長もええ仕事振ってくれたわ。ちいとばっかやる気出てきたで!」


 アイゼンハイムは腕をぐるぐる回しながら、一人で敵陣に向かって歩いていった。

 自軍の大将が勝手な行動をし出したので、連合軍兵たちはざわざわとしだした。

 それをアイゼンハイム配下の聖騎士たちはフッと鼻で笑った。


「たかがこの程度のことを気にしていては、巨匠マエストロの部下はやっておれんぞ? 『奇術師』は何をしでかすのかわからないからこそ、『奇術師』なのだ」


 相手側はどう思ったのだろうか?

 アイゼンハイムが無造作に歩いてきたことで内部に混乱が生じた。


「静まレ!」

 

 しかし、トールキンの一喝でピタリと静まり返った。

 北部の荒くれ者達を統率するトールキンは、やはり別格の将のようだ。


「お前ラ、何を恐れル? 何か企みがあるっテ? ただのハッタリだっテ?……それがどうしタ! ワシは偉大なる海の戦士ヴァイキングだゾ! お前らモ、勇猛な北部の戦士ダロ!」


 トールキンは鼻息荒く堂々と前へと進み、アイゼンハイムと真正面から向き合った。

 二人の体格差は、ほぼ倍近く差がある。


「ふん! ぐらいの大きさしかねえカ。……だが、強えナ?」

「お? 何のことかよう分からへんけど、見掛け倒しやなさそうやな。エイリークたらいう奴とどっちが上かいな?」

「エイリーク、だト!?」


 トールキンは俯いてプルプルと震えている。

 そして、鬼の形相で目を剥き、暗黒闘気が全身から迸った。


「あのクソガキの名を出すナ! 『海賊王』の息子という重責でありながら、『冬将軍』で亡者に成り下がりやがっテ! しかも、同胞たちや親友にまで手にかけたクソ野郎メ!」

「うひょー! 大した暗黒闘気やんけ? ここまでのは、魔族でもなかなかおらへんで? 魔王軍評議会13席クラス、つまりワイら七聖剣クラスやな!」

「強がるなヨ、小せえの? ワシはヴァイキング戦士団の幹部ダ! 南部の軟弱な奴らなんぞ、蹴散らしてやるワ!」


 トールキンは巨大な斧を片手で振り下ろし、アイゼンハイムのいた地面にはクレーターのような大穴が開いていた。


 アイゼンハイムは身軽に横っ飛びし、攻撃を避けざまにどこから出したのか、無数のナイフをトールキンに投げつけていた。

 トールキンはトールキンで、このナイフの弾幕をもう片方の手にある分厚い鉄板のような盾で軽々と防いだ。


「へえ? なかなかやるやんけ?」

「ぬかセ! こんなもの、ただの挨拶代わりダロ?」

「せやな。そやけど、見てみい? 腹に何か刺さっとるで?」

「ああ!?」


 アイゼンハイムはニヤニヤしながら、トールキンの脇腹を指差していた。

 そこには、投げつけられた逆側の脇腹にナイフが刺さっていた。


 トールキンは一瞬驚愕したような顔になったが、すぐにナイフを引き抜いてニヤリと笑った。

 どうやら、ただのナイフ程度の刃渡りでは、トールキンの分厚い筋肉を貫けなかったようだ。

 まるで蚊に刺されたかのようにダメージがない。


「何だ、これハ? 面白えことするじゃねえカ?」

「ブワッハッハッハ! 挨拶代わりのマジックやで! ワイの二つ名は『奇術師』や。よろしゅう頼んまっせ?」

「ガッハッハ! 楽しませてくれるじゃねえカ! 同じ聖騎士でも、ピサロのゲス野郎とは違うみてえダナ?……気にいったぜ!」


 二人の大将のこの大笑いが合図となり、両軍がぶつかりあった。


 どちらも堂々と真っ向から戦った。

 しかし、決着はつかず、日が暮れる頃、互いに軍を引き合った。


 こうして、アイゼンハイム軍と北部軍の戦線は膠着状態となった


・・・・・・・・


―アルカディア大陸東北中部 湖水地方シルバニア―


 時は、ほんの少し前に遡る。


 娼館に潜入捜査をしているヨハンと連絡を取り合うため、オリヴィエが娼館の中に入っていくのをジークフリートは見届けた。


 ジークフリートは宿舎へと戻り、ブリュンヒルデの世話をしなければいけなかったからだ。

 この大陸に来てからはヨハンがほとんどやってくれていたが、ヨハンが任務についているので、今はジークフリートが面倒を見ていた。

 だが、ブリュンヒルデはジークフリートの飼い神鳥ガルーダなので、本来は飼い主が責任を持って世話をしないといけないため、当然のことである。


 繁華街では、アウグスタもいた。

 アウグスタも任務中で、ヨハンのバックアップのため、見張りとして街に立っている。

 その姿は、街娼のような露出の多いドレスを着て、変装をしている。

 少々慎ましい胸ではあるが、褐色肌のよく鍛えられた肢体は、まるで野生の美獣のようだ。

 しかし、愛想は全く無く不機嫌に顔をしかめ、声をかけようとする男たちを睨みつけていた。


 見張りに立つのは、女性聖騎士たちで構成されるアマゾネス隊の隊員たちで、交代制だ。

 どの隊員たちも男勝りだから、娼婦らしくないのではないか、と考えてしまうのだが。


 さて、そこに一人の裏方仕事の若いメイドが娼館の中に入っていった。

 メガネでおさげのメイド服姿、どこからどう見ても雑用係であり、見た目には特に怪しいところはない。

 手には、娼館に囲われている娼婦たちの化粧品などを抱えている。

 

 そのメイドは元気に、注文を頼まれていた娼婦たちに荷物を配っていった。

 そして、当然ながら個室で客(オリヴィエ)を待つヨハンの元へもやって来た。


「はーい、ヨハンナちゃん! おまたせ!」

「あ、ジュリーさん。 いつもありがとうございます」

「いいのよ。ヨハンナちゃんは、ウチの稼ぎ頭なのよ? 新人なのにいきなり太いお客を掴んだんだもの、何でもお手伝いしてあげるわ」


 ジュリーと呼ばれたメイドは、化粧道具を持っていた。

 そして、イスに座ったヨハンに化粧を施していった。


「ああ~ん! ヨハンナちゃんのお肌って、ハリがあって美白透明肌だから憧れちゃうわ!」

「そ、そんなことないですよ。ジュリーさんみたいに健康的な褐色肌だって素敵ですよ。ボクよりずっとキレイです」

「嬉しい! あたしみたいな雑用にもお上手なこと言って、食べちゃいたいわ」

「ひゃん!?」


 ジュリーはからかうように、ヨハンの耳にフッと息を吹きかけた。

 ヨハンはビクッとして、小さな声を漏らした。


「や、やめてくださいよ!」

「うふふ。照れちゃって可愛い! あたし、ヨハンナちゃんみたいな可愛い女の子って大好きよ?」

「う、うう」


 ヨハンは真っ赤になって恨めしそうにジュリーを見ている。

 ジュリーは毎回ヨハンをからかって遊んでいたのだ。

 この日もまた笑いながら部屋を後にした。


 この後、オリヴィエがこの部屋にやってきたのだが、すでに罠は仕込まれていた。

 ジュリーの持ってきた化粧品の中に、催淫薬である『魔女の媚薬』があったのだ。


 ヨハンとオリヴィエが、術中にハマった頃合いを見計らい、ジュリーは部屋の中に侵入していった。

 ふたりとも理性を失い、ジュリーが忍び寄ってきたことにすら気が付いていなかった。

 ジュリーの手には、レイピアが握られ、絡み合う二人に突き下ろさんとしていた。


「ゴメンね、ヨハンナちゃん? これがあたしの任務なの。あたしの仕事は、聖騎士の男を殺すこと。言っておくけど、大好きっていうのは本当よ? でもね、あたしって悪い女なの。好きになった人を殺したくなっちゃうのよ。前もそうだったわ。任務は聖騎士の男を始末するだけだったけど、相手の女の子も殺しちゃった。あの子もいい子だったわ。どこかの事業に失敗した男の娘で、幼い弟と妹を養っていたのかしら? うふふ、もう忘れちゃった。そんなことどうでもいいわ。でもね、あの子を貫いた時、すっごく気持ちよかったの。初めて絶頂を感じたのよ」


 ジュリーは恍惚とした表情で二人を見下ろしている。

 片手でレイピアを持ち、もう片方の手で濡れている股の間を擦った。


「……ぅん。ねえ、分かる? すっごく熱くなってるわ。想像するだけでイッちゃいそう。このまま貫いちゃったらどうなるのかな? うふふ。ねえ、今挿しちゃうからね? 一緒にイッちゃいましょ?」


 ジュリーが振り上げていたレイピアを突き刺そうとした瞬間だった。


「そこまでだ、暗殺者!」

「う!?」


 窓ガラスから何者かが飛び込んできて、ぶつかりあった。

 ジュリーは壁際まで弾き飛ばされた。


 それは、レイピアを片手にもったアウグスタだった。

 服装は変装用のドレス姿だが、聖闘気を纏い、臨戦態勢だ。

 間一髪、オリヴィエとヨハンは助かった。

 だが、未だに催淫薬の影響下にあるようだ。

 オリヴィエは今まさにヨハンを貫かんとしていた。


「な!? 何をやっている、貴様ら! さ、さっさと目を覚ませ、汚らわしい!」


 アウグスタはオリヴィエの尻を蹴り飛ばし、二人まとめて光の浄化魔法をブッかけた。


「ハッ!? わ、私は一体何を……う、うわああ!?」

「ぼ、ボクは……ひゃああ!?」

 

 オリヴィエとヨハンは正気に戻ったようだ。

 ふたりとも悲鳴を上げながら急いで服を着ていた。

 こちらも間一髪、一線を越えることはなかった。


「……やれやれ、狩人が罠にかかってどうする」

「うぐ、面目ない」

「さて、観念するがいい、暗殺者!」


 アウグスタは、俯いて小刻みに震えているジュリーにレイピアを向けた。

 ジュリーは怯えているのだろうか?

 いや、違う。

 我慢を堪えきれなくなり、大笑いを始め、メガネとおさげのカツラがずり落ちた。


「ぷ! ふふ、うふふ。アッハッハッハ!……こんなオリヴィエが見られるなんて! ふ、ふふ。面白いなぁ、そうでしょ、アグ?」


「な!? そ、そんな、お前は、ジュリア!?」


 暗殺者の正体、それはアウグスタの妹ジュリアだった。

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