23話



「ルージュ⁉︎」

「オリビア」


「――ッ」


 ノエルの振り抜いた樹剣を寸前で見切り、回し蹴り。オリビアは1度距離を取り、大きく息を吐いた。

 右手に樹木を捻り合わせた剣。左手に土を捻り合わせた槍。こっちの戦闘スタイルに合わせてくれるってわけか。

 ……さて、音速を超える一撃は、身体に尋常じゃない負担が掛かる。この領域内でもあと一発が限界。……どうしよ。


「……フフっ、強いわぁ、ノエル」


 軽く笑うオリビアに、ノエルもニヤリと笑う。


「……誰に喧嘩売ったか、教えてあげる」


「……正念場だぞぉ、ピーちゃん!」


「ビィィ!」


 刹那、ノエルの姿が掻き消える。


 ボッ、と背後から突き出される槍を振り向きざまに躱したオリビアは、反転、腰を捻り拳を殴り下ろす。


 爆砕、地面が抉れクレーターが出来る。


「――ッ」


 砂煙を纏い突き出る槍、をオリビアは首を傾け躱す、躱す、躱す。頬に擦り火花を散らしながらも踏み込み、拳を引き絞り砂煙を抜ける、


「な⁉︎」


 がそこにノエルの姿は無し。持ち手に絡み付いているのは、白い尾先?


「――ッッ!」


 半人半蛇となったノエルが、オリビアの右斜め下から樹刀を斬り上げる。ガントレットで滑らされると同時に槍を尾から左手に投げ渡し、


 刺突をオリビアがバックステップで躱した、


「――クっ⁉︎」


 瞬間始まる猛攻。首膝肘指関節心臓、人体の重要部位のみを狙う斬撃、突撃の超連打。

 そこには技術も術理も何もない。否、何も必要ない。ただ速く、そして凄まじく重いだけの連撃。

 ただそれだけで、生物は殺せるのだ。


 ギャリリリリリリリッッッッ‼︎‼︎と咲く火花と共に飛び散る血飛沫。


「痛っつぅゥゥ⁉︎」


 迎撃する拳が血を吹き、オリビアが顔を顰める。

 ピーちゃんの修復とフロルの回復を上回る攻撃速度。最早一撃一撃が速すぎて音が連続して聞こえる。領域バフが無ければ、とっくに八つ裂きにされているっ。


「――ッラァッ!」

「!」


 守備に回っていては、勝てない!

 樹剣の腹を殴り付けたオリビアは突貫、手刀を突き出す、


 首を逸らし躱したノエルが横薙ぎに振り抜いた


 槍をしゃがむと同時に低姿勢で踏み込んだオリビアが、蛇腹にアッパー叩き込む


 が寸前でニョルン、と躱したノエルが樹剣を袈裟に斬り下ろした。


 迫る剣を前に、オリビアは青い顔で笑う。


「っ」


 片腕で受け止めるオリビア。途轍もない衝撃音と共に地面が陥没。受け止めた腕がへし折れる。


 最中、ノエルの中に浮かぶ疑問。今の攻撃、両腕を使えば防げた筈……。


 折れた左腕で剣を逸らしたオリビアが左回し蹴り。

 同時にノエルが一歩引き蹴り目掛け槍を突き出す。


「――ッ来たァ‼︎」

「あ」


 槍の一撃を読んでいたオリビアは、蹴りを中断、その足で踏み込み槍をガッチリと左脇でホールドした。


 そして既に振り抜かれている全力の右拳。ドンッ、ドドンッ、と空気が弾ける。


 今の一瞬で攻撃を躱し、距離を詰め、カウンターまで放ったオリビアに、ノエルは素直に驚いた。この距離で急に音を超えられたら、流石のノエルも躱せない。



 ……分かっていなかったら。



「――は⁉︎」


 放たれる直前に首を逸らしていたノエルの顔横を、ソニックブームを纏った拳が通過してゆく。


 と同時にオリビアが掴んでいた槍が消え、瞬間顎下に衝撃。


 目で追えたのは、どこから取り出したのかハンマーを振り上げる彼女の姿。



 ……あぁ、手持ちのゴーレムが出来るなら、ノエルも出来るか。……武器の変形。



 霞む脳裏でオリビアは理解する。要するにこの一連の流れ全てが、……ノエルに誘われた結果だったのだ。



 ノエルは半蛇から人型に戻ると同時にくるりと回り、


「ん!」


 オリビアの腹に後ろ蹴りを叩き込み吹っ飛ばした。




『ッ、……』


 沖合。

 ルージュが勢い良く顔を上げ、そして悟ったように溜息を吐く。


 その身体は鱗が所々削れ、血が滲み、翼膜にも穴を空けられ飛べなくなっていた。


 ルージュは相対する巨神、フィツィロを目に再度溜息を吐く。その傷一つない外装に呆れるように。


〔どうしました?〕


『私の友がやられた。もう私が戦う理由もない』


〔捕縛されますか?〕


 ルージュは少し考え、前脚を着ける。


『……出せずじまいだった技があってな。最後に良いか?』


〔両ツノに高エネルギー反応。危険です。中止を要求します〕


『無理だ』


〔copy.迎撃します〕


 ルージュのツノが赤熱し、周囲の海が沸騰、空気がプラズマ化を始める。


 巨神が剣を大楯に変形し、構えた。


 刹那――半透明の軌跡を残し、超高圧縮熱線がダイヤモンドヘッドの斜め上を通過し、雲を一瞬で気化させた。


 ルージュは驚愕に目を見開き、視線を下ろす。


『……貴様、……逸らしたのか?あれを』


 腕の1本を吹き飛ばされ、傷口から蒸気を上げる巨神。


〔驚異的な熱量です。貴重なデータです。直ちにプログラムに組み込みます〕


『……ハッ、王の土塊にすら勝てないとは。少し凹むぬァガッハッ⁉︎』


 急接近、残る片腕を剣に変え、ルージュの胴体を真っ二つに斬り飛ばす巨神。

 彼は血を吐くドラゴンの上半身と下半身を掴み、ダイヤモンドヘッドへと歩き出す。


〔捕縛完了。帰還します〕


『っガハッ、これの、どこが、捕縛だっ!普通の生物ならっ、死んでるぞっ!ゲホッ』


〔捕縛=半殺し、と心得ています。なので半分にしました〕


『ッバカがっ!もう1度その頭の中、常識人に見てもら、え!』


〔copy.後程東条様に聞いてみます〕


『誰かは知らんが、そうしろ!ゲボっ』


 ルージュは赤く染まってゆく海を見ながら、霞んできた視界にいよいよヤバさを感じる。


『オイ、……ゴーレム、急げ、……死ぬ』


〔copy.死ぬのは困ります〕


 ザバザバと顔に掛かる海水の鬱陶しさに、ルージュは生まれて初めて泣きたくなるのだった。




「オリビア!オリビア!」


 ピクリともしないオリビアから、パラパラと外装が剥がれ落ちてゆく。

 顔を真っ青にして気絶するオリビアの腕から、ボロボロのピーちゃんが地面に落ちた。


「フロル」


「ヒっ」


 フロルは震えながらも2人の前に立ち、武器を捨て歩いてくるノエルの前に立つ。


「っ2人には指1本触れさせませんわ!私が相手です‼︎ここを通るなら私を」


「ふむふむ」


「……ふぇ?」


 ノエルはフロルの下半身に付いている花弁をガバッ、と掴み頭を突っ込んで覗き込む。


「なるほど。生殖はここでする?人間と一緒。人間の伝承のせい?他の精霊は?ねぇ、フロル?」


「……キュゥ」


 顔を真っ赤にしてぶっ倒れるフロルに頭を掻き、



「……勝った」


 ノエルはカメラに向かってVサインを掲げた。


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