下半身を燃える蛇身に変化させたカマエルが、両手に炎刀をカマエル。

 彼は内心冷や汗を垂らしながらも、しかし勝利を確信していた。


 ……この数分でここまで『蛇』の数が増えるなど、正直バカげている。それ程Mr.アオシの放つ熱量が異次元だということ。

 ただ同時に、私の前では消費する熱量も乗算されていってしまう。

 ……あなたにとっての天敵が私だった、それだけのことです。


「……グルルルゥ、……鬱陶しいな」


 対する葵獅も、当然今起きている現象に気づいていた。

 ……炎蛇と炎刀、奴自身に触れるだけで、刻一刻と俺の炎が喰われ続けている。属性の相性が、これ程戦闘に影響を及ぼすものだとは。……なるほど良い経験になった。


 全身を蛇に噛まれ、祟り神の如き様相となった葵獅は、しかしそれでも足元の蛇を踏み潰し一歩を踏み出す。


「……辛いでしょう?もう動かない方が良い」


 徒歩から小走りへ、小走りからダッシュへ、次第に速くなってゆく葵獅を目に、カマエルも仕方なく前傾になり、蛇のカーペットの上を一気に滑る。


「「――ッ‼︎」」


 炎拳と炎刀が衝突。蒼炎が爆発。

 直後刀が炎を全て吸収、振り抜かれた蒼閃が張り付く蛇ごと葵獅の胸を斬り裂き、


 ――舞う血が一瞬で気化。葵獅の炎拳がカマエルの左頬を打ち抜く、


 直前で炎が鎮火、ただの右ストレートと化した拳をそのまま頬で受け止め、カマエルは炎刀を振り上げただの左フックをくらいながら一閃、飛び散る鮮血が気化、


「――?」


 ただの手刀を屈んで躱したカマエルは突き出した炎刀を躱され、放たれるただの蹴りを腰を捻り尾で弾く、同時にただのボディブローを腹にくらう。


「――??」


 カマエルは炎刀を返し手首を斬り裂――


 ――ただの左フック、


「――い、いや、」


 カマエルは殴り落とされた炎刀を囮にもう片方で首にいっせ――


 ――ただのアッパーただの顔面パンチ、


「っぐっ、な、は⁉︎」


 カマエルは炎刀振り上げるも躱され、一旦蛇腹を滑らせ後退――


 ――を許さず接近ただの右ストレートただの左フックただの回し蹴り、


 口から血を飛ばすカマエルの目が驚愕に染まる。


「がふッ、いや待てッ、何でまだ動ける⁉︎」


 バカな⁉︎有り得ない⁉︎既に体温はマイナス値を振り切れていてもおかしくないのだ。常人でなくとも100回は凍死している。何でっ、どうしてこれ程の動きが出来る⁉︎


「ッぐっ⁉︎」

「あー……」


 カマエルの鼻っ面を蹴り飛ばした葵獅が跳躍、


「ガッツッ」

「ッ冗談だぇブゥッ⁉︎」


 瞬間空中で纏わりつく蛇ごと蒼炎を爆発させ加速、目を剥くカマエルの土手っ腹に膝蹴りをブチ込んだ。


 今や膝丈にまでになっている蛇の絨毯が吹き飛び、地面と膝蹴りにプレスされたカマエルが血を吹く。


 そしてその刹那、彼は葵獅の身体に触れ、


「――ブフッ⁉︎(これはっ)」


 理解した。――完全に、誤解していた。


 この男が使っているのは、単純な炎魔法などではない。


 この男、身体中の全細胞が途轍もない速度で発熱している。普通の人間なら燃え尽きてしまうような極高温が、絶えず体内を駆け巡っているのだ。


 こんなものいくら熱を奪おうが意味がない。

 ……まさか私にとっての天敵が彼だったとは。そんなこと誰が予想出来るか。


 葵獅は地面に叩きつけたカマエルの頭部を両手で掴み、持ち上げる。


「っ、貴方のその炎、まさか特殊なCellだったとは。見誤りました、っ」


「……?ディスイズフレイムマジック。ノットセル」


「……まさか自分でも分かっていないんですか?」


 頭をガッシリと掴まれた情けない格好ながらも、しかしカマエルはなるほどと笑う。


「っあははっ、そうですね。貴方程のレベルを、細部まで鑑定できる人間は限られてくるでしょう。後でステラさんに見てもらうと良い」


「?……アイハブワンクエッション」


「?何でしょう?その前に下ろしてもらえると助かるのですが、」


「下ろす?ダメだ。ノー」


「あはは、……そうですか。甘んじて受け入れます。それで質問とは?」


 葵獅は獣の瞳で、彼の赤い瞳を覗き込む。



「……お前、まったく、本気、出していないな?違うか?」



「……これはこれは、」


 カマエルはギリギリと力が篭る手に苦笑する。


「申し訳ございません。ここは他国で、衆目の場。全てを晒す義理はありませんので(……いかにあの御方達の前と言えど、私情で動くのは祖国に悪いです)」


「……このままだと、負けるぞ。良いか?」


「はい、構いません。貴方の様な戦士に負けるのであれば本望です。立場上降参はしたくないですし、一思いにお願いします(ボソ)」


「……そうか」


 その言葉を聞いた葵獅は低く落とした腰を、ギリギリと捻ってゆく。

 その構えは、東条と戦ったあの時、最後に見せた構えと酷似していた。


 違うのは、斜め上に振り上げ構えられているのが、人間の頭部というただそれだけ。


「……ん?……Mr.アオシ?」


 瞬間、周囲に蠢いていた炎蛇が一瞬にして消滅、葵獅に向かって収束してゆく。


 ……まさかこのために、わざと炎を吸わせて⁉︎カマエルの額に脂汗が噴き出す。

 ……いや、いやいやいや、一思いにとは言ったけれど、流石に手加減はしてくれる筈、……ですよね?


「Mr.アオシ?分かってます?貴方今人の頭掴んでますよ?聞いてます?ちょっと⁉︎」


 霜が張り出す地面。

 青い火花を纏う自分の頭。

 ニヤリと笑うミスター鬼畜。


「⁉︎ッッちょま――



「『羅刹天』」



 ――轟音。

 目の醒める様な、美しく青い爆炎が闘技場を埋め尽くす。


 バリアに亀裂が走り、上空に向かって噴き出す青黒い噴煙が収まるとそこには……深さ50mを越す焼け爛れたクレーターが出来上がっていた。




「……(かなり喰われたか)……ふぅぅ」


 クレーターの中心。大きく息を吐く葵獅は、白目を剥き伸びているカマエルを一瞥し、背を向ける。


 これを0距離でくらって原型を残している時点で、並の強者ではない。……この男にも色々事情があるのだろうが、それは俺には関係のない事だ。


 後続の、東条の憂いを断つ。今日はそれさえ出来れば良い。


「お疲れさん。死んだ?」


「生きているぞ、アレは。頑丈だ」


「おつ」


「有難う」


 ハイタッチ。


「5分てとこですか。啖呵切った割にかかりましたね」


 葵獅は投げ渡された水に口を付け、軽口を言う朧を笑う。


「お前はもっとかかってたろ。朧」


「……お疲れ様です」


「ああ」


 そっぽを向き手の甲を向ける彼に、葵獅も手の甲でハイタッチ。


 ……少しは仲良くなれただろうか?そう願う益荒男であった。


 第2試合 勝者――筒香 葵獅

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