14話
「勝った気になってんじゃねぇぜ東条?」
「まさか?」
鞘をぶん投げ、トラバサミの様な口を獰猛に歪める東条は、両足を弛ませ、瞬間爆走、
「ここからでしょうよォッ‼︎」
「ダハハハッ‼︎」
両拳を組み合わせ脳天目掛け振り下ろした。
当たれば即死、掠っても死の一撃を、しかし笠羅祇は避ける気など微塵も無い。
真上の拳に刃を添え、流れる様に刀を傾ける。その穏やかさたることまさに神業。
いなすと同時に刀を振り上げ、ゴン太い手首を切り裂いた。
刀を伝う少しばかりの抵抗に、流石だと笠羅祇は笑う。この状態の白帝は、龍の鱗すら一切の抵抗許さず斬り裂くと言うのに。
「痛ってぇナァッ‼︎」
東条は大陥没した地面に踏み込み、更に陥没させながらフルスイング。
笠羅祇も同時に刀を振る。
っ来る!東条の眼前で刀がグニャリ、と先よりも強くブレた。片手でガードしたにも関わらず肩に傷が刻まれる。刀身を掴もうとするも更にブレて逃してしまう。
……ああ、なるほど。
東条は躱した筈の刃に頬を斬られながら、心から目の前の達人を称賛した。
「錯視か」
「っ、ダハハっ!まさかもう気づかれるとはな!」
後退した笠羅祇は、「流石だ!」と刀を構える。
誰もが1度はやったことがあるだろう?鉛筆を振りグニャグニャさせる現象。
あの現象は、視覚情報に脳の処理が追いつかないことで発生する、ラバーペンシル錯視というものである。
簡単に言えば、笠羅祇はその現象を刀で起こしているのだ。
加え東条がcellと勘違いした瞬間移動術も、緩急と人間の眼の構造を利用した、俗に
ブレる刀は並の反射神経では回避すら不可能。
刀に注意を持ってかれれば、次の瞬間別の場所から斬り裂かれる。
注視すればする程罠に嵌るという剣士泣かせの技。抜刀術はその補佐でしかなかった。
そして真に恐ろしいのは、その技を東条相手に難なく披露している点にある。
笠羅祇の纏っている強化は『輪廻』。『阿修羅』を使える魔力量は無く、反対に東条は『阿修羅』+眷属化の影響で動体視力がもう意味の分からないことになっている。
スピードで東条を翻弄するには、まずは音速を超えるのが大前提。
……偏に、笠羅祇は並外れた絶技のみで東条を罠に嵌めているのだ。
「どうだ俺の技は、ちゃんとテメェにも届いてるか⁉︎」
「薄皮斬った程度で自惚れてんじゃねぇよッ‼︎」
「ダハハハハッ‼︎ガキがッ、その首飛ばしてやるわァ‼︎」
しゃがむ笠羅祇は頭上を通過する黒腕を斬り裂き、大きく腕を引き、
「デリャァッ!」
刺突。
ボッ、という風鳴りと共に心臓目掛け一突き、
を殴り落とした東条は刀身を地面に押さえつけたまま、
「死ねオラァッ!」
片手でバランスを取り低姿勢から回し蹴り。
足を刈るどころか、当たったら下半身ごと吹き飛ぶその豪脚を、
笠羅祇は地面を斬り裂いて刀を取り返すと同時に跳んで躱し
た瞬間東条が身体を回転させ腕を引き絞る。
「爆ぜろやッ‼︎」
爆風。
空中に飛び散る血。
途轍もない速度で笠羅祇が吹っ飛んだ。
「……クク、ヒヒヒ、スゲェっ」
……東条は赤い線の引かれた自分の腕を見る。
空中に飛び散る血は、今の一瞬で斬り裂かれた自分の血だ。
あの爺さんはインパクトの瞬間、拳に足裏を合わせ、爆風と同じ速度で跳躍すると同時に刀を振ったのだ。
『技』と言う分野に於いて、ここまでの極地に至った人間を見たことがない。
本当に、楽しい。
東条は初めての快感に破顔し、両手を地面に付けた。
「っつぅ威力だ。一瞬で反対側じゃねぇか」
山頂の端から端まで飛ばされた笠羅祇が、地面に着地
――と同時に雷を纏った獣が爪を剥く。
「――ッッッッ‼︎‼︎」
ギャリリリリと凄まじい音を立て、青白い雷爪と刀が火花を散らした。
「ダハハっ、それが『雷装・建御雷神』か。なるほど名前負けはしてねぇ」
「ヤッベっ!何で今のに反応出来んだよ⁉︎」
通過した東条が嬉しそうに飛び跳ねる。
「お前さんを斬れば、俺の刀が神に届くと証明出来るわけだ」
夏の夜空に雷鳴が鳴り響いた。
「お、おい、……何だよあれ」「……」「人が出していい速度じゃないだろ」「あれが人?じゃあ俺らは何だ?」「アメーバだな」「ああ、アメーバだ」「すっご」「アイツあんなに強かったのかよ……」「この前までロウワーにいた奴だよな?」「ハンター試験も、全然本気じゃなかったのか……」「バケモンだ」「あれ両方Japaneseだよな?」「日本人ヤバくね?」「あの鬼人相手にあの余裕だぞ?」「どうなってんだよ?」「もう何が何だか分からねぇ」「てか鬼人もヤベェだろ、何で雷捌けんだよ?」「たぶんイカれてんだよ」「なるほどな」
「……笠羅祇、本当に強かった」
「……ねぇノエル、……日本人て皆こうなの?」
眼下の闘技場で走り抜ける閃光、鳴り止まぬ雷鳴、殆どの目には映らない東条の連撃を、残像の球体と化した銀線が迎撃する。
落雷が落ち、地面が弾け、磁場が狂い、電磁バリアが支障をきたし出す。
最早好きも嫌いも通り越し、興奮に叫ぶ観客達。
彼らはようやく、本物の祭りを目にした。
「ハハハハッ、そろそろ限界じゃねぇか笠羅祇さんよぉッッ⁉︎」
「ッこんのクソガキがぁ、埒が明かねぇッ‼︎」
電撃に服を焼かれ上半身剥き出しになった笠羅祇は、瞬間刀を振り、バヂィィイッ‼︎と東条を押し飛ばす。
片手で持っていた刀を両手で握り直し、切っ先を東条に向け、眼光鋭く構えた。
その姿を見た東条は悟る。
青白く放電する身体を逆立たせ、鉤爪を地面に食い込ませた。
一時の静寂。
一瞬の瞑想。
笠羅祇の心が、凪いだ。
……
――刹那、雷光が地を駆けた。大気の膜が弾け飛び、地面が抉れ飛ぶ。
音速の雷爪を前に、笠羅祇は迷い無く刀を振るった。
超人同士の感覚の狭間、遅々として流れる時間の中、東条は瞠目する。
……刀が、消えた?
いや、大丈夫だ、俺の攻撃の方が先に届く。いくら達人と言え、この速度を超えることなんて、
……本当に大丈夫か?
このままで大丈夫か?
大丈夫、じゃない大丈夫なわけがないっ、何だこの悪寒、全身の鳥肌が立ってる。細胞の全てが警鐘を鳴らしてる。俺の蛇の部分が、全力で避けろと叫んでやがる!どこだ⁉︎どこに来る⁉︎あの刀のせいで魔素が見えねぇ‼︎
「――
命は儚く朧げで、まるで秋の空の様に、美しい。
「ぬぉアアアアアアアッッ‼︎‼︎」
全力で攻撃を中断し、両手で首を守った東条。
――その手首に吸い込まれる、白銀の刃。
雷装を容易く通り抜け、
肌を裂き、
肉を裂き、
骨を
――パキンッ
「…………は?」
――骨に当たり真っ二つに折れた刀身を目に、笠羅祇が唖然と口を開け、呆ける。
「ビンゴォオ‼︎‼︎」
「⁉︎っゴッッボぇエ⁉︎⁉︎」
瞬間稲妻を撒き散らす東条の拳骨が、笠羅祇の腹にめり込み身体をくの字に曲げる。
「『雷、貫ッッ‼︎』」
渾身の力で殴り飛ばされた鬼人は、電磁バリアをぶち抜き、観客席の1部を破壊し、照明をブチ壊し、頂上の外へと落下していった。
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