第七節 それぞれの夜
―プリマヴェーラ諸島 妖精島―
緩やかに時間が流れ、穏やかな夜の帳が下りた。
今は、妖精の住む巨木の森の中で焚き火をし、エルフたちが、焚き木の爆ぜる音や虫などの音色と調和する、フォークソングのような音楽を奏でている。
その音楽に、妖精たちと子どもたちが踊り、俺はちらりと見て、口元が緩んでしまう。
「あら? アル、あんた料理できるの?」
ロクサーヌが、へぇっと感心したように石焼バーベキュー台の前に立つ俺のところに歩いてきた。
その後ろには、分厚いノートを脇に抱えたロザリーがニッコリと笑った。
「そうですよ、ロクサーヌさん。アルの作る料理って意外と美味しいですよ?」
俺はめったに料理は作らないけど、実はやる気があれば出来る。
元の世界の俺は長いこと独身ぐらしだったし、職業柄、ワインのつまみも自分でよく作っていた。
元の世界でアッチコッチ行っていたけど、若い頃はしょっちゅうキャンプもしていた。
そのおかげで、そこにある物でどうにかするのは得意な方だ。
今は、エルフの一人に丁度良い大きさの石焼き台を土魔法で作ってもらい、ユッグに森の間伐材を貰って火を付けている。
今回の旅は、キャンプが多くなるという話だったから、工業都市で色々と食材や調味料を買ってきていたのだ。
メインの食材はタチウオみたいな魚のモンスター、サーベルフィッシュを釣ってきた。
さすがは、この島の周囲に人間がいないだけあって入れ食いだった。
この魚は、胴体がムチみたいにしなやかな上に、背びれが刃みたいに鋭いので、油断したら指どころか、腕も切り落とされるので、闘気をまとい慎重にさばいた。
さすがに食いしん坊な俺でも初見の食材を刺し身で食べる勇気はなかったので、一部は玉ねぎとレモンでマリネと、玉ねぎの食べられないレアのためにタタキを作った。
残りは外はカリカリ、中はジューシーな塩焼きにして、この島で取れたパッションフルーツで作ったソースをかけ、自生しているバナナも焼いて、マデイラ風にしてみた。
フィリップには、皮むきなどを手伝わせている。
妖精たちやデザート用に、またも土魔法で石窯オーブンを作ってもらい、タルトを焼いた。
持ってきた卵を全部使ったので、悪くはない出来だと思う。
トッピングは、この島のフルーツをふんだんに使った。
フルーツの調達は樹人族たちにやってもらったので、質も良く、十分な量が手に入った。
そして、料理が完成する頃、ロザリー、ロクサーヌ、妖精女王のターニアが森の奥地から戻ってきたわけだ。
この森の奥地には、この島の結界の中心となる祠があるみたいで、ロクサーヌがその点検をしに行っていた。
これが、ロクサーヌの用事で、ロザリーはその魔法理論が卒業研究のテーマの一つらしい。
魔法の全く使えない俺にはよくわからないけど、ロクサーヌはとんでもないレベルの魔術士、『大魔導士』の称号を持っているらしい。
しかも魔道具作りの天才、あのシャト◯ポッドも自作したそうだ。
ただのワガママな下ネタ女ではなかったようだ。
「アハハ。ロザリーに褒められたら、嬉しくなるよ。本当はロザリーのほうが美味しいけど、今日は特別だぜ?」
俺は調子に乗って、笑った。
ロザリーは、照れてしまったのか真っ赤になって顔をそらした。
その横で、ロクサーヌはエロい顔で笑った。
「むふふ! イチャついて熱いわね! 今夜は、久しぶりに好きなだけ絡み合いなさいよ!」
「べ、別に俺達はそんな関係じゃねえっすよ!」
「そ、そそ、そうですよ! ば、バカなことを言ってないで、ご飯にしましょう!」
「へっへっへ。姉御、照れなくていいっすよ? 姫様は、オレとお嬢で……げはぁ!?」
「黙りなさい!」
ロザリーは、調子に乗ってニヤつくフィリップのたるんだ腹に、氷弾を打ち込んだ。
俺とロザリーは、これ以上イジられたくないので、焦って食事を運んでいった。
感心して損したぜ!
やっぱりただの脳みそピンク女だ!
俺達は料理をテーブルの上に並べ、最後に妖精たちは、パタパタと協力しながらタルトを運んできた。
その上には、ろうそくを18本並べて火を付けている。
エルフたちが、楽器を演奏し、俺達は歌った。
「え!? こ、これって……」
「へへ。誕生日おめでとう、ロザリー。ちょっと遅くなっちまったけどさ」
そう。
これが、俺がわざわざ料理をしていた理由だ。
俺たちが北の大陸にいて離れている間に、ロザリーは誕生日を迎えていた。
それで、俺達はサプライズを計画していたのだ。
そして、もうひとつ、俺は隠していたものをバッグから取り出した。
「え? これは?」
「こいつは、北の大陸だけにしか咲かない氷の花だ。そいつをガラス玉で閉じ込めて作ったペンダントだよ。さすがに俺じゃ作れないから、ヴァイキングの職人に頼んで作ってもらったけどさ」
俺が照れくさくなって笑うと、ロザリーは感激してくれたのか涙を流し、ローブの裾で軽く押さえている。
俺とレア、ヴィクトリアはサプライズが成功して、満面の笑みで笑った。
落ち着いたロザリーにろうそくの火を一息で消してもらい、全員に行き渡るように切り分けた。
何個も作ったから足りたけど、妖精たち用に細かく切るのは大変だった。
俺達は、この島のエルフたちが作った
子どもたちはフルーツジュースだけどな。
妖精たちも飲んでる。
『キャッキャッキャ! おいちー!』
飲むというより、浴びている。
『飲んで、飲んで、飲んで~!』
浴びるように飲むではなく、樽に飛び込んで浴びながら飲んでいる。
『パーリラーパリラパーリラーハイハイ!』
妖精たちの飲みっぷりは……
……うん、見なかったことにしよう。
さて、タチウオみたいな魚だが、脂も乗っていて肉厚な身がとろけるようで、パッションフルーツのソースが、まるで春の風のような甘酸っぱさで絶妙に合う。
マリネももちろん文句なしだ!
この世界のエルフたちは菜食主義ではなく、人間と同じように雑食で何でも食べる。
反応は悪くもなさそうだ。
「あ、ああああん! いい、いいわ! 腰が砕けそうだわ!」
隣で、どっかの料理漫画のようなリアクションをしている、酔っぱらいエロフは放っておこう。
ヴィクトリアもレアも美味しそうに食べ、フレイヤとロロには味付けなしで焼いただけの魚を与え、美味しそうに貪っている。
フィリップもよく手伝ってくれたから、俺を見捨てたことは許して、好きなだけ食べさせてやろう。
それにしても、ギュスターヴもいないから修行をサボっていたのか、また少し肉がたるんできたけど、まあ許す。
酔っぱらい妖精たちも、タルトをパイ投げしながらはっちゃけて食べている。
樹人族達は、水だけを取って光合成をしているので、食事は食べなかった。
ロザリーも舌鼓を打ってくれ、俺は最高の笑顔だったと思う。
だが、俺は油断していた。
このままオチもなく、パーティーが終わるわけがなかった。
『オーホッホッホ! 宴会芸と言えば、何? 脱ぎよ! さぁ、あたしの為に、脱ぎなさい、ターニア!』
ロクサーヌは、完全に酔っ払い、セクハラ部長と化していた。
ぐへへと笑い、幼女の姿でタルトを食べていた妖精女王の方を向いた。
これに、ターニアは固まり、血の気が引いて悲鳴を上げた。
『や~、ぜったいや~! あたち、やだやだ! よっぱらいロクたんきらい!』
ターニアは、追いかけてくるロクサーヌから全力で逃げ出した。
『イエーイ! ターニア様のちょっといいとこ見てみたい! ヘイ!』
『ぬーいで、ぬいでぬいでぬいでー! ヘイヘイ!』
『ぬーいで、ぬいでぬいでぬいでー! ヘイヘイヘイ!』
妖精たちは、調子に乗りまくって、ウェーブしながら大合唱だ。
「ま、まあまあ、ロクサーヌさん。子供相手にそれは犯罪っすよ?」
俺は余計なことを言ってしまったのだ。
俺も多分、酔っ払っていたのだろう。
「そうねえ? 確かに、毎回ターニアじゃ飽きるわねえ?……そうだ! アル、あんたがやりなさい!」
「ええ!? か、勘弁してください!」
俺は標的を変えてこっちに向かってきた鼻息の荒いロクサーヌから全力で逃げ出そうとした。
「ぎょえええ!?」
しかし、俺は森の木々が触手のように襲いかかってきて宙吊りに捕まった。
その相手は、周囲の木々を魔力操作したユッグだった。
「すまんなぁ。オラは、ターニア様を守らなあがんべ。犠牲んなってけろ」
「う、裏切り者……!?」
『そーこーでー! ゆーじょーパワーだ、ゆーじょーパワァーアだぁー!』
『そーれ、ぬーぐっぞ、イェイ! そーれ、ぬーぐっぞ、イェイ!』
『ぬぐぞ、ぬぐぞ、ぬーぐーぞー!』
「い、いやぁあああん!?」
俺は、ワラワラと群がってきたパリピ妖精たちに真っ裸にひん剥かれた。
「ふ! 皮被りのボウヤね?」
挙げ句に、酔っぱらいエロフに鼻で笑われながら指で弾かれ、スケッチブックにあらゆる角度で裸体を描き出された。
うわあああん!
く、屈辱!
汚されちゃったよぉおお!
・・・・・・・・・
―フラボワーズ王国王都 高級娼館地下室―
ここでは肉の饗宴を開いていた。
ということはなく、『ザイオンの民』の会合が開かれていた。
「では、本日は皆様お集まりくださってありがとうございます」
まずはこの館の主人にしてホスト役、パトリック・フォア侯爵が口を開いた。
重い体を頑丈な椅子にもたれさせた。
「うむ。前置きは良い。王宮の守備はどうだ?」
次の恰幅の良い男は『ザイオンの民』の中心人物マイアー・ロチルド、フランボワーズ王国、いや、今や聖教会圏を代表する大商人の一人である。
表の顔は気さくで人付きの良い柔和であるが、今は本性を隠すこともなく険しい顔をしている。
「クフフ、こちらは計画通りに事が運んでおります。第一王子エドガールが河川地帯の制圧に動き始め、宰相ジラールもその動きに怯えております。二重スパイをしていた闇ギルドも消えましたしな」
「クックック。さすがは『魔導の巨人』だな。あの厄介な裏切り者共をキレイに消してくれて助かる。見事な手際よ」
「ですが、第七王子リシャールの考えが読めません。あの小僧が何を企んでおるのやら」
「……ああ、あの小僧は不気味だな。噂に聞く400年前のあの狂人のようだ。だが、あの人形に執着している間は問題ない。それまでは、我らと同じ船に乗っておる。その後は……クックック」
ロチルドはニヤリと笑い、フォアもまた満足したようにニヤリと笑った。
だが、ロチルドは次のフォアの言葉に顔をしかめた。
「ところで、
「……うむ。その件も進行中だ」
「その割には、歯切れが悪いですな?」
怪訝な顔をするフォアに答えたのは、高級娼婦マルゴが笑いながら答えた。
「ウフフ。その件でやりすぎて、女王様にこっぴどく怒られたのよ」
「ほう? それは大変でしたな。女王様は、先代の救世主様のように入れ込みすぎてますからな」
「黙れ!」
笑い合うマルゴとフォアに、ロチルドはその時の恐怖による屈辱を思い出して、テーブルをドンと叩いた。
このロチルドの怒りに、苦言を呈した者がいた。
「……父上、落ち着いてください。何があったのかは知りませんが、プライドなど一銭にもなりませんよ? 私達商人には、目先の利益よりも大局を見る目が大事と
教えてくれたのは、父上ではありませんか」
その者は、ロチルドの長女ジェシカである。
亜麻色の髪、末の息子のフィリップよりも遥かに年上の中年ではあるが、官能的で豊満な肉体は熟し、若い頃よりもさらに蠱惑的である。
このジェシカは、世界的な金貸し組織『シオンバンク』の頭取に嫁いでいた。
しかし、その頭取もすでに籠絡され、『ザイオンの民』に裏で支配されていると言ってもいい状態だ。
聖教会圏の国々は、この『シオンバンク』に依存して国債を積み上げている。
それがどういうことなのか、言わずとも分かるというものだ。
「ああ、そうだな。さすがは、我が娘だ。我が一族は血の結束こそ最大の武器、頼りになる」
「ありがとうございます」
ロチルドは、フッと肩の力を抜き、娘に笑いかけた。
ジェシカもまた、クスリと口端を上げた。
「……ふーん? 父娘の愛情ってやつ? くだらないわね?」
マルゴは吐き捨てるように呟き、煙管に火をつけ煙を吸い込んだ。
ジェシカも、汚いものを見るような目で不快そうに睨みつけた。
「そうね? あんたみたいな淫売にはわからないでしょうね?」
「あんたも似たようなもんでしょ!」
マルゴとジェシカは、罵り合うようににらみ合った。
その二人を無視して、ロチルド、フォア、他の『ザイオンの民』たちは会合を続けた。
「さて、アルカディアの首尾はどうですかな?」
フォアが話を振ると、別の者が答えた。
「ええ、今のところ順調です。現地にいるフランクリン殿を中心に動いています」
「……そうか。ならば、
ロチルドは忌々しそうにギリッと歯ぎしりをした。
フォアもまた顔をしかめて反応を示した。
「ほう? それはまずいのではありませんかな? 予言にあった『大いなる冬』の前哨戦である今年の冬将軍も、あの小僧と
「うむ。あの小僧にもいずれ制裁を加えねばならんが、慎重に事を運ばねばならん。シュヴァリエ本家や『魔導の巨人』を敵に回しかねんからな。だが、息子の報告では
ロチルドの判断によって、アルセーヌたちの話題は終わった。
「では、次は……」
『ザイオンの民』たちの昏い夜はまだまだ続く。
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