炎
赤熱化する地面に盛大に着地した葵獅が、その頬を軽く上げる。
躱すことなど不可能。そう思える程に、完璧なカウンターだった。
「……入ったと思ったんだがな」
……普通なら、だ。
顔を上げた葵獅の先に立つ、1人の稲妻。
雷装に身を包んだ東条が、余裕ありげに口笛を吹いた。
「あっぶね〜!殺す気かよ⁉︎」
「殺す気でやらんと擦りもしないだろう、お前には」
「0か100かしかないのっ、葵さんの悪い癖だぞ‼︎」
「ほら、言うだろう?ライオンは兎を狩る時にも全力を尽くすんだ」
「その言い分だと俺か弱い兎なんですが?」
「お前の性欲は兎並だろう?」
「だァれが上手いこと言えと⁉︎」
「――ッ」
雷腕と炎腕が衝突し、激しい閃光が迸る。
葵獅の言い分にクスクスと笑っていた彼女達も目を窄める。
「ッ俺は生まれ変わりましたァ!もうそこら辺の女の子目で追ったりしませんん!灰音と紗命とノエル一筋ですぅ!」
「――……一筋とは」
「ウルセェ!」
「ぐっッ」
東条の雷撃が葵獅の頬に突き刺さり、少しだけ焦がしよろめかす。
葵獅は全方位から繰り出される高速の連撃を前に、全身に傷を作りながら、しかし顔面をガードした腕の隙間からジッと観察する。
……紅の『神速』より少し遅いか。恐らくまだトップスピードじゃない。『雷装』に防御性能はない。
……狙うのはここか。
「っあ?」
大きく跳躍し後退した葵獅が、地面に手を着き指を食い込ませ、獣の様に構える。
東条も同じく手を着き、雷装を逆立たせ足を弛ませた。
刹那――ドッ、ドドンッ‼︎
空気が弾け、距離が消える。
「『雷ッ貫』」
電撃が乱れる中、東条の放った拳が葵獅の肩口を抉り、血を飛ばした。
しかし、
「――やはり見えるな」
「は?――ッ⁉︎――」
葵獅の纏う熱量が急変、両腕が青い炎に包まれ、
――葵獅は『雷貫』を放ち伸びた東条の右腕、その肩口を左手で掴み、燃える爪を食い込ませる。開いた右脇に右腕を入れ、遠心力そのまま背負った。
――間、0・01秒
音速を利用した、亜音速一本背負い。
東条、本日2度目の背負い投げ。
スローに流れる時の中、彼は叫ぶ。
「――なぁぁんだぁよぉおもぉおまぁたぁぁかぁよぉおおお‼︎ガバガハぁッッ⁉︎⁉︎」
東条は自身のスピードをモロに背中に食らい、身体中から響く嫌な音を聞きながら血塊を吐く。――そして目に映る、問答無用で拳を振りかぶる葵獅の姿。
「⁉︎ちょ、まッ」
「『
殴り降ろされた拳が東条に衝突。
それは遠目から見たら、まるで青い太陽だったと言う。
地面が大陥没、吹き飛ぶ前に途轍もない高熱に晒され、全てが溶解。ビチャビチャとマグマの雨が降る。
「フゥゥぅ……」
半径500mのマグマ溜まりの中、葵獅は熱気を吐き、溶けた地面を見つめる。
地下深くまでぶち込まれた東条の行方は……。
「……フッ」
それは葵獅の、この呆れにも似た苦笑を見れば分かるというもの。
直後、
「熱ッッチィッッ‼︎」
マグマから飛び出した赤黒い球体が、バシャァ、と着地。蒸気と煙を上げながら人型に構築されてゆく。
……東条、未だ健在。
全身から煙を上げる赤黒い『Beast』。
その腕と足が煌々と赫く輝く灼熱を纏い、背部に下半分が赫く染まった黒色の火焔光背が出現。
「……フシュゥゥウ」
火口の如き口から蒸気を吐き、火神は顔を上げた。
全身の蒼炎を燃え上がらせ、葵獅は獰猛に笑う。
腕と足からプロミネンスを発生させ、東条は獰猛に笑う。
「――蒼炎『
「――火装『
あの時止めてくれた藜は、この場にはいない。
馬鹿げた熱量に周囲の空気が沸騰、カメラが電波障害を起こし機能停止。すぐさま応援のヘリに中継が移る。
「『
瞬間、青い炎の波が東条を呑み込んだ。
「あっつ」
「……」
燃え盛る蒼炎の中、ジュッ、ジュッ、と何の問題も無く歩く東条に、葵獅は目を細める。
……背部に浮遊する火焔光背が、どんどん赫く染まっている。ただのデザインでは無さそうだが。
「『星火燎原』」
再び山頂の半分を呑み込んだ蒼炎。
「『
「――っ」
はしかし、東条が腕を振ると同時に、その軌道上だけが消し飛ぶ。
東条がニヤァ、と笑い、両腕に『灰顎門』を顕現。
「躱すのなしなァ?」
「フッ、……望む所だ」
不敵に笑う葵獅が、両腕に『烙陽』を顕現。
互いに大地を溶かし、歩み、近づき、瞬間
「ッウラァッ‼︎」
「ッガルァッ‼︎」
衝突、衝突、衝突。
極度の高温に急激な上昇気流が発生。ヘリを大きく揺らし、雨雲を生成してゆく。天候を変える程の力。
本当にこれを、人と呼んでいいのか?
画面の前の人間達は、最早食事も、駄弁るのも忘れ、食い入るようにその2人を見ていた。
「――ッアハハハハハハッッッ⁉︎⁉︎」
「――ッハハハハハハハッッッ⁉︎⁉︎」
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴殴血飛沫――
――衝突する拳が割れ、血を吹く。
――身体中の肉が抉られ、切り裂かれ、血を吹く。
――全身の骨に亀裂が走り、砕け、折れ、血を吹く。
――青く猛る炎と、赫く輝く炎の中、獣眼と蛇眼が交差する。
楽しそうに、嬉しそうに、心底――幸せそうに。
ポツリポツリと雨が降り出す中、既に山頂は原型を留めておらず、ドロドロと垂れ落ちる溶岩がダイヤモンドヘッドを着飾ってゆく。
その火口、最早見渡す限りマグマ化した大地の中で、またも爆発が起こる。
「――ッゼェっ、ゼェっ、ゲホォっ、グゥッ」
「――ッゼェっ、ゼェっ、オェエっ、ペッ、っしぶてぇなァもう⁉︎ゲホッ」
片膝を着き今にも倒れそうな葵獅はしかし、再び立ち上がり血を吐いて笑う。
その強靭な身体が見るも無残に焼け爛れ、抉られ、所々骨が露出し飛び出しているにも関わらず。
東条は血のゲロを吐きながら、ボロボロの漆黒を修復せず手をダラリと下げ天を仰ぐ。
その脇腹は抉られ少しだけ臓腑が零れ、片足の肉が根こそぎ焼かれ白骨化していた。
お互いに致命傷。
しかし獣化系と眷属化の自然治癒力に合わせ、爆発的なアドレナリンの分泌と高度な魔力操作により、
戦闘継続可能。
「――グははッ」
「――ギひひッ」
マグマを蹴り飛び出した東条が右腕を振り抜く。
急接近した葵獅がアッパーを放つ。
「「ッガッハ⁉︎」」
同時にインパクト。お互い仰け反るも、僅か1秒、葵獅の復帰の方が速かった。
「――ッ‼︎‼︎」
「痛でデデデデデごフッ⁉︎⁉︎」
躱そうとする東条に飛び掛かり、首に噛みつき振り回し、天高く放り投げる。
「ぇ、エグい、死ぬ、て……いヒヒ、アヒャヒャヒャ⁉︎」
ダラダラと首から血を垂らす東条は、しかし血を吐きながら爆笑する。
「使いたくなかったのによォ⁉︎テメェの所為だぞ葵獅ィ‼︎テメェが強ぇからよォ⁉︎使わなきゃいけねぇじゃねぇかよォオ‼︎」
東条は真っ赤に輝く火焔光背に両手を突っ込み、
「どラァア‼︎」
一気に引き抜いた。
その光景を見た者の全てが、自分の目を疑った。
「「「「「「「「「「…………は?」」」」」」」」」」
……曇天の下に現れる、もう1つの……太陽。
全長約1㎞。ダイヤモンドヘッドの山頂を覆える程の、炎の超大剣。
東条は落下しながら、雨を吹き飛ばし、豪風を唸らせ、炎大剣を振り被る。
「……ふっ」
……そんな神の如き彼の姿を見ながら、葵獅はどこか嬉しそうに、ボロボロの両手を組み合わせ、腰を低く、限界まで身体捻った。
…………本当に強くなったな、東条。
瞬間、葵獅を中心にダイヤモンドヘッド頂上、全てのマグマが冷えて固まる。
――コォオオオ、と不気味な音を立てる彼の組まれた拳が、青白く輝き、周囲に霜が張り出す。
その美しさはまるで彗星の如く、地球を照らす星の如く。
直後、周囲一帯の熱を根こそぎ奪った凶星が、一際強く輝いた。
――葵獅が天に向かって両拳を振り抜く。
「『
――輝く青い光に向かって、東条が炎大剣を振り下ろす。
「『
――刹那、音が消えた。
ハワイが白い閃光に包まれ、
曇天が一瞬で吹き飛び、
遅れて耳をつん裂くような高音、
衝撃波が周辺地域を豪風で煽る。
振り抜かれた大剣がダイヤモンドヘッドを両断。
直後、
――ドゴォォオオオオオオオンッッッッ‼︎‼︎‼︎
赤く溶けたダイヤモンドヘッドが、大噴火、爆散した。
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