「……あらぁ、食事中やった?堪忍なぁ」


目も無く、口も無く、絶えず流動する半透明な身体を持つ女。


女は捕らえた隊員に覆い被さり、その身体に数本の管を突き刺し血液を啜っていた。

透けて見える管から全身に流れる血がとても気持ち悪い。


「コポ、コポ、」


「……ふぅん」


紗命は辺りを見回し、そこらじゅうにゴロゴロと転がってる干からびた死体に納得する。

その中には人間だけでなくモンスターのもチラホラ。


「随分やんちゃやなぁ」


「コポポ?……」


気づいた女が顔を上げ、……一瞬。


いきなり放たれた高圧縮水流が、紗命の創り出した水の大盾に衝突し余波を撒き散らす。


コンクリートが削れテトラポッドが両断され宙を舞う中、紗命は顎に手を当てふむふむとその謎生物を観察する。


「スライム?……いや、それよりは、」


「コポポポポポ」


空中で数10本に枝分かれした水流カッターが、軌道を曲げ全方から紗命に襲い掛かる。


しかし紗命が腕を振ると同時に、盾が球状に変化、高速で回転し攻撃を全て弾き飛ばした。

続けて指を振り、飛び散った水滴の制御を奪い凝縮、数100の針を作成、一斉に解き放つ。


ズガガガガッッ、と一瞬で穴だらけになった地面。


「……」


「コポっ」


女は躱そうともせず、針は全身に命中、

しかしその身は無傷。


生物とは思えない身体構造。……いや、生物なのかも怪しい。


紗命は昔東条に教えてもらったモンスターの知識の中から、最も類似した種を思い出した。


「あんさん、ウンディーネか」


シルフ、ノーム、サラマンダーと並ぶ、四大精霊の一角。

その名が表すのは水そのもの。肉体を持たない、超自然的な元素霊である。


魔素という元素が神話や人類史に干渉している以上、水が勝手に動き出して人を食っても、最早自然というもの。考えるだけ無駄だ。


紗命の操る水がドス黒い紫色に変色し、粘性を持ち始める。


……舐めていい程、優しい相手ではない。


「コポ、ポ」


瞬間、地面が乾き、草木が萎れ、空中に染み出した水が6つの龍頭を形作る。

鎌首をもたげ1人の少女を標的に捉えた水龍が、大地を爬行し一斉に牙を剥いた。


1匹1匹が30mを超えるその体積に、紗命の口元から笑顔が消える。


展開された巨大な毒盾と水龍が衝突し、2匹が毒の侵食を受け爆散、1匹が地面に頭を突っ込み、3匹が盾を噛みちぎり突破、


紗命がその場から飛び退くと同時に、足元を吹き飛ばし大口を開けた1匹が飛び出す。

『阿修羅』を纏い即跳躍、頭上から落ちてきた1匹を躱し、軽くジャンプ、くるりと空中で身体を横に倒し、正面から突進して来た水龍を躱すと同時に殴り壊す、


「っ、」


が空中の紗命を横から突っ込んで来た1匹が飲み込む。


紗命は水龍内部でcellを発動、一気に透明な身体を黒紫色に汚染し、ウンディーネの制御下から切り離した。


既に再生した5匹の水龍が、毒龍から飛び出す彼女を目にウンディーネを守るように直線上に集まる。


瞬間、頭部を変形、ドリルの様に回転させられた毒龍が5匹の水龍を貫き爆散させ、ウンディーネ目掛け落下、大地を抉り抜く、


前に地面にもぐっていたウンディーネは、別の場所から現れ両腕を振り上げる。飛び散った水滴を空中で静止、


紗命が着地と同時に頭上にcellを発動、


「コポォポ」


数万の水滴が厄難の雨となり、乾いた大地に弾丸の如く降り注いだ。


建物は吹き飛び、コンクリートは捲れ、漁船が木端微塵に踊り狂う。


そんな広範囲が蜂の巣になる凶弾の中を、


ドス黒い傘をさして佇む少女が1人。


「……ふふふ、流石新大陸のモンスターやわぁ」


こないな所でもたついてる暇はあらへん。……少しだけ、本気を見せよう。


笑う紗命はその場でしゃがみ、地面に人差し指をつけた。


紗命を中心に、芽吹き、広がり、咲き誇るはすの庭。


黒い草群から、ポツポツと顔を出す真紫の睡蓮花すいれんか


まるで仏画の中の世界の様。荘厳でどこか神秘的な花畑に立ち、甘く微笑む彼女の姿はまさに天女。


侵食された大地から花弁の一片に至るまで、その全てが致死の劇毒。


彼女がいざなうのは極楽にあらず、



「『蓮華王院れんげおういん 花屋敷はなやしき』」



永遠の苦しみが待つ、獄楽のそのである。


「――ッゴボ⁉︎⁉︎ッ」


地面にもぐり回避しようとしたウンディーネは刹那飛び退き、汚染された自身の足を切り飛ばす。

天も地も、この領域内に入る事自体がマズい。高速で広がる庭園に背を向け、全力で海に逃げ込んだ。


「……チッ」


紗命はその行為に舌打ちし、海面に触れる直前で領域の拡大を止める。

大地ならまだしも、海にこの劇毒が流れ波に揉まれれば、自分ですら完全に除去出来なくなる。もしそうなれば日本近海は文字通り死の海と化すだろう。


瞬間、


「――っ」


海が盛り上がり、紗命に向け発生する30m級の大津波。

瓦礫諸共毒の庭園を押し流し、その小さな身体を掻っ攫った。


「……」


濁った激流の中、水魔法で生成した空気ポケットに立ち、紗命は溜息を吐く。


「……こないな所で、無駄に魔力使いたないんやけどなぁ」


語気に浮かぶ、若干の苛立ち。


「コポポポポポッ」


ウンディーネは景色に溶け込み、四方八方から不可視の水のレーザーぶっ放しまくる。

大半が拳で弾かれ金属音を上げるも、徐々に敵の服に傷がつき始める。


……紗命の額に青筋が走った。


「……去ねや」


瞬間津波が停止。螺旋状に回転を始め、竜巻の如く天高くその堆積を収束し出した。


「ゴボ⁉︎ゴポポボ⁉︎⁉︎ボボ⁉︎⁉︎」


制御が効かなくなった洗濯機の中、高速で回転するウンディーネ。自身の身体が水のせいで、周囲と一体化し逃げ出すことができない。このままではっ。


竜巻が天辺から地面に衝突、周囲の町ごと爆散。

ウンディーネが地面に叩きつけられる。


刹那、飛び出した紗命がウンディーネの胸部に腕を突き刺さした。


ウンディーネは驚くと同時にその身を喜色に震わせる。自分に物理攻撃は効かない。この女は馬鹿だ!

身体から数本の管を伸ばし、一気に突き刺そ



「『天津乙女あまつおとめ』」



「――――」


ウンディーネの透明だった全身が一瞬で毒々しい色に変色し、波打っていた身体が固形化、ボトリ、と倒れる。


「……ふぅ、」


うずくまったまま絶命するその奇怪なオブジェを踏み壊し、紗命は一息吐く。


「……やっぱしうちの技強いやんなぁ?あのゴリラ女の魔法耐性が異常なんや。なんで死なへんのや、もうっ」


紗命は自分の技を数10発も浴びて尚ピンピンしていた灰音を思い出し、頬を膨らませる。



プンスカと歩き去る彼女の頭の中からは、既に死んだ大精霊のことなど消えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る