16話



 あれからオリビアに労われたり、沢山の観客にファンサービスを求められたり、VIPからのパーティの招待を断ったり、色々乗り越えてホテルへ帰還した東条。


「……ぁあ(モグ……モグ)」


 彼はソファに座り、半分寝ながら用意してもらった夕食を食べていた。


「出来たー」


 とそこへ、奥からノエルの声が響いてくる。


「……ぁが」


「出来たーマサーマサーマサー出来たーマサーマサー」


「ああ、おけおけ、分かった分かった分かった」


 東条はあくびを噛み殺し、無造作に服をを脱ぎながら洗面所へと向かうのだった。


 浴槽に張られた、エメラルドグリーンの液体。


 素っ裸になった東条は、仄かに甘い香りの漂う浴室に足を踏み入れる。


「……あー。何でいらっしゃるので?」


 目の前に立つ、同じく素っ裸のノエル。


「ノエルも入る」


「……さいですか」


 東条はポリポリと頬を掻き、まぁいいか、と2人してガラス張りのシャワールームに入った。


「ははっ、2人じゃちと狭いな」


「ん。っちべた!」


「ハハっ」


 シャワーをノエルに向けた東条は、最初の冷水に悶えるノエルを見て笑う。


 相変わらず綺麗な髪をワシャワシャ洗ってやり、身体を流してから、東条はエメラルドグリーンの湯船に浸かった。


 その上からノエルも入浴し、小さな後頭部を東条の胸に預ける。



 ……適度にぬるく、規則的に落ちる水滴の音が心地良い。


 ……目を瞑り、深く息を吐く。


「……はぁぁ。……懐かしいな、この風呂も」


「……ん。最後に入ったの、数ヶ月前」


「何で怪我したんだっけ?」


「マサがグリフォンにちょっかいかけた」


「違ぇよありゃ、アイツらが俺の飯食ったからぶん殴っただけだわ」


「そしたら群れに追いかけられた」


「そうだそうだ、マジでしつこかったよなぁ。3日だっけ?逃げ回って。あまりにしつこいから、結局全部ブッ飛ばしたんだよな」


「ん。それも1日かかった」


「300匹くらいノしたか?無駄に強くて頭良いから油断出来ねぇし、あん時ゃマジで一睡もしてなくて死にそうだったわ」


「……ムカついてきた」


「いやそれな!」


「……クククっ」「……んふふっ」


 ノエルは寝返りをうち、東条の胸に頬を置く。


「……マサ?」


「ぁあ?」


「何で今日、正面から戦った?」


「……お前も言うか」


「言う」


 ムッ、と口を尖らせるノエルに、東条は苦笑する。


「マサなら、笠羅祇を完封出来た」


「まぁな〜」


「笠羅祇が近接戦の達人でも、その射程は精々半径10m。全身を俯瞰出来る位置に立てば、何も怖くない」


「……でもほら、空間の隔離で遠距離攻撃効かないよ?」


「……」


 ジー、と見つめてくるノエルに、東条は観念しザバァ、と万歳する。


「……はぁ。はいはい、俺ならあの隔離空間も壊せました。わざと危険な正面戦闘を受けました」


「ん。『布都御魂』なら一撃で勝負ついてた」


「何お前、あの山地図から消したいの?」


 東条は上目遣いで睨んでくるノエルの髪を撫でながら、天井を仰ぎ見る。


「……つまんねぇじゃんかよ、そんなの」


「最後のあれ、……怖かった」


「あれは、……そうだな。すまん」


 ペタ、と胸に頬を乗せるノエルに、東条は謝罪する。

 遊びで死を感じるのは、確かに違うな。正直悪いことをした。


「……マサは負けない。でも、そういうことじゃない」


「そうだな」


「……理性じゃない。感情」


「そうだな」


 ブクブクと湯船に口を付け泡を立てるノエルの可愛さに、東条は笑い抱き寄せる。

 この生き物はなぜこんなにもあざとく可愛いのか。一度学会に研究を依頼した方がいい。


「つまりノエルさんは、俺のことが大好きで大好きで堪らないってことかっ」


「……何でそうなる」


「え、……違うの?」


「……いじわる」


「……本当に可愛いな、お前」


 頬を染め顔を逸らすノエルに、東条は最早戦慄すら覚える。近い内死人が出るぞこれは。

 彼女のこんな顔を観れるのは俺だけだから、死ぬとしたら俺なわけだが。

 はい、自慢ですが何か?



「……マサ、何か当たってる」


「気にするな。『布都御魂』だ」

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