第7節 相棒
論功行賞を始める前、僕がカズサの後ろについて歩いている時だった。
カズサは、僕の様子に気が付いたようだ。
「どうした、ジンスケよ? 浮かぬ顔をしておるな?」
「……ハァ。ワタシ、ヨクワカリマセーン。ナゼ、タダノ、タミモ、コロシタデスカ?」
「おう、そのことであるか。あやつらは、どれが乱破者で、民衆なのか違いが分からんように、民衆にも武器を持たせて戦わせておったからな。戦闘員と非戦闘員の区別がつかない状況では、女子供まで皆殺しということが当たり前のこと、情けをかければ、こちらが逆にやられるわ。それが戦というものである。」
「で、デモ……」
「それに、国取りというのは、2つに1つである。綺麗さっぱり全てを滅ぼすか、姫をあやすように宥めすかして全てを与えて懐柔するか、である。半端なことをやってはならん」
カズサは、遠くに目を見据えながら、ニヤリと笑った。
同じ笑みなのに、子供のようにはしゃぎながら笑う顔と生死について語り合う顔が全く変わらない。
僕とは、いや、聖教会の人々とは善悪の基準が全く違う。
これが、乱世を勝ち抜いた覇者『修羅王』なんだな。
やっぱり、僕が『覇王』になるなんて……
僕が考え込んでいる間、『修羅王』オダ・カズサの居城で論功行賞が行われていた。
「茶筅よ、よくぞ挽回した! これで、ことごとく乱破者どもは滅びたわ! 恩賞を取らす、好きなものを申せ!」
「こ、このノブオ、喉から手が出るほど欲しい物がございます」
「何であるか?」
「お、畏れながら、父上がお持ちの茶入『初花肩衝』を拝領いたしたく存じます!」
この場に揃っている一同が、大きく口を開けて驚愕の表情だ。
そんなに凄いものなのだろうか?
カズサは、少し間をおいて、フッと笑った。
「……うぬには、忍の里三群を任す。以上だ」
「な!?」
「わかったら、のけぃ!」
「ぐ、ぐぐ。は、はい」
ノブオは悔しそうに下がった。
そんなに領地より茶道具がほしいなんて、僕には全く理解できない。
次の武将が呼ばれ、次々と恩賞を与えられていった。
「最後に、ジンスケ!」
「へ!? ワタシ、デスカ?」
僕は突然自分が呼ばれて、変な声を上げてしまった。
カズサは、そんな僕に声を上げて笑った。
「ハッハッハ! 当然であろう? うぬは、かの『三妖』大獄丸を討ち取って、全軍を勢いづけたのである。大手柄に決まっておろう?」
そして、カズサは他の小姓に何かを持ってこさせた。
「うぬには、こやつをくれてやろう。大事にするのであるぞ?」
と、カズサに貰ったのは、見たこともない猛禽類だった。
今は、鷹匠がその腕に止まらせている。
「こ、コレハ?」
「うむ。こやつは、ガルーダという古代テンジクの神鳥の雛だ。『神の子』であるうぬにふさわしい相棒であろう?」
「あ、アリガトウゴザイマース!」
す、すごい!
あの鷹狩を見て以来、実は僕も相棒が欲しかったんだ。
この『修羅王』は、苛烈なだけじゃなくて、人をよく観察して機微を察することが出来るのか。
これが、王者の人心掌握術か。
僕はまんまと心を掴まれて、目の前のガルーダの雛に目を奪われている。
「な、ナンテ、カッコイ……アレ? カワイイ??」
大きさは雷鳥ぐらいなのに、飛べそうもないぐらい翼が小さい。
それどころか、全体がすごく、丸っこくて、ふわふわしている。
僕が不思議に首をひねっていると、カズサは大笑いした。
「ハッハッハ! 雛と言うたではないか! 赤子のことである!」
「アカゴ? ベビー、デスカ?」
「で、ある! 成鳥になれば、うぬをも乗せて空を舞うことも出来るぞ!」
「オオ! スゴイデース!」
僕はその姿を想像して、かなり興奮してしまった。
ニヤニヤが止まらず、浮かれてその雛の前に指を出した時だった。
「ぎゃあ!?」
指を噛まれた。
これには、カズサも大笑いだ。
「ハッハッハ! 急に指を出すから、餌と間違えたのであろう! ようやく立てるようになったばかりであるからな、育て方は鷹匠に教わるがよい!」
これで、論功行賞は終わった。
カズサからガルーダの雛を貰ったわけだが、僕はとりあえず城下町にある聖教会で育てることにした。
鷹匠から育て方の説明を僕とヨハン、オリヴィエの3人で聞いている。
カーミラは、餌を仕入れに出かけた。
「……ふむ。それほど、難しくはなさそうだな」
「え!? そ、そうですか? ボクはかなり不安です。」
オリヴィエが説明を聞いて、ぽつりと呟いた。
それに対して、ヨハンはびっくりとオリヴィエの方を向いた。
オリヴィエは、ちょっと困ったように笑った。
「まあ、普通はそうだろうな。だが、私の場合は、子供の頃からよく似たロック鳥を飼っているからな」
「へ、へえ。さ、さすがは、あのシュヴァリエ家ですね」
「ああ、父上の趣味だがな。すぐに、どこからか拾ってきたと言って、神獣クラスの動物を飼い出すのだ。おかげで、世話をするだけで命がけだ」
オリヴィエは子供時代を思い出し、少し青い顔をした。
な、なるほど。
当代一の大英雄『聖帝』は、かなりの変人のようだ。
「す、凄いです、オリヴィエさん! ボクにも教えて下さい! ボクもジーク様のお力になりたいんです!」
「お、おお」
ヨハンはキラキラした尊敬の眼差しで、オリヴィエを見つめている。
オリヴィエは、可愛らしい見た目のヨハンに少し照れてしまっている。
「まったくもう! この私をお使いに使っておきながら、男同士でイチャイチャしてんじゃないわよ!」
「な!? ば、バカを言うな! 男色は、聖教会の教義で禁止されておるわ!」
「はいはい。シュヴァリエ家は教義なんていつも無視でしょ?」
「そ、それは、父上だけだ! それに、我が家は違反はしていないぞ! 獣人、魔獣保護活動は、聖教会の許可を貰っておる!」
と、カーミラとオリヴィエは飽きもしないで、いつも通り言い合いを始めた。
カーミラは、どうしてここまでシュヴァリエ家が嫌いなのだろうか?
「ウッハッハ! 宣教師であるオイラの前でそいつは聞き捨てならねえな、オリー?」
「ルイス殿! 勝手に変なあだ名を付けないでください!」
陽気な宣教師ルイスにからかわれて、オリヴィエは顔を真赤にして怒っている。
僕もこれを見ていて、楽しくなって笑った。
「あ。ところで、カーミラ。餌はちゃんと買えたの?」
「ええ、もちろんですわ!」
と、カーミラは土転びという、この国の固有種のヘビ型モンスター、ツチノコの亜種を入れたカゴを持ってきた。
外では、他のカゴを荷車から荷役人が聖教会の倉庫に運んでいる。
僕が、カーミラからそのカゴを受け取ると、太くて長い爬虫類、土転びを中から取り出した。
そして、オリヴィエにシメてもらい、一口サイズの肉団子を作って、僕が最初にガルーダの雛に食べさせた。
雛は、それをためらうことなく、美味しそうについばんでいる。
「お、おお! 食べた!!」
「ハハハ! この食べっぷりなら、すぐに大きくなりそうだな! そういえば、ジーク。名前は考えているのか?」
オリヴィエは機嫌を直して、雛を愛おしそうに見つめている。
何だかんだ言いながら、父親譲りで動物は好きなようだ。
僕も美味しそうに食べる姿にほっこりしていたが、名前は全く考えていなかった。
「うーん? どうしましょうか……あ! トンヌr……」
「ブリュンヒルデが良いと思います!」
と、僕が命名しようとしたら、ヨハンが先に名付けてしまった。
みんなは、ほぅっと感心したようにヨハンを見ている。
「へえ? それは、どういう意味なのだ?」
「ええ。『輝く戦い』という意味の伝説の戦乙女の名前です」
「まあ! ジークフリート様の相棒にふさわしい美しい名前ですね!」
「ウッハッハ! 別嬪さんになりそうじゃねえか!」
「そうだな。私も良いと思うぞ。……ん? そういえば、ジークは何を言おうとしたのだ?」
「い、いえ。何でもありません」
そ、そうか。
この雛、ブリュンヒルデはメスだったんだ。
あ、危なかった。
漢の名前にしそうになってしまった。
冷や汗を流す僕の前で、お腹がいっぱいになったのか、ブリュンヒルデは気持ちよさそうに寝てしまった。
先の戦での虐殺行為に、少し気分が滅入っていたが、新たな相棒に心が洗われた気がした。
―同じ頃、西部方面軍―
西部方面軍司令官キシバは、2万の大軍で、シマトリ城に小動物一匹すら入る隙間もないほどの、頑丈な包囲網をめぐらし完璧な兵糧攻めを敷いていた。
ゆっくりと時間をかけ、城内の兵糧が尽きるのを待つ作戦である。
そして、すでに3ヶ月が過ぎ、とっくに戦闘用の騎馬を殺し食い、城内の草木も食べつくされ、虫などですら全てを食い尽くしていた。
餓死者が出るほどになり、生きている者は、その餓死した人までも食うようになっていた。
忍の里の虐殺が修羅道であれば、この攻城戦の虐殺は餓鬼道といったところである。
「キシバ殿、ご決心はつきましたか?」
小男であるサル顔の司令官キシバに、床に座している黒装束姿の男が声をかけた。
キシバは、物見櫓の上で立ったまま、この包囲の様を眺めている。
「……かつて『修羅王』包囲網に加わった者共も、今のオレと同じ気持ちだったのだろうか?」
キシバは黒装束の男を見ようともせず、ぽつりと呟いた。
しかし、黒装束の男は何も答えなかった。
「……ふぅ。オレはこの場であなたを、イッキュウ殿を謀反者として斬ることが出来るのだぞ?」
「初めから、死は覚悟しております」
黒装束の男、『茶聖』イッキュウはキシバの脅しにピクリとも動じることもなく、座ったままだ。
その漆黒の瞳は、自らの言葉通り死の覚悟をし、まるで自ら死を司るかのようだ。
「私も元はしがない魚問屋です。その私も御屋形様に重宝され、『茶聖』と呼ばれるまでになりました。それは、キシバ殿も似たようなものでしょう?」
「ああ、そうだな。オレも生まれは貧しい百姓の出だ。木っ端の時代から御屋形様に才覚を認められて、今は大将を任されるまでになった。だが、わからん。なぜ、そこまで天下に己の価値観を押し付けたい?」
「それが、私の業だからです。私と御屋形様では相容れないからです。御屋形様が目指す理想は色鮮やかな『華』、私が目指す理想は無駄を省いた黒色『侘』です。茶の湯の真髄を世に示したいのです。それを実現するために、かの者共の策に乗ってでも、貴方様に天下を獲っていただきたいのです。」
キシバは、イッキュウにはっきりと言葉にされ、この時初めてイッキュウの方を振り向いた。
イッキュウもまた分かっていたのだ、この成り上がり者の中にある尽きぬ己の天下の野心を。
「……ふぅ。それで、あの男は決意したのか?」
「ええ。あの御仁も、今では歳を重ね、死に近づいたことで『侘』への憧れを抱いております。崇拝する『修羅王』に最早ついていけない己に絶望を感じ、すでに謀反の心を抱いております」
「そうか。……そういえば、近頃の御屋形様は南蛮の小姓をえらく気に入っておるそうだな?」
イッキュウは、キシバが話を急に変え、ピクリと片目を上げ反応した。
そして、静かに口を開いた。
「はい。そこまで聞き及んでいたとは、さすがです」
「当たり前だ。あのライデンと相撲で互角にやり合い、かの『三妖』大獄丸を討ち取ったそうだな? そんな手練がいて、事を成せるのか?」
「もちろんです。そこもすでに計略済みです」
キシバは、少し考え込み、イッキュウをじろりともう一度睨むように見据えた。
「……一度生を得て滅せぬ者のあるべきか、か。如何な『修羅王』とて、この世に生を受けた人の子だ。滅せぬ人間など、この世にはおらん」
キシバのこの言葉が最後だった。
イッキュウは、静かに去っていった。
この次の日、キシバ軍が包囲をしながら湯漬けを食べている時だった。
城主の首を持った家臣が現れ、シマトリ城は開城降伏した。
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