第3試合〜Terrarium〜



 先よりも修復に時間がかかった闘技場。

 土魔法職人達が疲弊しながら帰ってゆく中、ノエルがハンバーガーのゴミをダストシュート。


「手加減してあげろよ」


「楽しんで来い」


「ん」


 朧と葵獅に返事をして立ち上がった彼女に、無言で差し出される拳。


「――」

「――」


 ノエルもまた無言で拳を合わせ、彼を一瞥もせずに闘技場へと上がって行った。


 その背中を見送る東条の瞳も、既にノエルを見てはいない。

 映し出されるのは昨日の光景。無理矢理抑えていた怒りのストッパーを外した彼は、煮え滾る思考の中……準備を始める。


 東条は分かっている。ノエルが出た以上、余計なことは考えなくて良いことを。


 ノエルは分かっている。東条が吐きそうな程の怒気の中、無理矢理笑顔を作っていることを。



『任せた』『任せろ』



 絶対の信頼に、言葉など必要ない。



 第3試合――γガンマVSノエル



 ちっこい者同士が見つめ合うその状況は、側から見ればえらく可愛らしい光景だ。しかし、観客の目は真剣そのものだった。この場の誰もが知っているのだ。


 ……彼女達に、常識など通用しないということを。


 ノエルの被る猫耳が、風に揺られてピョコピョコ動く。

 ガンマの金色のショートヘアが、風に揺られてサラサラと輝く。


「ノエノエ!昨日は楽しかったね!」


「ん。また遊ぼ」


「いいよ!」


 ニパっと笑うガンマが、「……でも」と後ろ手を組む。


「その前に、私ノエノエに勝たなきゃいけないの。おねーちゃんサムとカマエルさんが負けて、悔しすぎて床転がってた。可哀想」


 ガンマはぶっ壊れたラジコンみたいに転げ回り、SPに捕獲されていた姉を思い出す。


「無理。ノエルが勝つ」


「私が勝つもん!」


「ノエルが勝つ」


「むー!……ノエノエは友達だから、なるべく優しくしてあげる。

 でも……痛い痛いなったらごめんね?」


「楽しみ」



 ――3、2、1――試合開始



「ハハッ!」


 地面を蹴り砕き爆速で肉薄したガンマが、バチバチと魔力を纏う拳を問答無用で殴り下ろす。


「っ……」

「わあっ!」


 乾いた音が鳴り、両手で受け止めたノエルの足場が少し沈んだ。……重い。


 初撃を防がれたガンマは即座に腕を払い、空中で腰を捻り側頭部に向かって蹴りを放つ


「ぐぇっ!」


 直前で真横から振り抜かれた樹根に殴り飛ばされ、盛大に吹っ飛んだ。

 空中でくるりと回り、着地、地面をスライドして顔を上げる。


「ノエノエ強い!」


「……知ってる」


 ノエルは数本の樹根をゆらゆらしながら、ジー、とガンマを見る。

 ……脇腹にモロに直撃したにも関わらず、気にした素振りすらない。大した頑丈さ。


 ともあれガンマに合わせ『阿修羅』を纏い、捻り作り出した数匹の樹蛇をもたげたノエル。


「……ッ⁉︎」


 そんな彼女の目が、驚愕に見開かれた。


 ガンマの周囲から生え出した、ライトブルーに光る血管の様な物が走る、半透明のうねる樹木。


 捻り合わされ、形を変え、蛇の様に首をもたげるソレは、こちらにある物と瓜二つ。



「こんな感じ?」



 樹に走る血管と同じライトブルーに輝く、美しき正十二面体。その全てにノエルを写し、読み取る。


 両の瞳を多角体結晶の様に変化させたガンマが、屈託のない笑みで微笑んだ。

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